19.暗黒祭司モルグル
「黒幕の正体はこのたび討伐された第9紀魔王……。その側近である四魔司祭が一人、暗黒祭司モルグルじゃ」
「ぶー!」
魔王と聞いて思わず吹き出してしまった。
「ま、魔王の側近じゃないっすか!」
「うむ。そうじゃ。第9紀魔王は討伐されたが、残党は当然おる。魔王が討伐されても残党が隠れ潜むのは、毎度のことじゃ。暗黒司祭モルグルもその一人。うまく身を隠し、秘密裏に人間の村に潜伏しておったのじゃ。その目的は第10紀魔王になるためじゃ」
「次の魔王になるためっすか。はえ~」
とんでもない目的を聞いてエンが目を丸くした。
俺も同じくらい目を丸くしていた。
「ですが、どうしてこの村を?」
冷静なミリアリアさんが聞いた。
さすが村長代理だなぁ。
「うむ。隣村にカーマンという村があろう? 隣と言っても50キロは離れておるがな。今はその村を裏から支配しておるのじゃ。表向きは普通の村として。しかし、実態は村人どもの意識を奪い、潜伏する拠点として使っておるのじゃ」
「でも、うまく潜伏できてるならそれでいいのでは? どうしてまた、私たちの村にまで手を伸ばそうとしているのでしょうか」
ミリアリアさんの疑問はもっともだ。
ミヒャドさんは頷いて答えた。
「それは簡単じゃよ。目的が違うからじゃ。カーマンの村はあくまで潜伏用じゃ。じゃから、表向きは平和な村を装う必要がある。カーマンの村で何か事件を起こせば、すぐに王国が気づくじゃろう。そうなれば勇者が派遣されて討伐されるのは必至じゃ」
「魔王を討伐した勇者にはかなわないと踏んでいるわけですね?」
キリも納得する。
「じゃよ。しかし、潜伏しているだけでは戦力増強は出来ぬ。そこで、安全圏は確保したうえで、戦力増強のための魔法実験場を作ろうと考えたのじゃ。そこは出来るだけ僻地で、何かあっても発覚しづらい場所が良い」
「だからうちの村っすか。僻村も僻村っすからねえ」
「うむ」
「ちなみに、どんな実験をしようとしていたんだ?」
俺の質問に彼女は答える。
「ほれ、この首輪も実は奴の実験成果の一つじゃ。キリング・チョーカーを作りだすような奴じゃ。おのずとその実験内容は推測できるというもの」
「人間やモンスターを思うままに操り、戦力とする実験、とかか?」
「うむ。さすがケリー、ご名答じゃ。奴はグール化計画と称しておった。物騒な名前じゃよ。既に研究は進んでいて、今後は量産化するための応用研究に進むと言っておった」
「グール化計画。恐ろしい計画ですね」
「じゃな。加えて厄介なのは、奴の能力じゃ」
「能力、ですか?」
うむ、とミヒャドは頷いた。
「我も奴とは一度戦った。その上で敗れたのじゃ。確かに奴を倒した。しかし、奴はすぐに復活したのじゃ。暗黒司祭モルグル。奴の能力は不死。不死王モルグルというのがその異名なのじゃ」
「不死……。本当に魔王になれば、次の魔王は不死の魔王になるというわけか……」
いつも思うが魔族は反則だなあ。
そんな奴をどうやって倒せばいいんだよ、と困惑するしかない。
他のみんなも、あまりの状況にゴクリと喉を鳴らした。
だが。
その時である。
ブオッ!
