2.弟子だって? 勘弁してくれ
「ふわ~、よく寝たな」
俺はゼケン村で2日目の朝を迎えていた。
都会の喧騒からは遠い田舎で、空気も何だか清潔に感じる。まだ薄暗い早い時間だ。
「はぁ~、それにしても、昨日は散々だった……」
昨日のことを思い出すと、ドヨンとした気持ちになる。
なにせ昨日はスローライフ初日だ、と意気込んでいたのだが、モンスターの討伐やら何やらで大騒ぎになってしまったからだ。
「いや、そんなことをいつまでも気にしていてどうする、俺!」
ピシャンと頬を打つ。
もう全て終わったことじゃないか。
そうだ。
俺は気合を入れて顔を洗い、食事を軽く摂る。
「今日から俺の本当のスローライフを始めればいいんだ」
そう言って、農作業を始めようとテーブルから立ち上がった、ちょうどその時である。
『トントン』
とドアがノックされる音が響いたのであった。
「ん?」
誰だ、こんな朝早くから。まだ日の出前だけれど……。
そう思いつつも、俺はドアを開けに行ったのだった。
『ガチャリ』
とドアを開くと、そこにいたのは、
「お、おはよう、ございます……」
昨日助けた村長の娘 孫、ミリアリアさんがいた。
早朝の薄暗い時間だというのに、相変わらず美しいお嬢さんだということだけはよく分かった。
相変わらず艶のある髪を長く伸ばしていてとても美しい。
サファイアのような瞳は彼女の意思の強さを印象付ける。
昨日思った通り、服の上からでもしっかりとした姿態をしていると感心する。
ただ、向こうから訪ねてきたのに、なぜか顔を赤くしてうつむき加減なのは謎だった。
まぁ、女性の心の動きなど、男やもめの俺にわかるはずもない。
「どうされましたか、こんな朝早くから?」
昨日のことで、何か後始末をしないといけないことが残っていたろうか?
そんなことを思っていると、彼女の口から思いがけない言葉が飛び出したのだった。
「ケリー様。このミリアリアを弟子にして頂けますか!」
彼女はそういうと、ルビーのような光沢ある美しい赤髪を翻しながら頭を下げて、もう一度、
「お願いします! どうか私を弟子にしてください!」
そういって、さらに頭を下げてきたのだった。
「え……」
と俺が固まっているうちに彼女はさらに言葉を重ねた。
「き、昨日危ないところを助けて頂いて、しかも戦いの後だというのに、私が倒れた際もたくましいその腕で優しく抱擁頂いて……いえ、支えて頂きました。まさに運命だと思ったのです。その、私にはこの方しかいない、と……」
運命、という言葉を使うところで、彼女は頬を赤くした。
早朝で寒いんだろうな。
だが、とにかく、弟子なんてとるわけにはいかに。
俺はスローライフがしたいのだ!
「いやぁ、俺に弟子を育てるなんてとてもとても。だいたい、どうして弟子になんてなりたいんだ?」
断固として断ってみる。
「……村長の孫として、私は強くならなければならないのです」
ううむ、なるほど。
つまるところ、ノブレス・オブリージュといったところだろうか。
政争から逃げ出そうとしていた俺とは雲泥の差だ。
ミリアリアさんが立派すぎて眩しい……。
中年のオッサンと比べる方が失礼というものだろうが。
しかし、
「この村に来たのものんびり田舎暮らしをしたいと思っていたからでして……。……弟子をとるつもりはないんです。すみません。ハハハ」
俺は笑って円満に断る。
「ふっふっふ。分かっていますよ 」
「え?」
やれやれ。良かった。話せば分かってくれたな。
俺は自分の人生設計が破綻しないことに思わず安堵するが、
「ケリー様ほどのお方がそう簡単に弟子にしてくれるなどと甘いことを考えてはいません。このミリアリア、弟子にしてくれるまで、こちら玄関先でいつまでも待ちます! 雨露を飲み、雑草を食みながら!」
「ちょっ、ええええ⁉ なんでそこまで⁉」
びっくりするくらい執着されていて驚く。
そして焦る。
「い、いやいや、君のような美しいお嬢さんにそんなことをさせるわけにはいかないから。ほら、帰って帰って……」
俺がそう言っても、彼女はプイとした。
全然言うことを聞こうとしない。
「玄関先で待たせてもらいます。ケリー様においては、私のことは路傍の石とでも思って下さい」
「ど、どうしてそこまで……」
俺に執着するんだ?
頭にハテナマークが幾つも浮かぶ。
俺は困り果てつつ、
「で、弟子にはできないが、せめて中でお茶でも飲んでいってはどうだ? だいたい君のような見目麗しい綺麗なお嬢さんを路傍の石だなんて思えないよ」
なんとか懐柔しようと試みる。だが、
「み、見目麗しい……。ああ、いやいや。断じてそんな甘言に揺さぶられる私ではないです。はい、ないったらない。ここで待たせてもらういますから!」
逆に頑なになってしまった。
顔を赤くしている。これはだいぶ怒らせてしまったな。
まぁ当たり前か。
オッサンに茶を誘われて心を揺さぶられるわけもなかった。反省。
だが、俺にもスローライフという目標がある!
これしきのことで俺の人生設計を変節させるわけにはいかない!
