14.お堀
「ようやくここまで水路を引けたかぁ」
ふ~、と俺は汗をぬぐう。
「すごい、本当に灌漑工事を完了させられたんだな!」
「ああ、これで水不足に悩むことはなくなるぞ!」
「ケリーさんのおかげだな! ありがとうございます、ケリーさん‼」
バロンさんをはじめとする村人たちが、喜んでいた。
「ははは、俺は地面を軽く堀っただけですよ。それをしっかり用水路にしてくれたのは皆さんですから」
俺のしたことなど、全体作業の一部でしかない。
村人さんたちが良い人たちなので、過剰に褒めてくれているだけなのだ。
もちろん、いい歳のオッサンの俺はそこのところを弁えている。
「ゴーレム切りで地面を堀った上に、木こり泣かせの異名を持つ魔鉱樹を伐採した『だけ』ですか……」
「はぁ、また何というか」
「不可能を可能にしたというのに、まったく、ケリーさんらしいですね、ははは」
なぜか若干肩をすくめられているような気がしたが、気のせいだろう。
ともかくこうして灌漑工事は完了して、村に水を引くことができた。
村の外側に大きなため池を造っており、そこに水が溜まる仕組みである。
ため池から水をくみ上げるなり、必要なら村の中に用水路を通してもいいだろう。
「さあ、スローライフだ」
俺がそう意気込んだ時であった。
「だが最近キラー・ウルフが出る頻度が上がってきたよな」
「他のモンスターも増えている気がする。ワイバーンが出たせいで、一時的に生態系が狂っているのかもしれないな」
「ケリーさんや、ミリアリア様らがいるときは良いが、常にいてくださるとは限らないから不安だよな……」
そう口々に言ったのだった。
確かにモンスターが増えている印象だった。
俺やミリアリアさん、キリやエンがいれば、撃退は可能なのだが、常に駆け付けられるとは限らない。
と、そこにミリアリアさんがやって来て言ったのだった。
「師匠、すみません、村長がお呼びです」
なんだろう?
そう思いつつ、俺は村長宅へと向かったのであった。
「用水路を兼ねた、お堀、ですか」
「そうなのじゃ」
村長さんは深刻そうな表情で言った。
俺たちは向かい合わせに座っている。
「最近モンスターの動きが活発じゃ。一時的なものかもしれんが、村人の中には気に病んでいる者も多い。幸いながら、この村にはケリーさんを始め、戦える者がおるので今のところ無事じゃ。しかし、根本的な解決にはなっておらん」
なるほど。
確かに俺などはそれなりに戦えるから、モンスターが襲撃してくれば迎撃するという選択肢がある。
だが、一般の村人たちはそうではない。
深刻な問題に違いなかった。
「そこでじゃ……」
「いえ、なるほど、分かりました」
話の方向性が分かったので、俺は自分から切り出すことにした。
「村の周囲まで灌漑工事を延長して、お堀にするのですね。確かに簡単にモンスターは襲ってこれなくなるでしょう。それに、それぞれの畑に用水路を引くのにも便利です」
「引き受けて、くれるのかね?」
村長さんが驚いた表情で言った。
「もちろんですよ」
俺はニコリと微笑んだ。
「村が安全じゃなくちゃ、俺のスローライフもままなりませんからね」
そう、これはあくまで実利をとっただけの話だ。
村が安全でなければ、農業などできない。
スローライフのために少し灌漑工事を延長することは、合理的な判断というわけだ。
そう軽く請け負ったのだが、村長は突然、
「うう、なんという御仁じゃ‼ まさに村の救世主じゃ‼ ウオオオオン‼」
ぶわーっと、感涙の涙を流し始めたのだった。
「まぁまぁ、おじい様ったら。言ったでしょう、師匠ならお引き受けくださるって。なんといっても私の師匠ですからね。フフン」
なぜかミリアリアさんが誇らしげにしていた。
「ま、まぁまぁ、村長さん。さっきも言った通り、俺にとっても利のある話ですから。そんなに感動して頂く必要はありませんから」
「なんと欲のない! まさに聖人じゃ! 村人たちに喧伝せねばなりませんぞ!」
「それだけは勘弁してください……」
