15.アルラウネの実を砕く
「ふぅ、やっと終わった」
「やりましたね、ケリーさん!」
「これで安心して農業が出来ます!」
その言葉に俺はウンウンと嬉しくなって頷く。
俺も同じ思いだったからだ。
森から水を引いてくる灌漑工事が終わった後、それを村の周囲に巡らせるお堀工事へと移った。
これには1週間ほどかかったが、おかげで各家への畑に水を引きやすくなった。
また、モンスターから村を守ることが容易になったおかげで、農業に専念しやすくなったわけである。
このことはまさに、俺のスローライフがここから始まることを意味している!
だからこそ、俺も彼らと同じく、このお堀の完成を心から喜んでいたのである。
「さあ、今日から本当のスローライフの始まりだ」
ひゃっほい、と中年ながら少年のようにはしゃいだのも無理からぬことだろう。
と、そこへ。
「皆様、大変お疲れ様でした。慰労会は別途設けさせて頂きますね。まずは簡単ではありますが村長からのお礼です。こちらを召し上がって下さい」
村長代理のミリアリアさん、それからキリが一緒にやってきた。
そして、大きめのバスケットから何かを取り出す。
「おお、それは‼」
「もしや、アルラウネの実ですか⁉」
ミリアリアさんが微笑んで頷く。
「はい、村長からもぜひ皆さんへ振舞うように、とのことでしたので」
「ですが、そんな貴重なものを頂いて良いのでしょうか」
「いいのですよ。それにまだ幾つか在庫はあります。だから遠慮しないでください」
彼女はそう言うと、刃がギザギザとしたノコギリのようなものを取り出した。
「アルラウネの実の外皮は岩のように固いですから。このノコギリで割らないといけません」
あっ、本当にノコギリだったのか。
「そうなのですか」
「トンカチで割ることも難しいんですよ。ですので、食べるのは一苦労ですが、代わりにとても美味とのことです」
「キリさんの腕力でも無理なのでしょうか?」
「ウーンと。そうですね、キリ?」
「はぁ、いちおうやってみますが……。ふん!」
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ‼
凄まじい力が加わっているのが分かる。
普通の果実なら一瞬で手の中でつぶれてしまっているだろう。
「ひえええ……」
村人たちと一緒に俺もドン引きする。
だが、
「歯が立ちませんね」
キリはそう言って肩をすくめた。
さて。
そんなやりとりもあって、村人が手伝いを申し出る。
アルラウネの実の外皮をノコギリで切って行く。
「ノコギリが先にダメになりそうです。刃こぼれしそうですね」
「本当に岩ですね、これは」
そんなやりとりをした後、30分ほどかけてやっと、アルラウネの実が姿を現した。
その果実はしっとりとピンク色に熟れていて、少し透き通っている。
甘やかな香りが周囲に広がった。
「おお、うまい!」
「これが冒険者アイテムでも最上級とされるアルラウネの実かぁ」
「疲れも一瞬で吹き飛ぶし、幸せな気持ちになるなぁ」
アルラウネの実は体力の向上や精神力の回復に絶大な効果があるんだよな。
俺も一口ご相伴に預かったが、食べたことがあるので、できるだけ村人たちに譲ることにしたのだった。
それよりも、こうしてお堀が完成したからには、スローライフがとうとう始まる。
そちらに気をとられてしまっていたのだった。
「いやぁ、ついに明日からスローライフが始まるんだなぁ」
俺はホクホクとした気分で夜を迎えた。
貧しい村なので帳が降りれば、一部松明を焚いている場所以外、真っ暗になる。
「さて、寝るか……」
明日からのスローライフに備えて!