一瞬にして部屋中に煙幕のようなものが渦巻いた。
煙で視界は突如としてゼロへと閉ざされる。
『しゃべりすぎたな。エルフの姫君。ではサヨウナラ。グールに喰われて死が良い!』
倍音のような声が轟くのと同時に、今までいなかったはずの人間たちが煙幕の中に現れたのが分かった。
「四人か! 」
「転移魔法⁉ 一体どうやったのじゃ⁉ そのような能力はなかったはずじゃ」
ミヒャドさんの声だけが響く。
『キリング・チョーカーに仕掛けただけのこと。それが壊された場合、刺客が現れるようにしたのだ』
なるほど。
俺は納得する。
時空を超える転移魔法は、(聖女から受け売りだが)非常に難易度が高い。地脈のパスを使用し、長年の魔法構築によって初めて可能になる奇跡のようなものらしいのだ。あるいは、大きな魔力が暴走した時に偶発的にも起こる。
しかし、最初から収納しておく、ということであれば話は別だ。
アイテムボックスのように、物を収納したり、縮小する魔法やアイテムは実在している。
キリング・チョーカーはその応用か。
「キリング・チョーカーにすら保険をかけておくとは、臆病な奴だな」
『ははは。負け惜しみはいつも耳に心地が良い。死にゆく者たちの遠吠えは特になぁ!』
濃い煙の中、嘲笑の声が響く。
「くっ、見えぬ! この煙自体が魔法の霧か! 魔法が発動せぬ!」
見えない中、四体のグールがミヒャドへと殺到するのが分かった。
「剣で!」
「ダメです、お嬢様。ミヒャド様ごと斬ってしまう!」
「くっ!」
キリたちの声が響いた。
『ハハハハ! 死ねい!』
俺はそんな中叫ぶ。
「全員、俺に剣の『鞘』を投げてくれ!」
「えっ」
「鞘、っすか⁉ あー、でも時間がないっす。ままよ、っす!」
「はい、師匠を信じます!」
「どうぞ!」
ミリアリアさんの鞘。
加えて、最近剣も装備するようになったキリとエンの鞘も俺に投擲された。
「よし!」
俺はその鞘を視覚が効かない中、つかみ取る。
『何をする気だ!』
「決まっている」
俺は受け取った鞘のうち2本を腰に刺す。
そして、残り1本を左手にもった。自前の剣にも鞘をかぶせる。
「疑似四刃流さ」
『ふざけたことを! 殺せ!』
「シャア‼」
前方、そして背後からグールが殺到する。
「ふん!」
気配を頼りに、俺は前方から迫ってきたグールたちを迎撃する。
左手で持った鞘でグールを弾き飛ばす。
と同時に、右方から迫る敵のみぞおちを突く。
「「グゲエエエエエエエエ!」」
『背後がガラ空きよお!』
モルグルの嘲笑が響く。
しかし。
『ガギン!』
鈍い音が響いた。
『なにい⁉』
モルグルの驚愕の声が轟いた。
『腰に差した鞘を操った、だと⁉』
「だから言っただろう、四刀流だと」
俺は、腰に差した鞘を、肘を使って勢いよく持ち上げたのだ。
背後から迫ったグールたちの爪は、垂直に振り上げられた鞘に、思い切り弾き飛ばされたのである。
「「ぎい⁉」」
「隙あり」
予想外の俺の反撃。
いや、防御に驚いたグールたちが声を上げる。
それこそ、自分がどこにいるのかを告げるようなものだ。
「ふん!」
「「ぐぎいいいいいいいいいいいいいいいい⁉」」
俺に殴打されたグールはその場で地面に伸びる。
『くっ、まさかこれほどとは。四刃流だと、ふざけおってえええええ!』
モルグルの声が響いた。
『……なるほど、貴様が知らせにあったケリーか。少しばかり剣の腕がたつからと粋がるなよ! 俺は次の魔王になる男なのだからな!』
そんな怨嗟の声とともに、煙が晴れていった。
視覚が戻ると、床には四人の人間が気絶して伸びていた。
「ふぅ~……」
俺は汗をぬぐった。
ああ、緊張した。
「やっぱり人間だったか。良かった~、剣を使わなくて」
「まさか、そのことまで考えて鞘を使ったのじゃ?」
「うん。奴は『グール』と言ったけど、人間を操っているだけかもしれないと思ったからね。だから緊張したよ」
「師匠は、緊張のポイントがずれてますね……」
「ええ、我々は視覚を奪われて右往左往していたというのに」
「鞘で疑似的な四刃流を作って、一人で四方からの敵を撃退しちゃうっすもんね~。すごすぎっすね!」
「いやいや。気配と音を感じられれば、みんなもすぐにできるようになるよ。大したことじゃない。要は慣れだからね」
俺はやけに褒められて、照れてしまう。
「視覚を突然防がれるのを慣れているのか。さすが我のケリーは一味違うのじゃ。それとも人間は全員ケリーみたいに出来るのじゃ?」
「「「できるわけがないです‼」」」
あれえ?
なぜか力強く否定されてしまうのだった。
だが、それはともかく。
「あれが暗黒司祭モルグルか。村を狙って来る以上、倒さないと仕方ないだろうな」
勇者に頼ってもいいが、すぐには連絡が付かないだろうからな。
「では、師匠」
ああ、と俺は頷いた。
「暗黒司祭モルグルの討伐計画を立案しよう」
俺はそう言って、不本意ながら、シャドウ・バンガードとして戦略立案を行うことにしたのだった。
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