11.続・アルラウネ
「も、申し遅れました。わ、私はラムダ、だよ。お兄ちゃん。よろしく、ね?」
アルラウネの少女は、おずおずと可愛らしく微笑みながら、自己紹介してくれた。
「えーっと、ご丁寧にどうも。俺の名前はケリー・ベルトルトで……って、ちっがーう!」
「きゃっ⁉」
アルラウネの少女、ラムダさんは驚いた様子で声を上げた。
「す、すまない驚かせて。た、ただね」
俺は頭をかきつつ、何とか微笑みを浮かべて説得するように言う。
「さ、さすがに村の中でアルラウネにいても貰うわけにはいかないよ。ほ、ほら、アルラウネは森に棲息するものだろう? 村人もきっとびっくりしちゃうから。ね?」
「め、迷惑ですか……」
シュンとする。
ぐ。
俺のその表情を見て、気持ちが揺らぎそうになる。
いや、だがスローライフのためだ……。
それに実際、村人たちが受け入れてくれるとは思えない。
「あ、ああ~。いや、迷惑というか、やっぱり村の人たちは慣れてないからね。ハ、ハハハ」
「そうですよね。いきなり来てしまってすみませんでした」
そう言って、出て行こうとする。
うーん、心が痛む。
だが、なぁ、と俺は困る。
スローライフがしたいから……というのももちろんある。加えて、実際問題いきなりアルラウネが村に棲むとなったら、村人たちを驚かせてしまうことも確かだろう。
ここはやはり、出て行ってもらうしかないのだ。
申し訳ないけど……。
そんな思いを抱きつつ、すまなさそうな顔をすることしかできないのだった。
だが。
その時である。
「モ、モンスターだ!」
「アルラウネだ! 人を襲うモンスターがどうしてこんなところに⁉」
偶然、通りかかった10人程度の村人たちが悲鳴を上げたのだった。
やっぱりこうなってしまったか。
厄介なことになりそうだ。早めに火消ししたほうがよさそうだ。
「いえ、皆さん、違うんです。もうこの子は出て行くんで安心してください」
だがちょっとだけ遅かった。
「ケリーさん危ないですよ!」
「離れてください! えい‼」
「こいつめ! 喰らえ!」
俺の声が届かないのか、村人たちは一斉に遠くから、ラムダさんに向かって石を投げつけた。
村の中にいきなりアルラウネがいてパニックになったのだろう。
一斉に投石された礫が、彼女を襲おうとする。
「きゃあ⁉」
アルラウネが悲鳴を上げた。
「ふん!」
俺は考えるより前に身体が咄嗟に動いた。
「「「「ええ⁉」」」」
村人たちの驚いた声が響く。
俺は持っていた鍬を一閃させて、飛んできた10に及ぶ礫を全て上空へと打ち上げる。
そして、
「ふぅ~、うまくいった」
トントントントントン……。
俺の手の中に、上空へ打ち上げられた後、落下してきた礫たちが重なるようにして収まって行く。
「お、お兄ちゃん。私のために自分の危険を顧みず、身を挺して助けてくれたんだね!」
「え?」
いや、そんなつもりはなかったんだけど……。
「す、すごい。さすがケリーさんだ」
「あ、ああ。10個もあった投石を全て正確に打ち上げるなんて、とんでもない。で、でもよ!」
「そ、そうだ! でもよ、ケリーさん。どうしてモンスターを身体を張ってまで助けようってんだ!」
「モンスターを追いだしたくない理由でもあるってのかよ!」
村人たちが口々に言った。
「い、いや、ちょっと待ってくれ。追い出すのを邪魔しようとしたわけじゃなくて、ただっ……」
単純に身体が勝手に動いただけだ。
そう言いかけたのだが。
「待ってくれ! ケリーさんはちゃんと考えがあってやったことなんだ!」
「へ」
ポカンとする俺とは対照的に、遠くから駆け寄ってくるバロンさんの姿が見えたのだった。
「待ってください! ケリーさんがそのアルラウネを自分の身を投げうってまで助けようとしているのには、深遠な理由があるんです!」
「い、いや。全然、投げうってなんか……」
「なんだって!」
「やはり理由が⁉」
「ちょ、ちょっと、聞いて⁉」
だが、ヒートアップしている村人たちに、俺の声はなぜか1ミリも届かない。
「実は最新のモンスター研究では、アルラウネは人に害をなす存在ではなく、精霊の一種らしい。昨日、実際にケリーさんはモンスターに襲われそうになっていた、そこのアルラウネを助けたんだ。彼女はその恩返しに来たんだろう」
「精霊⁉」
「本当なのか?」
にわかには信じがたいといった表情の村人たち。
うんうん、そうだよね。
いきなり言われても、納得できないだろう。