喧騒を離れたくて、この村に来ているので……。
俺がそう言うと、村長さんはやっと少し落ち着いたようで、コホンと咳払いする。
「失礼しました。お礼は十分させて頂きます。それから、こうして村の防衛を担ってもらうのですから、肩書がないというのも不便でしょう」
「え? いや、別に全然不便ではないですけど」
あと、
「防衛を担うってほどのことでも……」
そう言いかけるが、村長さんは自分で納得するように、大きくウンウンと頷く。
「シャドウ・バンガード。ふむ、これで行きましょう」
「師匠にふさわしい重厚な肩書ですね」
二人してウンウンと頷いていた。
「ちょ、ちょっと待って⁉」
まさかのご大層な名称に、俺は思わず待ったをかける。
「そ、そんな肩書はそもそもいらないかなぁ、なんて思うんですけど」
目上の方々なので、なんとか笑顔を保ったまま、進言する。
だが。
「ふむ、では副村長などの方がいいのですかな? 少し合議が必要になりますが、ケリー殿がおっしゃるようでしたら、ここは一考の余地がありましょう。新参と侮る者もいるかもしれませんが、そこはこれまでの村への貢献を全面に押し出しましょう」
「政治工作も必要ですね」
「すいません、最初の肩書で結構です」
こわっ。
なんか村の裏の側面を見て、大人しく引き下がることしかできない俺なのであった。
そのあとも、『やはり欲がない』、『師匠ですもの』といった会話が二人の間でなされて、やっと解放されたのであった。
こうして俺はなぜか 『シャドウ・バンガード』という肩書をつけられた上に、村の『防衛』担当として、お堀を作ることになったのであった。
もちろん、作業自体は、俺のスローライフをするために必要な作業であり、全く苦ではない。
だが、
『シャドウ・バンガード』
『防衛担当』
といった役職や役割……。
これについては、こう思わざるを得なかった。
農家からどんどん遠ざかってません⁉
……とはいえ、作業は必要なことだ。
この辺りの土は森よりもはるかに柔らかいので作業はかなり速く進む。
村の外周に沿って、ゴーレム切りをしていくのだ。もちろん、周囲の村人は巻き込まないように慎重に進める。
しかし、その時である。
『ぐぎゃあああああああああああああああ』『ぎええええええええええええええええええ』
「おっと……」
どうやら、近づいて来ていたゴブリンらを巻き添えにして一掃してしまったらしい。
「村人の安全に集中していたから気づかなかったなあ」
まだまだだなぁ、と頭を掻いて反省していると、周囲にいた村人たちが口々に言った。
「さすが、シャドウ・バンガード様だ!」
「ああ、村の防衛担当様は伊達じゃないなあ!」
「何せ、お堀を掘るついでに、モンスター退治まで同時にこなすんだぜ‼」
「「「さすが、シャドウ・バンガード、ケリーさんだ!」」」
そんな大合唱が起こったのだった。
俺はたまらず叫んでしまう。
「お願いだから、その呼称は勘弁してください⁉」
「ええ~」
「お似合いですけどね~」
村人たちは一転して、口々に不服そうな声を上げるのであった。
俺はがっくりと両手を大地につけて脱力する。
「農業のために灌漑工事してたのに、農業からむしろどんどん遠ざかってるんですけど⁉」
そう思わず声に出してしまう、俺なのであった。
「ど、どうされたんですか、シャドウ・バンガード様」
「ふ、普通に名前でお願いします……」
「ええ~、まぁシャドウ・バンガード様がそこまでおっしゃるなら」
渋々ながら納得してくれたようだった。
そんな感じで、俺は農業からどんどん遠ざかってない???? という疑念を払しょくしきれないまま、何とか村を囲うお堀を掘り進めて行ったのである。
そして、その時、俺はまだ気づいていなかった。
そんな俺の悲しい胸中とは裏腹に、村の防衛力が全般的に格段にアップしていることに……。
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