9話 思ったより地味だった!
異界の花嫁としての授業が始まってから数日が経った。
毎日新しいことばかりで大変だったけれど、不思議と嫌ではない。
そして今日は。
琴葉がずっと楽しみにしていた日だった。
初めての実践練習である。
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「では、やってみるかの」
ヘンリーが庭園の一角を指差した。
そこには一鉢の植物が置かれている。
葉は垂れ下がり、色も悪い。
見るからに元気がなかった。
「汚染された土地から持ち帰った植物じゃ」
琴葉はごくりと唾を飲み込む。
ついに。
ついに魔法である。
異世界といえば魔法。
魔法といえば異世界。
ずっと楽しみにしていたのだ。
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植物の前に立つ。
手をかざす。
授業で習った通りに集中する。
元気な姿を想像する。
綺麗な葉。
生き生きとした姿。
太陽の光を浴びて育つ植物。
そんな姿を頭に思い浮かべる。
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「うーん……」
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変化なし。
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「んんん……」
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変化なし。
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難しい。
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額に汗が滲む。
それでも諦めずに念じ続けた。
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すると。
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しゅるり。
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葉がほんの少し持ち上がった。
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「あっ」
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さらに少しだけ色が良くなる。
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「できた!」
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琴葉は思わず声を上げた。
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確かに変わっている。
ほんの少しだけ。
でも確実に。
植物が元気になっていた。
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「ほっほっほ」
ヘンリーが満足そうに笑う。
「最初でそこまでできたら上出来じゃ」
「本当ですか!?」
「最初は発動すらできん者の方が多いぞ」
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えへへ。
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嬉しい。
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魔法である。
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異世界に来て。
本当に魔法を使った。
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まだ少しだけ。
ほんの少しだけだけれど。
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魔法である。
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……ただ。
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思っていたより地味だった。
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もっとこう。
光とか。
風とか。
きらきらーっ!
みたいな感じかと思っていた。
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実際は。
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気付いたら植物が少し元気になっていた。
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地味だ。
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かなり地味だ。
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でも嬉しい。
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魔法だから。
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その日の授業は上機嫌のまま終わった。
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部屋へ戻る途中。
当然のようにリヒトが隣を歩いている。
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いや。
隣というか。
少し後ろというか。
護衛だからなのだろう。
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「リヒトさん」
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返事はない。
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「今日見ました?」
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沈黙。
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「私、魔法使えましたよ」
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沈黙。
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「植物ちょっと元気になったんです」
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沈黙。
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知ってる。
見てた。
絶対見てた。
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「リヒトさんって」
琴葉はふと気になった。
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「ずっと私についてますけど」
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リヒトを見る。
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「ちゃんとご飯とか食べてます?」
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沈黙。
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「睡眠は?」
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沈黙。
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「お休みは?」
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沈黙。
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「ないんですか?」
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沈黙。
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なんでやねん。
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絶対聞こえてる。
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絶対聞こえてるのに。
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「人間ですよね?」
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ぴくり。
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リヒトの眉がわずかに動いた。
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動いた。
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聞こえてるじゃん。
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「人間だったんですね」
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灰色の瞳がじろりとこちらを見る。
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そのまま。
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リヒトは歩き出した。
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「あっ」
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逃げた。
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絶対逃げた。
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琴葉は確信した。
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この人。
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わざと無視している。
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そして。
そんなことを考えながら歩く琴葉の口元は、少しだけ笑っていた。