と、そう思った時である。
「ケリーお兄ちゃん、ケリーお兄ちゃん!」
「うおわ⁉」
ニュルン! とした感じでいきなり2階寝室の窓から美少女の顔が現れた。
「ラムダさんか。びっくりさせないでくれよ。慌てて、どうしたんだい?」
アルラウネである彼女は触手を使って身体を持ち上げ、2階までのぼってきたのだ。
「暗闇の中を誰かがコソコソ動き回ってる」
「村人じゃないのか?」
「ううん。私の守護対象からは外れている人」
本当に精霊なんだな。この村は本当に精霊の加護を受ける村になってしまったようだ……。王都に知られたら一大事かもしれない。
まぁ、今はともかく目の前のことだ。
「どこにいる?」
「村の正面に新しく作った跳ね上げ橋の辺り」
「そんなところで何をしているんだ……?」
こんな夜から外に出る訳もない。嫌な予感がした。
「行こう」
「うん。よいしょ」
「おわっと……!」
ラムダさんは俺を抱きかかえると、普段のゆっくりとした動きとは裏腹に、そのまま跳ね上げ橋の方まで高速で移動しはじめたのだった。
跳ね上げ橋にすぐに到着した。
そこには全身を黒のコートでスッポリと覆った、いかにも怪しげな男がいた。
コッソリと近づく。
「くそ、まさかこんな短期間で、村がこれほど発展するとは……。だが、まだ大丈夫だ。この跳ね上げ橋を下ろした状態で破壊すれば、村の制圧は難しくない……」
剣呑な独り言だ。
様子を見てもいいが、跳ね上げ橋を壊されてからでは遅い。一度捕まえてから聞くことにしよう。
「そこで何をしている!」
「くっ⁉ 誰だ!」
「ケリーだ」
「アルラウネもいるよ」
「くっ、シャドウ・バンガードか!」
「その名前で呼ぶのはやめてね⁉」
俺がそう言うのと同時に、黒コートの男はきらりと光る魔法鉱石を掲げる。
「遅い! これを爆発させれば、跳ね上げ橋を破壊することができる!」
「やめろ!」
俺は警告するが、奴は哄笑する。
「ははは! 剣も持たないお前に何ができる」
そう言えば寝るところだったので、剣は持って来ていなかった。
「魔法鉱石よ、その破壊の力をしめっ……!」
奴は魔法鉱石に込められた魔力を起動させ、爆発させようとする。
だが、
「ああ、もう。死ぬなよ! ラムダさん、アレを!」
「うん! はい!」
俺が警告したのは、ピンチだったからではない。
「こいつは岩石のように重くて、固いからな!」
ラムダさんが空中に放り投げたソレ。
そう、アルラウネの実。
それを俺はアルラウネの触手を足場に飛び上がると、
「キイイイイイイイイイイイイイイイイイッック!」
バキイイイイイイイイイイイイイイイ!
空中でバク転しながら、アルラウネの実を思い切りその男へ向かって蹴り飛ばした!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼
「おんぎあああああああああああああああああ⁉」
直撃!
俺が蹴り放った岩石のごとき実は、黒コートのみぞおちに突き刺さる。
奴の悲鳴と衝撃音を響かせながら、彼方へと吹き飛ばされていた。
白目をむき、口から泡を吹きながら。
そして、
『ザブウウウウウウウウウウウウウウウウウン!』
「ブクブクブクブクブク」
作り終わったばかりのお堀へと落下する。
そして、そのままブクブクと底へと沈んでいったのである。
やれやれ。
「いやぁ、うまいこと実を空中に投げてくれて助かったよ。おかげで相手に命中させられた。ラムダさんのおかげだな、ありがとう」
俺はニコリと微笑む。
が、彼女は苦笑する。
「いくら上手に空中に投げても、こんなに固くて重い岩のような実を、正確に蹴り飛ばせるのは、お兄ちゃんだけだと思うけどな……? 普通は足がもげて、終わりだ、よ?」
「ははは、謙遜家だなぁ、アルラウネ種族というのは」
俺は彼女の頭を撫でてやった。
「事実なんだけどなあ……」
彼女は撫でられながら何かを言うが、よく聞こえない。
さて。
「どうされましたか、師匠!」
