28.セレスティア・ベリー
「というわけで、おひさ、なのじゃ!」
「そんなに日はたってないと思うけど」
「何を水臭い。我とそなたの仲ではないか♡」
久しぶりにゼケンに来たミヒャドさんは開口一番そう言った。
そうして、俺の腕にピタリとくっつく。
ふむ、つまり。
「まぁ、戦友だしな。俺たちは友と言っても差支えないだろう」
「鈍感⁉ エルフの我からしても、驚くほどの鈍感。人間はこれが普通なのじゃ⁉ どうなのじゃ、ミリアリア~」
同席していたミリアリアさんは嘆息した。
「師匠は特別そうなのです。ところで私の師匠に無断でくっつくのはやめて頂けますか?」
「どうしてそなたの許可がいるのじゃ? 納得できん。のう、ケリー?」
話を振られたが、
「これはミリアリアさんの意見に分があるな」
「ガーン!」
「俺はこの村の防衛責任者。いちおうシャドウ・バンガードだ。不用意に他人と接触して隙を見せる行為は良くないだろう。それがたとえミリアリアさんであったとして。と、そういう意味ですよね、ミリアリアさん?」
「全然違います」
「ええ⁉」
なぜか凍るような声で否定されてしまった。
俺が驚いていると、ミリアリアさんはハァと大きく嘆息した。
ミヒャドは苦笑している。
ミリアリアさんは少しジト目になった後、咳払いしてから言った。
「で、何の御用でしょうか、ミヒャド姫。囚われたエルフたちの解放は終わったのですか?」
「うむ、そちらはつつがなく、じゃ。サンキューな。あと、ミヒャドで良いよ。そなたらはエルフの恩人じゃし、背中を預け合った仲じゃろ? 我もミリアリアと呼ぶのじゃ」
「うーん、まぁ戦友ですしね。ではミヒャド。改めて聞きますが、何か御用があっていらっしゃったのですか?」
「もちろん、我のケリーとちぎるためじゃよ?」
ちぎりあい?
「物騒な条件付けをした戦闘だなぁ。エルフの間ではそういう戦いが流行ってるのか?」
「これでもダメとは難攻不落じゃ。あー、本当はじゃなー」
ミヒャドがなぜか諦めたように言った。
「ケリーに育てて欲しい果物があって、その種を持ってきたのじゃよ。エルフ族に代々伝わる種なんじゃけど、誰も育てることが出来んかった。それをケリーに頼みたい、というのが今日来た理由じゃ」
「ええー、いや、俺……か?」
はっきり言って戸惑う。
俺は農業でスローライフするためにこのゼケン村に来た。
ただ、色々あって(ありすぎて)、今のところは芳しい成果は出せていない。
そんな俺に貴重な果物を育てるのは荷が重いと素直に感じる。
「……ということだから無理じゃないか?」
俺は素直に自信がないことを伝えた。
しかし。
「ふむ、では……ミリアリアよ。この結晶を握って欲しいのじゃ?」
「はい。分かりました。えっと、これは何ですか?」
「魔力反応装置、じゃよ! エルフ族に伝わる秘伝のアイテムじゃ。高いんじゃぞ~?」
「王都の神殿などに時折あるものでしたっけ?」
「うむ。エルフ族が譲ったものじゃな。まぁそれはともかく、ほれ、手を置いてみよ」
「はぁ」
魔力反応装置は白亜の色をした四角い板のような形をしている。
ミリアリアさんが言われるがままに、そこに手を載せた。
すると……。
『ゴゴゴゴゴ!』
凄まじい音を響かせて、石板だったものが変形する。
「おお、凄いな!」
俺は思わずその光景に見ほれる。
最終的に板は大きく形を変えた。
その形状は……。
「これは……、虹色をした宝玉……でしょうか?」
「うむ、そうじゃな。恐らくそなたの直感を超えた未来視とも呼ぶべき力が、魔力にこの形をとらせたのじゃろう」
「凄いじゃないか、ミリアリアさん」
俺は弟子の結果がすごすぎて、思わず嬉しくなる。
「うむうむ、大したものじゃ」
ミヒャドさんも素直に褒めた。
「よし、ではケリーよ。次はそなたもやってみるのじゃ」
「え? あ、俺もやるの?」
彼女は腰に手を当てて。
「あーったりまえじゃろ? なーんのために我が来たと思っておるのじゃー」
「うーん……」
「どうしたのじゃ?」
ためらう俺に、ミヒャドさんは首を傾げる。
「ハ、ハハハ。いや、仮にも弟子にあんな立派な結果を見せられて自信がなくなったというか。変な形になったらどうしよっかな~、って」
「もー、そんなことにはならんってー」
そうかなぁ。
「ああ、もう。全然自己評価が追いついておらぬのじゃ! ミリアリアからも言ってやっておくれ! なのじゃ!」
「し、師匠。私も! 私も師匠の凄い魔力の像が見たいです! お願いします」
「ええー、笑わないか? メッチャしょぼくなりそう」
メチャクチャ心配になる。
あの綺麗な宝玉を超えられることはまずないだろうし。
「そんなことには絶対になりません。何せ私の師匠ですから」
えへん、とミリアリアさんが胸をはった。
むぅ。
弟子にここまで言われたらやるしかない。
……でも、ミリアリアさんには失望されたくないなぁ。
い、いや。
しょせんは中年の俺だ。
失う者はなにもあるまい!
それに多少、貧相でも『歳だからなぁ』で切り抜けられるはず!
