27.樽を運ぶ
さて、モルグルの一件は、いちおうの決着をみた。
しかし、そのことは事件の終わりを示すものではない。
むしろ始まりを告げるものだ。
次紀魔王になることを企んだモルグルを裏で操る存在。
真の黒幕の存在。
いやいや。
俺はうなだれながら首を横に振る。
それはそれで大変なことだが、そんな一大事は高尚な人間が悩むべきことだ。
具体的には王国のお偉いさま方に考えて欲しい!
俺たち庶民にはもっと目の前の現実的な問題が横たわっているのだから。
そう。
それというのは……。
「師匠、空中都市にしたために、水が枯渇しておりまして……。その……、どうにか水を調達せねば田畑の作物が育ちません」
「そうだよね! いや、マジで申し訳ない‼」
俺はミリアリアさんに頭を下げる。
あの時は緊急とは言え、村を守るために空中精霊都市として浮遊させたわけだが、事件が終われば色々と支障をきたすことは必然だった。
しかも。
「えーっと、ラムダさん。どうかな? そろそろ村を元の場所に戻すことはできそうかな?」
村を浮かせてくれた精霊アルラウネたち。
先任精霊のラムダさんは恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。
「ごめんね、お兄ちゃん。浮かすのはね、割と雑でも出来るんだ。力まかせに浮遊させているだけだから。でも、村に衝撃がいかないように、ゆっくり、しかも元の場所に着陸させるのは、結構大変なんだ」
「いや、俺が無理言って浮かせてもらったから、謝る必要はないんだ。ちなみに理由を聞いてもいい?」
「これだけの土地を浮かせるために、88体のアルラウネが魔力を連結させて守護霊域化しているんだ。要は複雑な魔術式で浮遊させてるんだよね。だから細かい操作が難しい。慣れるまで時間がかかるの。実はまだ慣熟飛行してるような状況なんだ」
「ああー。確かに以前知り合いの魔法使いが言ってたな。浮くより降りる方が難しいと。ミスって落下死する魔法使いが後を絶たないとも」
「ではしばらく地上に降りるのは無理そうですね。食べ物は備蓄を使いましょう。しかし、田畑は維持する必要があります。一度荒れると復活させるのが大変ですから。師匠、何かアイデアがありますでしょうか?」
むーん、と俺は悩んだ。
俺のせいだから、何か良い案を出したいところだ。
そんな風に悩んでいる俺たちの元に、キリとエンもやってきた。
「ケリー殿。今日訓練はありますか? さすがに休みでしょうか?」
「空気が薄いっすから、走り込みにはちょうどいいっす! 軽く走る感じっすかね!」
元気な弟子たち。
ちなみにミヒャドさんは一足先に自分たちの眷属―――エルフ族の村へと帰った。
「またすぐに来るのじゃ。我がケリーよ!」
と言いながら。
ま、それはともかく。
弟子たち姿を見て、ポンと手を打った。
「あ、そっか」
俺のつぶやきに、彼らは顔を見合わせたのだった。
「と、とんでもない……ですね。師匠は、アレ、大樽を2個も抱えてますよ⁉ ぜえ、ぜえ……」
「はははは! いや、この訓練はいいですね。足腰が鍛えられます。さすがケリー殿です」
「いやぁ、足を踏み外したら、本気で死ねるっすね。やっぱり先生は普通じゃないっすね~! えーっと、次の足場は~……ここっす!」
弟子たちが俺の後を飛び跳ねながらついてくる。
チャプチャプと、音を立てながら。
俺の抱えた樽からも、チャプチャプと音が鳴っている。
そう、名付けて。
『空中樽運び訓練!』
である。
空中都市の田畑に水が必要。
だが、灌漑によって引いた水路や、お堀に貯めていた水は今は利用できない。
そうなれば簡単だ。
『地上から人力で運んで来ればいい』
と、同時にだ。
訓練は毎日する方が好ましい。
だとすれば答えは簡単。
大樽に水をいっぱいに詰めて、それを出来るだけ持つ。
俺は肩に担ぐようにして2個、持っている。
ヒョイヒョイと、浮遊する足場を飛びながら、ゼケン村へと到着した。
「よし。おーい、こんな感じだぞー!」
俺の後に続いて、弟子たちが足場を飛んで付いてくる。
ミリアリアさん、キリ、エンは大樽1個ずつだ。
少し時間がかかったが、見事にゼケン村へ到着する。
「ご苦労さん。うまく水を持ってこれたな」
「は、はい。何とか。ゼエ、ゼエ。し、死ぬかも……」
「こ、これはすさまじかったです、ね……」
「普通に運ぶんじゃなくて、跳躍するから、重さがダイレクトに腰にくるっす⁉」
みんな、樽を下ろして、肩で息をする。
「いい訓練になったみたいで良かった」
「「「は、はい。いい汗をかきました。ふー、やれやれです」」」
うん、と俺は微笑む。
そして、何気なく言った。
「よし、じゃあ次行こっか」
「「「……え?」」」
彼らがなぜか絶望の表情になった。
どうしたのだろうか?
俺は再び地上へと降りようとする。
「まぁ10回も往復すれば今日一日分くらいにはなるだろう」
「ちょ、ちょっと待った~⁉」
ん?
どうしたんだ?
「えっと、質問なのですが、今ので終わりではなく、あと10往復する……のですね?」
え?
「ああ、そうだよ」
俺は淡々と頷く。
彼らは更にズーンとした表情になった。
「ああ、忘れてました。いえ、忘れていませんでしたが……。私はまた師匠の格を見誤っていたのですね……」
「今日、私は死ぬかもしれませんね。ハハハ」
「キリ、顔がひきつってるっすよ……。フヘヘ」
あ、あれ?
俺はひょっとしてと思って聞く。
「もしかして、少し重かった?」
そんな質問に彼らは。
「「「少しなわけないですよね⁉」」」
と声をそろえて言ったのだった。
というわけで、彼らの往復は3回にすることにしたのだった。
俺はいちおう10回行ったけどね。
「い、いつか師匠に追いついてみせます!」
「そ、そうですね。お嬢様。明日は5回! 5回は行ってみましょう!」
「いや、明日はきっと筋肉痛と戦うから、それどころじゃなそうっすけどね~……。いやぁ、さすが先生っすね~。まだまだ余裕がありそうっす」
いや、確かにまだ余裕はあるけどね。
でも悲観する必要はないと思う。
だって。
「大丈夫、大丈夫。こういうのは慣れだからね」
俺は微笑んで言う。
「ほら、担ぎ方とか、コツがあるからなぁ」
でも、それに対して弟子たちの反応は。
「「「そこじゃないと思います!」」」
と、思い切り反論されてしまったのだった。
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