「なんだ、なんだ⁉」
すぐに騒ぎを聞きつけたミリアリアさんや、村人たちが駆け付けて来た。
とりあえず。
「そこの男をお堀から引き上げるの、手伝ってもらっていいかな?」
「は、はぁ」
訳が分からない、といった表情のみんなに手伝ってもらって、男を引き上げた。
だが、俺が事情を説明すると、彼らは驚くと同時に憤った表情を浮かべた。
そして、男の正体が判明したことで、またしても驚きの表情を浮かべたのであった。
「この人は」
ミリアリアさんが言う。
「この男性は以前から逗留されていた行商人の方です」
そう困惑しながら言ったのだった。
「言え、行商人ビヤード。貴様の目的はなんだ! なぜお堀の橋を破壊しようとした!」
「さてね。そんなことをした証拠でもあるのかい?」
「跳ね上げ橋を壊そうとしていたと、シャドウ・バンガードのケリー殿から報告が上がっている!」
「知らないね」
「お前が使用しようとした、魔法鉱石も証拠物件として押収しているぞ」
「覚えがないな」
「まったく……。やりたくはないが、少し身体に聞かなくてはならないらしいな」
「ふん、やってみな。お前のようなガキにどこまで出来るか見物だな」
「くっ」
と、そんなやりとりが、村長宅の一室で行われていた。
行商人の名前はビヤードさん。薄い金髪に目つきが鋭い男性だ。年のころは30代か。
尋問しているのはキリで、部屋には俺のほかミリアリアさん、エンもいる。村長はこの騒ぎを聞いた村民たちを落ち着かせるための説明を別途行っている。
「水攻めか? それとも棒で叩くか? やってみるがいい。そんなことで俺は口を割らんがな」
「舐めるなよ。出来ないとでも思っているのか? 腕の一本や二本、折ってやってもいいんだぞ」
「出来るものならやってみな」
ハラハラ。
俺はその尋問風景を見て心配する。
キリは好青年で、獣人としての力もバッチリだ。
実際にやろうと思えばやれるだろう。
ただ、優しすぎる彼が、そんな真似ができるのかどうか、というのは全く別問題。
こうして拘束した相手に、一方的に暴力を振るうというのは、やる方にも相当ストレスを与えるものだ。
「どうしましょうか、先生。やはり口を割りませんね」
「私も口下手っすから、うまくやれる自信がないっす……」
ミリアリアさんもエンも、困り顔だ。
ふむ。
俺は考える。
ここは年長者として、俺が代わるべきだろう。
ただ、俺も暴力を振るうのは躊躇いがある。
「ここは一つ、良い雰囲気にしてみる、というのはどうかな?」
「良い……雰囲気ですか……」
俺の提案にミリアリアさんが首を傾げた。
俺の提案は難しいことじゃない。
ご馳走と言われるアルラウネの実。
あれを振舞ってやるというものだ。
食事をすれば誰でも気を緩めるもの。
話し合いはそれからする方がいい。
「ビヤードさん。まぁ、リラックスしてくれないかな。別に取って食おうってわけじゃない。ほら、これを見てくれ」
「これは……俺を溺死させかけた、アルラウネの実だな。ふん、これでどうするつもりだ?」
「ははは。決まっているだろう」
俺は微笑む。
「えーっと」
もちろん、俺はそのアルラウネの実を彼に与えて、リラックスしてもらうつもりだった。
これほどのご馳走だ。
ビヤードさんも少しは気を許してくれるだろう。
だが。
しまったな。ここにはノコギリもないし、ましてや俺の剣も家に置きっぱなしだ。
なら、仕方ないな。
『ガシ』
「え?」「え?」「え?」「え?」
俺は両手で、アルラウネの実を掴む。
そして。
スー……、と深呼吸すると。
「ふん」
ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ‼
凄まじい力が加わって、アルラウネの岩のような外皮から、悲鳴のような音が漏れる。
「ひっ……」
なぜかその音にビヤードさんの悲鳴が重なる。
ギチギチギチギチギチギチギチギチ!
そして。
「はぁ!」
バキィィィィイイイイイイイイイ!!!!!!!
