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1.スローライフをする……はずだったのだが……

俺こと『ケリー・ベルトルト』はやっと到着した辺境の村『ゼケン』で額から垂れた汗を手ぬぐいで拭った。


世界を侵略しようとしていた魔王を倒し、王都へと帰還してホッとしたのも束の間、見事に政争に巻き込また。その後もゴタゴタがあり、気づけば置手紙一つ残して城を脱出することになっていた。


もともと農業や狩りなど、自然の中でゆっくり暮らすのが性に合っている俺だ。


今後もあの政争渦巻く王都で暮らしていけるはずもない。


そんなわけで、俺は魔王討伐の際に立ち寄ったことのある辺境の、王国の目の届かない場所へと避難してきたわけだ。


なんといっても俺の夢は、


「田舎でスローライフをすることだからな」


アラフォーのいい歳の俺としては、少し早めの隠居生活を決め込もうと決めていた。


魔王討伐の旅は多忙をきわめていたので、ゆっくりする暇などなかったわけで、やっと俺の理想郷にたどり着いたというわけだ。


のどかな村で、周囲には森や山がそびえ、草原もある。


もちろん、モンスターなども出るが、このあたりのモンスターは弱かった記憶がある。


俺の出る幕などないだろう。


つまり、スローライフにはうってつけの村というわけだな。


俺の正体は幸い、村に入ったこと自体はないので。知られていないはずである。


新参者として村の端っこに居を構えさせてもらい、ひっそりと暮らすつもりだ。


さて、そんなことを考えながら、荷車から持ってきた荷物を担いで、家屋へと運んで行く。


その途中で見かけた庭は広大だ。


ここに自分の好きなように野菜や果物などの種をまいて、農業をするつもりである。


気が早いが、今から収穫をするのが楽しみだ。


最初は簡単な野菜がいいだろう。素人がいきなり難しいことにチャレンジしてもうまくいかない。千里の道も一歩より、だ。


オッサンくさい考えだが、実際にオッサンである。


と、その時だ。


『ドオオオオン‼』


建物が揺れるほどの轟音が響いた。これは村の門の方だ。


「なんだなんだ?」


俺は慌てて現場へと駆ける。


「スキル『疾風(Lv9)』」


数百メートルを1秒程度でかけて、一瞬にして門へとたどりついた。


そこには、


「おいおい勘弁してくれよ」


俺はうんざりした表情になる。


「お、おい、あんた……は確か今日入村したケリーさんか!」


「キラー・ウルフだ! 殺されるぞ、逃げろ‼」


村人たちがバリケードに体当たりする熊よりもなお大きい巨大なキラー・ウルフ におびえつつも、俺に忠告をする。


「まったく、スローライフ初日に水を差さんでくれよ。俺の人生いつもこうだな」


ドヨンとした気持ちになる。 しかし、落ち込んでいる暇はなかった。


その瞬間バキバキとした音とともに、村の命綱であるバリケードが破壊されたからだ。


「キ……」


バリケードの正面にいた赤髪の少女にモンスターは襲い掛かろうとする。少女の悲鳴がまさに轟かんとする。


「しっ……!」


瞬間、世界は無音となり、静止する。


その中で俺だけが動いている。


腰から下げていた護身用の短刀を、キラー・ウルフの肉の柔らかい部分へと突き立てる。


キラー・ウルフの弱点は腹だ。そこに刃を立ててやれば誰でも倒せる。


一瞬、驚異的な瞳で俺と目があったようだが、


「許せ」


俺はそれだけ口の中で呟くと、スッとその短刀を横に振り抜く。


時間が元に戻る。


と、同時に、


『ブシャアアアアア!』


モンスターが二枚におろされ、絶命する……。


……のと同時に。


「お、おわああああああ⁉」


俺の服にモンスターの血が思いっきり降りかかったのだった。


本当の英雄であれば、ここで、


『ふっ(きりっ)』


と余裕でも浮かべるところだろうが、庶民の俺は今後の洗濯を思うだけで、うんざりした気持ちを抑えることができない。


やはり俺が英雄などともてはやされたのも、たまたまだったということだろう。


「今日は洗濯で一日が終わるなぁ」


しょんぼりとしていると、後ろの赤髪の少女が口を開いた。


ああ、そういえば戦いに集中しすぎて忘れていたな。


「無事だったか。手を……。ああ、いや、血まみれだし、汗まみれだからな」


こんな汚いオッサンに手を差し伸べても、嫌がるだろうと思って手をひっこめるが、


