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12.祝・初収穫(?)

さて、今日も今日とて、灌漑工事である。


さすがにまだまだ作業は必要だ。


出発しようと扉を開けると、開墾中の畑があり、そこには居ついてしまったアルラウネのラムダさんがいる。


「あ、おはよう、お兄ちゃん」


モジモジしながら挨拶してくれる。


独り者として、こうやって会話をしてくれる相手がいるのは、結構嬉しいものだ。


相手が精霊のアルラウネじゃなければ、普通なんだけどなぁ……。


朝イチで精霊に挨拶する生活、というのは、ちょっと俺の求めている普通ののんびりした生活とは一線を画すんだよなぁ……。


そんなことを考えていると、ラムダさんが質問してきた。


「ところでどうしてお兄ちゃんは、そんなに強いのに農業してるの? け、剣士様じゃないの?」


「元、剣士さ。だが、もうお役御免でね。今はこうして畑を耕して、野菜や果物なんかを収穫する、のんびりとしたスローライフをしたいと思ってるんだ」


そう言ってから胸に秘めた夢を語る。


「いやぁ、今から初収穫が本当に楽しみだ!」


と。


「そ、そうなんだね。だからお水を引こうとしていたんだ?」


「そういうこと。井戸が枯れちゃってね」


俺は頭をかきつつ、


「初収穫までは遠い道のりというわけだ」


と俺は、甘美な夢と、現実の厳しさに思わず苦笑を浮かべて答えたのだった。


さて。


「じゃあ、初収穫のためにも灌漑工事に行って来るよ。夕方にはかえ……」


そう言いかけた時だった。


ブゥウウウウウウウウウウン‼


凄まじい羽音が上空から聞こえて来たのである。


「危ない、お兄ちゃん!」


アルラウネの悲鳴が轟く。


「キラー・ビーだよ!」


上空には、赤色の毒々しい身体に、黄色のまだら模様を持つ、体長にして1メートルほどのモンスターがいたのだった!




キラー・ビー。


冒険者からは極めて厄介とされるモンスターだ。


別名を悪食。


なぜなら、空腹になると周囲にあるものを見境なく捕食するからである。


例えそれが精霊であっても、だ!


「キシャアアアアアアアアアア!」


キラー・ビーが威嚇を放つ。


その威嚇の対象はラムダさんだ。


「なるほど、モンスターが少なくなっているから、村まで獲物を求めてやってきたわけか」


ワイバーンの弊害がこんなところにまで!