「ひいいいいいいいいいいいい⁉」
とうとうアルラウネの実の外皮を割ることが出来た。
前を見ると、ビヤードさんが口をパクパクとしている姿が目に入った。
「いや、すいません。もっとスムーズに割るつもりだったんですが」
俺は気恥ずかしくなって、頭をかく。
リラックスして欲しいなどと言いながら、見苦しい光景を見せてしまった。
うまく食事を提供できないなんて、年長者なのに恥ずかしい。
「い、岩より固いとされるアルラウネの実を、す、素手で⁉」
「え? ああ、すいません。確かに食べ物だから、素手は良くなかったですよね」
中年にもなって常識がなくて申し訳ない。
「ま、まさか、い、今のを俺に喰らわす気か⁉」
「? ああ、はい。分かってるなら話が早い。味わってもらおうかと思います。きっと意識が飛びますよ(おいしさで)」
「ひ、ひいいいいいいいいいいい⁉ い、意識!? 俺の頭をそんな風にするつもりか⁉」
「へ? まぁ頭と言えば頭ですが」
おいしさを感じて欲しいわけだからね。
だが、なぜかガタガタとビヤードさんが震えはじめた。
顔が真っ青で、涙さえ浮かべている。
「どうしたんですか?」
俺はなんとか落ち着いて欲しくて、ニコリ、と微笑んで顔を近づけたのであった。
すると。
「ひいいいいいいいいいいい、わ、分かった。言う! なんでも喋る! 橋を壊そうとしていた理由も! だ、だから頼む、俺の頭蓋骨をそんな風に砕くのだけは勘弁してくれえええ⁉」
「あ、あれえ?」
なぜかビヤードさんは神に祈るようなポーズをしていた。
まるで目の前に自分の命を奪う死神でもいるかのようなポーズだ。
俺が訳も分からずに、呆気にとられていると、
「さすが師匠ですね!」
ミリアリアさんが、なぜか赤面しながら言った。
「いえ、今のはシャドウ・バンガードとしての役割を果たされたのですね。それにしても、これほど早く自白させることに成功されるなんて。統治者としての資質を感じさせます。その、そうですね。将来はやはりこの村を切り盛りされる立場なんかがふさわしいかと……。コ、コホン」
え、いや。俺はご馳走を……。
そう言おうとしたのだが。
「骨砕きを捕虜の前でデモンストレーションとは……。いや、お見事でした。結果として、誰も傷つかず尋問を進められそうです。それにしてもあの岩のごとき実を素手でとは、まさに恐るべき力です! 私も握力には自信がある方なのですが……、まだまだケリー殿の元で精進が必要なことを痛感しました。さすがシャドウ・バンガードのケリー殿です!」
「私も感服したっす! 剣だけでなく、シャドウ・バンガードとしての仕事にも卓越してるんすね! シャドウ・バンガードの面目躍如っす!」
キリとエンも感動したとばかりに俺に言ったのだった。
「い、いや、違うからね⁉ 俺はアルラウネの実をご馳走しようとしただけだから⁉」
俺はそう主張する。
だが。
「フフフ、分かっていますよ、師匠。皆まで言わないでください。さあ、ここまでしてもらえれば十分です。後は私たちで情報を聞き出すくらいのことはしなくては。そのあとに、シャドウ・バンガードのケリー師匠を交えて、村の未来のための対策会議を開くことにしましょう」
「ちょっ、まっ、ちが……」
「さあ、ケリー殿も少しお休みを。行商人の捕獲から尋問まで全てこなされているのですから」
「そうっすよ。シャドウ・バンガードと言えども、全てを背負うことはないっす。少しは私たちにも仕事を残しておいて欲しいっす」
なぜか信頼しきった声音で慰労され、もはや何を言っても真意は届かないのであった。
いやいやいや。
俺は退室させられてから、頭を抱える。
「一向に農業ができていない中で、それ以外が順調すぎるんですけど⁉」
知らないうちにシャドウ・バンガードとしての立場が着々と盤石になってきている。
そんなまったくもって心外な状況を、俺は思わず嘆いてしまうのだった。
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「この後一体どうなるのっ……!?」
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