「なら、自由にするといい。俺は畑を耕すから。見飽きたら家に帰ってくれ」
俺は頭をかいてから、田畑の畝作りを開始したのだった。
~Side ミリアリア~
「あっ、忘れていました……」
私はケリー様の離れていく後ろ姿を見ながら、声をかけるタイミングを逸したことを感じた。
というのは、ここいらの土は極めて固いのだ。
それも、ただ単純に固い、というレベルではない。
鍬を入れようとしても弾く。
水をまいても弾く。
つるはしで無理やり掘ろうとしても、つるはしが曲がってしまうくらいなのだ。
まるで鉄のような土なのである。歩くだけで足の裏を痛めるのではないかと思うほどの硬さだ。
今、この村で作物を育てている田畑は、もともとそういった土地を先祖が代々、何十年もかけて耕したものだ。
ケリー様には、弟子入りに加えて、そのことも伝えに来たのである。
畑を作るにしても、この場所では無理だ。多分、安いからこの辺り一帯を買ったのだと思うのだけど、まさに不毛の大地なのである。
何せ土が耕せないのだから。
ならば、せめて違う場所の畑をお貸ししようかと思ったわけである。
例えば、我が家の畑を貸すのもいいかもしれない。そうすれば、毎日ケリー様が我が家の敷地まで来てくれるからだ。
そうすれば合間に少しお時間も頂けるのでは?
うん、これは名案じゃないか。
毎日来てくれる……。何だかそう思うと、少し頬が熱くなるが……。ますます名案だという気持ちになってきた。
よし。
私は決意して、改めてケリー様に声をかけようとした。
「ケ……」
しかし、その瞬間である。
『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン‼』
「へ?」
『ベキベキベキベキベキベキ‼』
火山の噴火、そして天変地異による地割れ。
そうとしか思えないような音が木霊したのであった。
「す、すまんすまん。うるさかったよな。申し訳ない」
ケリー様が申し訳なさそうに、こちらに両手をあわせてごめんなさい、のポーズをしていた。
私はきっと唖然とした表情をしていたから怒っているように見えたのだろうか。
「あ、あの。今のは……一体……」
「えーっと、力を入れ過ぎた。いや、本当に素人くさくて申し訳ない」
実際、素人なんだけどね、ははは、といつものように頭を掻いているケリー様。
だが、私は彼の行った結果に釘付けだった。
「凄い……。土が耕されてる。大の大人が何年もかかるはずの作業をたったおひとりで……」
そう。
あるはずのないこと。
鉄の様に固い土を、いとも簡単に、何の変哲もない農具で耕してしまったのだ。
それはまさに紙で鋼を切り裂いたようなものだ。
ああ、この方はどこまで私を驚かせるのだろうか。
そう思い目を瞠ったのだった。
「さすがケリー様です。私が見込んだお方」
そう言わざるを得なかった。
「す、凄すぎます……」
私は相変わらず唖然とし続けていた。
当たり前だが、ケリー様の偉業は、土を一度耕すことで終わらなかった。
そのあとも、全く同じ調子で丁寧に鋼鉄の土を柔らかく耕していったのである。
先ほどのように爆音がならないように、加減はしていらっしゃるようだが。
なので、それこそ、普通の土のように。
『さく、さく、さく、さく、さく』
と良いリズムすら刻んでいる。
私は思わず言った。
「すごすぎます。ケリー様。土を耕せるなんて……」
「いや、さすがに、それくらいは出来るでしょ⁉」
「この固い土すら意に介さずとは。さすが英雄様です」
「いや、土を耕してるだけなんですけど⁉ 中年だから心配してくれるのはありがたいけどっ⁉」
中年に過保護な村だなぁ、ぶつぶつ……。
ケリー様はそう言って、また農作業を再開された。
さて。
しかしこれはどういうことだろうか?
腕力……もすごいのは傍目に見ていても分かる。
実際抱きしめられた際に、すごい力だったし。
そのことを思い出すと、ちょっとまた頬が赤くなる。頭を振って一旦冷静になった。
私はひそかな特技を発動する。
「視覚強化」
魔力を瞳に集中させる。
魔力のコントロールが出来る、というのが私の特技だ。ほとんどの人は魔力を見ることも感じることも、ましてやコントロールすることもできない。だが時折、私の様に魔力を扱う人間が現れる。
この力を使って視力強化をすることで、より細かくケリー様の行動を観察しようとしたのである。
何が彼にあれほどの力を与えているのか、と。
だが、その強化した視覚によってケリー様の様子を観察した瞬間。
「え……」
先ほどとは比べ物にならないほどの驚愕を覚えたのであった。
「ま、魔力を鍬に移している……のですか? 本当に? そんなことは聞いたことがない」
そうして思わず興奮して呟いた。
なぜなら、魔力は身体を離れてしまうと維持が難しく、すぐに雲散霧消してしまうものだからだ。
もちろん、炎や氷などの魔法があるが、あれは魔力を変換した結果である。
魔力を維持しているわけではない。
だが、師匠は身体から離れた魔力を、そのまま鍬にまとわせ、維持しているのだ。
「もし、あれが私にもできるようになれば、強くなれる」
ごくり、と私はつばを飲み込んだ。
そして、
「これは見ているだけで勉強になる。いわゆる見稽古。やはりケリー様は最高の師匠だ!」
私は興奮冷めやらぬまま、思わずケリー様の元へと駆け付けると。
「今日はありがとうございます。これほどのものを見せて頂けるとは。今後とも弟子として宜しくお願いします! 絶対に逃がしませんよ‼」
と言ったのだった。
「えええええええええええ⁉ 畝づくりしていただけなのに⁉ どうして弟子入りが確定しているうえに、俺のスローライフ計画が頓挫しようとしてるの⁉」
師匠の驚きの声が響いたのだった。
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