そんな情けない思いで決意をすると、俺は元の石板の形に戻った魔力反応装置に手を置くことにした。
「ん。行くぞ」
緊張する。
なぜかそれを見ているミリアリアさんとミヒャドさんはワクワクとした面持ちをしていた。
勘弁してくれ~、と心の中で悲鳴を上げる。
そして、次の瞬間―――
『ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!』
空間が鳴動しはじめた。
「な、なんですか、これは⁉」
ミリアリアさんが驚いて叫んだ。
「う、うむ! これは魔力反応装置がその名の通り『反応』しておるのじゃ。ケリーの魔力が余りに異質なために、装置がその形状を変えるために周囲の空間を歪めておる!」
「そ、それは普通のことなんですか⁉ しょっちゅうあることなんですか⁉」
「あるわけないじゃろ‼ こんなことがしょっちゅうあったら厳かな神殿に納品できぬわ! 我もこのような光景を見るのは初めてなのじゃ!」
2人が慌てふためいていた。
「う、うわあ、ごめん、壊しちゃった⁉」
オッサンだから魔道具に弱いのだ。
本当に申し訳ない!
修理するのにどれくらいのお金がかかるのだろう。
そもそも直るのかなぁ⁉
そんな不安に顔を青くした。
俺は既に手を放しているが、魔力反応装置の変形は止まらない。
恐ろしい速さで増殖、拡大していく。
そして―――
「なっ」
俺は茫然と呟いた。
「ななっ」
いや、
「なんじゃこりゃあああああああああああ⁉」
叫んでしまった。
「す、すごいです、師匠!」
「う、ううむ。うむうむ。いやしかし、思っていた以上じゃ。我はまだまだケリーを過小評価しておったようじゃなぁ。震えが止まらぬ!」
一方の彼女らはそう言って興奮し、はしゃいでいた。
目の前に現れたもの。
それは魔力反応装置の変形した『成れの果て』の姿であった。
それは、巨人の剣士の躯体。
威容なる剣を大地へと突き立て、ただ正面から来る敵を迎え撃たんとする、一騎当千の剣士。
だが顔貌は額に一本の角を持ち、瞳は閉じられ、古びた衣服をまとい佇立している。
「なるほど、鬼神……。アズラム伝説に謳われし伝説の剣豪。す、すごいのう。やっぱり我のケリーはすごいのじゃ」
「はい、さすが私の師匠です。感服しました」
2人は褒めてくれているけど。
無理してない?
「いや、怖いんですけど。俺ってあんなイメージなの?」
みんなに慕われる農家を目指しているのに、ちょっと怖いオッサンみたいになってるのかなぁ。
これはギャップを埋められるよう努力しないと、だなぁ。
「うーん、ミヒャドさんに見込んでもらって申し訳ないけど、やっぱり俺なんかじゃダメじゃないかな。よく分からない形になったし」
「何を言うのじゃ。そなたしかおらぬ。何とか頼むのじゃ!」
「うわっと⁉」
ミヒャドが突然抱き着いてきた。
涙を流しながら懇願してくる。
「泣きまねと、師匠にくっつくのと、もはや村に滞在するのをやめなさい」
「ミリアリアが厳しいのじゃ~。でもお願いの真剣さは本当なのじゃ!」
ミヒャドさんは離れて、改めて言った。
「さっきも言ったが、これはエルフ族に伝わる伝説の果物。その名もセレスティア・ベリー。天上界の果実とも異名を持つ果物なのじゃ。これを食べた者は凄まじい力を得ると伝わっておる」
「なるほど。つまりエルフの姫としては、これを育てて力を得たいと」
それで俺に依頼をもってきた、というわけか。
「え? いや、違う違う」
彼女はフルフルと首を横に振った。
「食べるのはもちろんケリーじゃよ」
「ど、どうして俺に?」
びっくりする俺の表情を見て、彼女は呆れたように言った。
「なんでって、当たり前なのじゃ。我と戦った益荒男ぶり。そしてモルグル戦での英雄的勝利。我はそなたに人類の希望を見た! 我らエルフはケリーに貢献したいと思っておるのじゃ! というか見たい! もっと強くなったケリーを! 大魔法使いである我を倒した者。高みに至るであろうそなたの姿を!」
「俺はスローライフができれば十分なんですけど」
「そこを何とか頼むのじゃ! ほれ、いちおう農業とも両立できるし、悪い話ではないじゃろ⁉ 珍しい果物とか、育ててみたくない⁉」
むう。
そう言われるとつらい。
珍しい果物と言われたら、ちょっと育ててみたいというのが、農家の性だ(まだ全然育てた実績はないけど!)。
「やれやれ」
俺は首を横に振りつつ、
「分かったよ」
と請け負ったのだった。
「ただし、普通に育てるだけだぞ? あと枯らしても文句言わないでくれよ?」
まだ自信も実績もないのだ。
「わーい、やったーのじゃー! 今から楽しみなのじゃー!」
「聞いてないね」
そんなわけで種をもらった。
「説明が後になったがな。エルフがこの種をどうして育てられないかと言われれば、膨大な魔力を毎日注ぐ必要があるからなのじゃ。魔力を注ぐのは、魔法を使うのとは天と地の差がある! 普通の魔法使いというのは魔力を火とか、風とかに変換して使うことはできるけど、魔力そのものを取り出して定着させるのは無理なんじゃな。特に大量の魔力とかまじ無理」
なるほどな。
だから俺なわけか。
「セレスティア・ベリーのこと、よろしく頼んだのじゃ!」
やれやれ。
俺はこうして、大層な名前を持つ果物の種をエルフのお姫様からもらうことになったのだった。
俺では役者不足だと思うのだけどなぁ……。
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