いや、そんなことを考えてる場合じゃない。


キラー・ビーの動きは早い。


「並みの剣士では捉えられないほどの速度」


それに加えて、


『ギイン‼』


「ふっ―――」


銀色に不気味に輝く針を、俺はアルラウネに突き刺さる寸前で弾く。


キラー・ビーの尾。


そこには猛毒の針が隠されている。


これに刺された者は一瞬にして毒が回り麻痺する。


そして食われるのだ。


視認させる間もなく動けなくさせ、捕食する。


キラー・ビーが恐れられる理由だ。


「危ない! 私のことは放って、お兄ちゃんは逃げてっ……!」


ラムダさんがそう言いかけるのと同時に、再度キラー・ビーが獲物を黙らせんとばかりに襲撃をかける。


『ギン!』


俺はその攻撃を再度弾く。


「ギギギギギ!」


奴は獲物をなぶる感触を楽しむかのように、再度上空へと舞い上がる。


一撃必殺。


しかも空からの奇襲であるがゆえに、常に相手は優位なのだ。


……だからこそ。


「だからこそ倒しやすいんだよな。キラー・ビーは」


「……ほへ?」


「ギ?」


俺は手のひらを広げて、キラー・ビーに見せるようにした。


奴は一瞬戸惑ったように見えた。


なぜなら、『さっきまで持っていたはずの剣がどこにもなかったから』だ。


「相手を眼下に見下ろしたくらいで、『自分が有利』だと誤解して、余裕ぶってくれるからな」


「ギィッ⁉」


相手が気づいた。


だが、


「もう遅い」


ストン、と。


先ほど死角から上空へと投げた剣が、重力に引かれて落ちて来た。


その刃はキラー・ビーの羽を。


片翼を見事に切り裂いた。


バランスを崩し落下する。


「それを油断という。誰にとっても最大の敵さ」


「ギイイイイイイイイイイイイイイイ⁉」


驚愕と憤怒。


そのないまぜになった眼で俺をにらみつけた。


だが、次の瞬間には、その眼には恐怖のみが宿る。


「ふんっ……!」


俺は油断なく、落下するキラー・ビーに対して、一瞬にして間合いを詰めた。


そして、


『ゴッ!』


岩をも粉砕するほどの力を込めた拳。


要するに正拳突きを、相手の顔面に叩き込んだのである。


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!


キラー・ビーはその一撃で顔面を粉砕される。


間違いなく即死であった。




「す、すごい。すごいすごい! お兄ちゃんっ……!」


ラムダさんがはしゃいでいた。


「うーん、剣はうまくいったけど、やっぱり精度がよくなかったかな……。もうちょっと角度が合えば一撃で……」


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「ん? ああ、いや。まだまだだなぁ、ってね」


「え、ええ……今の戦いで? 圧勝だった気がするけれど……」


「ハハハ。ぎりぎりうまく行っただけだよ。もっと上手にできるようにしないとね」


「そうなんだ。ま、まだ強くなるんだ、すごいね……」


運よく勝っただけだからなぁ。


全然すごくない。


むしろ、自分の弱さを思い知らされたくらいだ。


「と、とにかくありがとう。お兄ちゃん。命を助けてくれて!」


「ははは、どういたしまして」


大げさだなぁ。


まぁ、お礼を言われるのは、照れるが嬉しいもんだ。


そんなことを思っていると。


「村に招いてくれた上に、今度は命まで助けてもらうなんて。これはもう、最高のプレゼントをあげるしかないね……」


彼女はモジモジとしながら言った。


招いてないんだけどね……。


いや、それよりも。


「プレゼント?」


なんだろう?


「うん! でもちょっと時間がかかるんだ。だから、楽しみに待っててね!」


彼女はそう言うと、スッと瞳を閉じたのだった。


眠った?


それが何か聞く暇もなかった。


「うーん、よく分からないけど」


俺は微笑みながら、眠った彼女の頭を撫でた。


子供が何かしてくれるのは嬉しいものだ。


精霊ではあるが、言動は完全に子供で、オッサンの俺からすれば可愛い限りである。


さ、それより灌漑工事だ。


「水を引いて初収穫。そのために粉骨砕身しなくちゃな!」


そう意気込み、改めて出発したのだった。




さて、昨日キラー・ビーを討伐してから、1日が経過した。


時刻は夕方である。


今朝、アルラウネはまだ眠っていたので、挨拶はせず灌漑工事へと向かった。


そうして、いつも通り護衛任務を果たして、こうしてミリアリアさんたちと、帰ってきたというわけだ。


「今日もモンスターが結構襲って来たな」


「はい、ですが師匠のおかげで、無事に今日も進みましたね」


「ケリー殿の目は後ろについているのですかね? 奇襲されたのに動じもせず、切り捨てていました」


「あれはびびったっすね。さすが先生っす!」


「気配を消すのに不慣れな敵で助かったよね」


「いえ、背後から近づかれたら、普通気づかないものなのですけどね」


「そうだね。相手の失点に助けられた。よし、家についた」


俺とミリアリアさん、キリとエンは、今日も一緒に灌漑工事の護衛任務についていた。


相変わらずモンスターの襲撃はあるが、今のところ怪我人もなく大きな問題は起きていない。


「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん!」


お、どうやら起きたようだ。


ラムダさんが出迎えてくれた。


「ああ、ただいま」


「精霊様、ただいま戻りました」


「ミリアリアお姉ちゃんも、わ、私なんかに、か、かしこまらなくていいから」


ラムダさんは照れながら言った。


「か、かわいい」


「え?」


「い、いえ。コホン。なんでもありません」


ミリアリアが顔を赤くして言った。


どうやら彼女は可愛いものが好きなようだ。


「あ、お兄ちゃん。そう言えば昨日、約束してたもの、できたよ♪」


彼女はそう言って満面の笑みを浮かべた。


「えっと、昨日?」


約束なんかしていたかな?