しかし。
「ケリー師匠のおっしゃっていることは本当ですよ」
「ミ、ミリアリア様⁉」
「どうしてここに⁉」
「いつもの剣の修業のためです。それよりも今は」
彼女はチラりとアルラウネの方を向いてから、村人たちに言った。
「昨日、灌漑工事の途中でアルラウネを助けたという報告は聞きました。精霊だ、というお話は私も知りませんでしたので、昨日来ていた行商の方に聞いてみました」
そう言えば、昨日は行商の対応をしていたんだったな。
「ケリー師匠のお話は、真実でした。行商人は職業柄、モンスターの生態に詳しくなければなりませんから、間違いないでしょう」
それを聞いて、村人は口々に言う。
「なんと! だとすれば、ケリーさんは昨日、精霊をモンスターからお守りしたということか!」
「それだけじゃない!」
「ああ、そうだ。我々はせっかくおいでくださった精霊様に、石を投げつけて追い出すところだったんだ。それを止めてくださった。万が一、石でもぶつけていれば、罰が当たっていただろう!」
「なるほど、だから、ケリーさんは我々が精霊様を追い出さないように身体を張られたのか。この村に滞在頂けるようにと。そして、更に我々が罰を受けぬように、と。村人の俺たちを守ってくれていたというわけなんだな!」
「さすがケリーさんだ!」
「そこまで考えていらっしゃるとは!」
「私の師匠なのですから当然のことですね」
フフンとミリアリアさんがなぜか胸を張って言った。
「いや、全然違いますけど⁉ そこまで考えてませんけど⁉」
「またまたご謙遜を。ふぅ、それにしてもまさか村に精霊様がいらっしゃることになるとは」
ミリアリアさんはニコニコと微笑んでから、俺の畝に鎮座しているアルラウネさんの元へ行く。
そして片膝をついて振り仰いだ。
「アルラウネ様、このたびは知らぬこととはいえ、本当にすみませんでした。村民を代表してお詫び申し上げます。罰は私めに何なりと」
他の村人たちも一斉に、一生懸命頭を下げる。
「ぜ、全然大丈夫だよ! それに……」
ラムダさんはなぜかほんのり顔を赤くする。
「ケリーお兄ちゃんがまた私を守ってくれるっていう、かっこいいところが見れて、むしろ良かった……かも……」
「な、なるほど。気持ちは分かります。……むむ、嫉妬してはいけませんね。精霊様相手に、はしたない、ブツブツ」
ミリアリアさんは、聞こえないほどの声で何か言ってから、かぶりを振った。
「いずれにしても、さすが師匠です。またしても村を救ってくださいましたっ……」
とにかく謝罪は終わったようだ。良かった、良かった。
……ミリアリアさんがなぜか俺のほうに、熱いまなざしを向けているのが謎だが。
彼女らの会話は続く。
「アルラウネ様。よくぞこのような辺鄙な村へおいでくださいました。感謝いたします」
「う、ううん。こちらこそ突然来ちゃってごめんなさい。ケリーお兄ちゃんに恩返しがしたくって」
「なんと、それは精霊様のご加護をケリー師匠が受けるということですか。さすがケリー師匠ですね。分かりました」
ミリアリアさんは、一人で納得すると、立ち上がって集まっていた村人たちへ言った。
「ケリー師匠のおかげでこの村に精霊様をお迎えすることができました。ケリー師匠のご意向でもあります。ぜひ、アルラウネ様には村に居て頂きましょう!」
「おお!」
「すごい。精霊様がいる村になるなんて!」
パチパチパチパチと、村人たちが拍手をした。
「ちょ、えええええええええええええええええ……」
いつの間にか俺の意向で受け入れるみたいになってるんですけど⁉
「い、いや。俺は森に帰ってもらおうかと……」
「うっ、うっ、こんなに歓迎してもらえるとは思わなかった。ありがとうね、お兄ちゃん!」
「素晴らしい信頼関係ですね、師匠。村のみんなも喜びます」
ラムダさんは感動してるし、ミリアリアさんや村の人たちもとても喜んでいるし。
もう断れる雰囲気ではなくなっていたのだった。
俺は心の中で叫ぶしかなかったのである。
俺の意向では全然ないんだけど⁉
森に帰そうよ!
普通のスローライフさせてくれ⁉
……と。
だが、結局アルラウネ。もといラムダさんは、新しい村の守護精霊となることが、村の総意として決定してしまったのであった。
そして、もちろん、棲み着くのは俺の作った畑なのである……。
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