「ありがとうございました。剣士様……でしょうか? おっと……、あ」


立ち上がった瞬間、どうやら躓いたようだ。


抱きつかれる恰好になってしまった。


よく見ればとても綺麗なお嬢さんだった。王都では令嬢をたくさん見たが、相手にならないくらいだ。


赤髪はよく手入れされ艶があり、長く伸ばしていて、身なりも美しい。目元は意思の強そうな瞳をしていた。


女性らしい体つきだが、結構鍛えているようで、肉付きが良い……。いや、これは女性に対する褒め言葉ではないか。


どうにも元冒険者だったころの癖が抜けない。


さて、それより少女のことだ。


きっと怖かっただろう。


あと、血がついてしまって洗濯が大変だろう、と思った。


「えっと、大丈夫でしたか?(洗濯的な意味で)」


「はい、剣士様のおかげです」


「そうか、異常がなくて良かった(大きな汚れ的な意味で)」


俺がホッとして、良かった良かったと頷いていると、少女が少し頬を赤くして離れた。


こんなオッサンに抱き着かれているのは嫌だろうから当然だな。


さて、そうこうしているうちに、避難していた村人たちも集まってきた。


「すごい、目にも止まらない早業だったぞ」


「あの巨大なキラー・ウルフを一撃とは」


「大層立派な剣士様に違いない」


まずい。


俺は失策を悟った。


俺は目立たずスローライフをするためにこの村までやってきたのだ。


それなのに、いきなり目立ってどうする!


俺は自分を罵倒する。


少女が襲われそうだったので、とっさに倒してしまったものの、もっとうまいやり方があったに違いないのだ。洗濯も大変だし。


「い、いや。あれは偶然だ。本当にすごい剣士はこんな風に服を汚すことはないのだ」


「は、はぁ。服ですか?」


「う、うむ、そうだ。血もよけられないヘボ剣士だ。俺は」


「そ、そうですか? そういう話は聞いたことがないんですが……」


「う、うむ。あまり出回っていない話だからな。だから俺がやったことは今すぐ忘れてもらうくらい大したことはしていないのだ。ハ、ハハハハ」


これでごまかせただろうか。 しかし、一人の老人が口を開いた。


「詳しいことはよく分かりませんが、とにかくこのキラー・ウルフからは大量の肉と素材が採取できます。正直、この村のひと月の収入程度にはなります。どうぞ持っていってもらえればと思います」


「ああー、まぁ必要な分はもらっていくが……」


換金だ何だのは時間がかかる。


俺は目立ちたくない上に、さっさとスローライフを始めたいのだ。


よし。

「えーっと、残った分は村で使ってもらえないだろうか。正直、今は新居を整理するので手一杯だからな。換金してバリケードの修理費にあてたりとか……」


よし、うまい言い訳だな。


「おお、なんという欲のない。村を救ったうえに、貧しい村のことを考えて報酬の一部を寄付までして頂けるとは! さすが英雄様だ」


 逆効果になってるぅ⁉


「た、頼むからその英雄というのはやめてくれ⁉」


これ以上、目立つわけにはいかない!


「で、では俺は帰ろう。すまないが、モンスターの処理は頼んでいいか」


情けなく逃げ出すオッサン。どこが英雄なんだか。


「もちろんです。ああ、それから」


「な、なんです……?」


これ以上目立ちたくない俺は、やや引け腰で言う。


「服のことを気にされているのでしたら、私の家できれいにしてお返ししましょう。それくらいのことをさして貰わなければ気がすみません」


「そ、それはありがたいが、どうしてあなたが?」


その問いに、先ほどの美少女が微笑んで言う。


「おじい様はこの村の村長だから。英雄様」


「はい、その通りです、剣士様。いえ、ケリー様」


そ、村長? おじいちゃん? ということは。


「その娘は私の孫ミリアリアです。孫の命の恩人であり、村の恩人であるあなたの希望ならなんでも聞きましょう。困ったときはぜひご相談にきてくださいませ。ふぉふぉふぉふぉ」


「この村にこのような素晴らしい英雄様がいらっしゃるとは、実に喜ばしいですね、おじい様、ふふふ」


「ど、どうしてこうなった……」


なぜか結局一番目立ってしまう恰好になってしまい、俺は諦めて考えるのをやめたのであった。


スローライフしたいだけなのに、どうしてこうなった⁉

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