俺は首を傾げる。


「ああ、そう言えばプレゼントをくれると言ってくれてたっけ?」


何のことか分からなかったけど……。


俺なんかのために何かしてくれようとするのは嬉しいもんだ。


「うん、そうだよ」


彼女はそう微笑んでから、照れくさそうにする。


そして。


「はい。どうぞ!」


そう言って、触手を伸ばすと、俺にリンゴほどの大きさの果実を一つ渡してきた。


見た目は似ている。


ただ、リンゴと違うのは、それが黄金色に輝いていることだろうか。


「えっと、これは……」


俺が戸惑っていると、彼女はモジモジとしながら言った。


「この畑で採れた初めての果物。つまり、夢だって言ってた『初収穫』だよ。お兄ちゃん。えへへ♪」


「え……?」


「私もいちおう植物型の精霊だから、ちゃんと実をつけられるんだ。この畑で育ってる私から収穫できれば、お兄ちゃんの夢がかなうよね?」


彼女は微笑んだのであった。


い、いやいや。


ちょっと待て⁉


「いや、ラムダさん? あの、俺の思ってる初収穫っていうのは、普通の……」


そう言いかけたのだが。


「まぁ、おめでとうございます! 師匠! しかもこれは希少品も希少品、アルラウネの果実じゃないですか!」


「本当です。聞いたことがありますよ。大変美味で、一時的に凄いパワーアップになると。冒険者が艱難辛苦を乗り越えて、やっと獲得できるアイテムだと!」


「冒険者ギルドに持って行けば、かなりの高値になるって噂を聞いたことがあるっす!」


ミリアリアさんたちが口々に祝福の言葉を口にしたのだった。


「ど、どうかな。お兄ちゃん。楽しみにしてた初収穫。ラムダからのプレゼント。気に入って……くれた、かな?」


「え、えーっと」


少し不安そうにはにかむラムダさんに俺はどう反応していいものか、固まる。


だが、俺の反応は置き去りに、ミリアリアさんたちは心から祝福を続けた。


「初収穫、本当におめでとうございます!」


「初収穫ですね、ケリー殿」


「先生のスローライフもついにいたについてきたって、感じっすね~」


おめでとう。おめでとう。


そう彼女らは口々に言うのだった。


俺はなんとかヒクヒクとする唇を笑顔の形にすると、


「も、もちろんだよ。いやぁ、初収穫、嬉しいなぁ」


と言ったのであった。


「ほんと、嬉しい!」


ラムダさんはそう喜びの声を上げたのだった。


俺は周囲がお祝いしてくれる中で、なんとか笑顔を保つ。


手の中におさまったアルラウネの果実が、一般的な野菜や果物とは一線を画するものだと主張せんがばかりに、これでもかと黄金に光リ輝き異彩を放っていた。


俺は内心で叫ぶほかなかった。


なんか思ってた初収穫と違うんだなぁ⁉


あくまで普通のニンジンとか芋なんかを収穫したかったんですけど⁉


なぜか冒険者用のレアアイテムが初収穫になってしまってるんですけど⁉


……だが、無邪気に喜んでいるラムダさんの前でそんなことを言えるはずもない!


そんなわけで。


俺の畑での記念すべき初収穫は、冒険者がレアアイテムとして探し求める果実。


すなわち、『アルラウネの実』となったのであった。


「……いや、やっぱり思ってたのと違うんだよなぁ⁉」


普通の農業スローライフさせてくれ⁉


我慢できず、ついついたまらず声が漏れてしまった。


それを聞いたラムダさんは不思議そうな表情で、よく分からないとばかりに、コテンと可愛らしく小首を傾げたのだった……。

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