17.ミヒャド
「あ、あの魔法使いに勝ったのですか」
ミリアリアさんが驚いた声で言った。
その声には賞賛と驚愕がないまぜになっている。
「魔法使いに剣士単独で挑むのは無謀とはよく聞きますが……。まさか圧勝とは……。さすが師匠です‼」
「まったくです。剣技……だけじゃない。その場その場での判断力、柔軟性、すごすぎる!」
キリが力強く言った。
「まさに先生の真髄を見せられたっすね~。いよっ、ロイヤル・シャドー・バンガード‼」
「それやめてね⁉ 誉め言葉になってないから⁉」
エンの言葉に、俺は思わず声を上げる。
スローライフからほど遠い単語だからだ。
ただ、おれは本気で嫌がっているのだが……。
「ふふふ、先生ったら。まーた、謙遜してるっすね」
「それが師匠の良いところなのですよ、エン」
「そうですね。我々も見習わなくてはな。剣士とはああでなくてはなりません!」
などと言っているのだった。
「違うからね! 謙遜じゃないから! 農家だからね! 俺の夢は農業しながらスローライフすることだから⁉ シャドウ・バンガードの地位を確立することじゃないから⁉」
必死に抗弁する。
だが、なぜか誰も全く聞く耳をもってくれず、生暖かいまなざしを向けてくるだけなのだった。
なぜだ⁉
そんなやりとりをしていると、エルフの姫。
ミヒャドさんが口を開いた。
ミリアリアさんたちは警戒しているが、相手に敵意はないのは明白なので、俺は剣をしまう。
「このような辺境の地に、恐るべき戦士がいるものじゃ。まさか我が敗れるとはな。我が戦った戦士の中で最も強かったのう」
「フフフ、敵ながら見る目がありますね、師匠。ええ、私の師匠ですので、当然ですね!」
なぜか、ミリアリアさんの警戒が速攻でゆるんだ。
情にほだされやすいのかな?
「じゃが、……これにて我がエルフの一族も滅亡か。撤退して奴と交渉すれば何とかなるかと思ったが、敗れて敗走したとなれば話は別じゃ」
「姫様、く、無念です」
「だが、最期にこれほどの戦士と相まみえられたこと、我の誉れである。さあ、戦士よ。我を好きにするがいい。最強の戦士たるそなたには、それをする権利がある! 姫を自由にできるなど、そうないであろう」
ぶはっ⁉
何を言い出すんだ、この少女は。
俺は咳払いしてから返答した。
「いや、しないから! 俺をなんだと思ってるの⁉」
彼女はキョトンとする。
「せぬのか?」
はぁ、と俺は嘆息してから言う。
「しないよ。だいたい俺は農家なんだ(誰も聞く耳をもってくれないけど)。事情さえ話してくれれば、穏便に済ませたい」
と、俺にしては珍しく、勝手に話を進めてしまう。
だが、こんな少女に無体なことをしたくはない。
なので、ここは後で怒られても良しと思って、話を進めた。のだが……。
「おお! な、なんと。強い上に、これほど敵に情けをかけられる戦士が人間におるとは。ふ、ふむ。ケリーと申したか。そなた、ちなみに番はおるのか?」
「ぶはっ⁉」
今度こそ本気でふきだしてしまった。
番? 奥さんのこと?
「いるわけないだろう。こんなむさいオッサンに。独り身ですよ」
やけっぱちである。若干気恥ずかしさもあり、赤面しているかも。
俺は苦笑しながら、自虐する、という器用な真似をした。
「ホウホウ、なるほどのう。なるほどのう! 決まった相手はおらんのかぁ。そうかぁ。ちなみに我もおらんからの」
彼女は勝手に納得した後、なぜか嬉しそうな顔をした。
なんでだろうか?
しかし、そんな中。
「関係のない話はやめて頂けますか」
ミリアリアさんの冷え冷えとした声がピシャリとその場の空気を凍らせた。
な、なぜだろう。
先ほどの魔法攻撃より緊張が走ったのだが……。
とにかく俺は本能的に話題を変えることにした。
「事情を話してくれないか?」
「ふむ、そうじゃな。ケリーのためじゃ。事情を全て話そうではないか。のー、ケリー?」
「はぁ」
なぜかものすごくフレンドリーだな。
なぜか甘えるような声だし……。
だが、とりあえず事情を話してくれるようなので、耳を澄ますことにしたのであった。
ちなみに、ミリアリアさんの眼差しは先ほどからドンドン冷ややかになっている。
もはや見る物を凍り付かせるほどの視線だが、俺は怖すぎて見ていないフリをするのであった。
こういう場面は以前、勇者や聖女と冒険している時もよく起こっていたので、その処世術として身につけたのである。
つまり、触らぬ神に祟りなし。
「簡単に説明しよう。最近起こった、ここ辺境の村『ゼケン』での事件は全て我を脅している黒幕が起こしたものじゃ」
「「「ええっ⁉」」」
ミリアリアさんたちは驚く。
「ケリーは余り驚いておらんのう」
「まぁ、少し違和感はあったんでな。だが、詳しいことが分かっているわけじゃない」
「さすがじゃな。それではまず」
彼女は説明を始める。
「最初に強化したキラー・ウルフをけしかけさせた。同時に、行商人がこの村へ来るまでの護衛を依頼した。戦力をある程度削ぐためじゃ。それによって黒幕は村へ攻撃しやすい状況を作ったのじゃよ」
「確かキリとエンが護衛に行ったんだったか」
「そうっす。いや、二人で是非! と言われたから付いて行ったっすけど。そう言えば、最初は一人の予定だったっす。不安だと押し切られて二人になったんすよね」
「あれも戦力を削る一環だったわけですか。ケリー殿がいて助かった」
「その通りじゃ。まさか世界一の戦士がおるとは予想などできぬて」
「世界一かは、置いておいて。だが、何のためにそんなことを?」
「まぁ、慌てるな。話には順序があるのじゃ。さて」
コホンと咳払いして、ミヒャドさんは言う。
「キラー・ウルフの襲撃が失敗した我らの黒幕は焦った。何せあれは強化されたキラー・ウルフじゃったからな。あれでダメならもっと強い戦力をもってこんといかんということになった」
「もしかしてワイバーンか?」
「その通り」
ミヒャドさんは頷いた。
「黒幕は『操る』能力を持っておる。その力によってワイバーンをこの近隣の森に棲息させたのじゃ。時期が来れば村を襲撃させるつもりでの。じゃが、想定は覆った」
あれ、それってもしかして。
「うむ、そうじゃ。なんとワイバーンが討伐されてしもうた。キラー・ウルフはまぐれがあっても、ワイバーンは王国のA級冒険者が何人も連携せねば勝てぬほどの相手じゃ。それを倒された。多分メッチャびっくりしたはずじゃ、いい気味じゃ、フハハハ!」
そういうことだったのか。
「うむ。そこで、ここは一旦情報収集が必要ということになった。もともとは、ビヤードはすぐに村を離れさせるつもりだった。護衛を名目にキリとエンを村から切り離すことが目的じゃったわけじゃしな。が、事情が変わった。そのまま滞在させてスパイをさせることにしたのじゃよ」
「それであんなに長期間滞在していたんすね。メッッッッッチャ、一か所に滞在する行商人だなぁと思ってたっす!」
「行商人は普通一か所にとどまらないですからね。仕入れが終われば季節が冬でもない限り、すぐに次の村へ向かうものです。でないと、商売になりませんからね」
エンとミリアリアさんが言った。
「そうしてスパイをしておると、どうやら村の防衛力の強化が着々と進んでいることが分かった。中心にいるのは無論、ケリーじゃ」
「俺、なんかしたっけ?」
自覚がないな。
「……」
なぜ沈黙⁉
「コホン。ちなみにじゃが、情報伝達手段は伝書鳩を使ったのじゃ。まぁ行商の間では、ごく普通の通信手段じゃし、さほど怪しまれることはなかったであろう。それでまず、アルラウネという精霊が村に棲み着いたことを知った。アルラウネはエルフの間では有名なのじゃが、れっきとした精霊なのじゃ。精霊が棲む村は実り豊かになり、人は健康となり、富がもたらされる。すなわち村が全体として強化されるのじゃ」
そうだったのか。
「また、キリ、エン、それに村長の娘のミリアリアが修業によって、めきめきとレベルを上げていることも注目に値した。戦力が増えるのは好ましいことではないからのう」
なるほど。
「極めつけはお堀の造成じゃ。灌漑までは良いのじゃが、お堀ともなればこれはもはや村の防衛設備。これはもはや一刻の猶予もない、ということを黒幕は思い知った」
「やはりすべてに師匠が中心にいますね。さすが師匠です」
「うむ、さすが我のケリーよ! でじゃ、であるがゆえに、そこなビヤードに指令がくだったというわけじゃ」
「入口となる跳ね上げ橋を壊せという指令ですね?」
「正確には下ろした状態で破壊して、軍勢が村に侵入できる状態にしておくこと、じゃな」
「姫様のお命がかかっていたとはいえ、申し訳ありません。責任は全て私にあります!」
「大丈夫。悪いのはそれを指示した黒幕、なんだろう?」
「ケ、ケリー様、ありがとうございます!」
「だが、今の話を総合すると、こういうことになるのか」
俺は真剣な表情になって言った。
「攻めて来るぞ」
ゾクっとした表情にミリアリアさんはなった。
そう。
今の状況はビヤードさんの内部からの計略も打ち破られた状態。
帰らないビヤードさんの状況から、そのことをすぐに察するだろう。
相手にはもう駒はない。
ならば、あとは攻めて来るしかないだろう。
それも、時間を空けないほうが黒幕にとって都合がいい。
数日。いや、すぐにでも襲撃が来る。
……が、その前に、だ。
「その物騒な首輪を外さないといけないな。戻らないことを察知して爆破されてしまうかもしれない。それは確か時間制限つきの魔道具だろう? 一定時間内にその黒幕の元に戻り、タイマーをリセットしなければ爆破される」
ミヒャドさんはフッ、と自嘲気味に笑った。
「そうじゃ。じゃが、我がどうしようともこれは外れぬ。無理に外せば爆破される。もはや、どうしようもない。さっき、そなたのゴニョゴニョ……になりたいとと言ったことは夢物語よ」
はて、何か言っただろうか?
まぁ、今はそれどころじゃない。
なぜなら。
「いや、外せるけど」
俺はシリアスな雰囲気を壊すようで悪いなぁ、と思いながらも何とか口にした。
「「……」」
一瞬沈黙があった。そして、
「えええええええええええええええええ⁉」
「ま、まじですかケリー様、外せるのですか⁉」
「す、すごいのじゃ。さすがケリーなのじゃああああああああああああ⁉」
驚愕の声が村中に木霊したのであった。
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