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10話 給料がでるらしい!

異界の花嫁としての授業が始まってから、さらに数日が経った。


浄化魔法は日に日に上達している。


最初はしおれた葉を少し元気にするだけで精一杯だった。


それが今では、自分の腰ほどの大きさの植物なら、軽く手をかざすだけで浄化できるようになっている。


もちろん、まだまだらしい。


ヘンリー先生曰く、


「その辺の雑草を元気にする程度じゃな」


とのことだった。


厳しい。


でも少しずつ成長しているのは確かだ。


⸻


そして。


浄化以外の生活は、あまり変わっていなかった。


最近の琴葉のお気に入りは図書室である。


王城の図書室は広い。


本が山ほどある。


異世界について知るには最高の場所だった。


不思議なことに文字は自然と読める。


見たことのない文字のはずなのに、頭の中では日本語として理解できるのだ。


異界の花嫁の力なのだろうか。


よく分からない。


でも便利だから気にしないことにした。


⸻


歴史書を読む。


地理の本を読む。


物語を読む。


料理の本を読む。


気が付けば何時間も経っている。


⸻


その日も夢中になって本を読んでいた。


すると。


コンコン。


図書室の扉が叩かれた。


顔を上げる。


入口には衛兵らしき男性が立っていた。


「異界の花嫁様」


「はい?」


「陛下がお呼びです」


⸻


ひい。


⸻


思わず心の中で悲鳴を上げる。


王様は優しい。


優しいのは分かっている。


それでも緊張する。


王様だから。


⸻


「わかりました」


本を閉じて立ち上がる。


衛兵の後ろをついて歩く。


もちろん。


少し後ろにはいつもの騎士がいる。


⸻


最近ではその存在にも慣れていた。


⸻


振り返る。


⸻


いる。


⸻


安心。


⸻


いや、何が安心なんだろう。


⸻


自分でもよく分からなかった。


⸻


案内されたのは謁見の間ではなかった。


大きめの会議室のような部屋だ。


中には王様。


ヘンリー先生。


そして。


金髪碧眼の王子様。


レオンがいた。


⸻


「よく来たね」


王様が穏やかに微笑む。


「座りなさい」


⸻


恐る恐る椅子へ座る。


⸻


何かやらかしただろうか。


⸻


内心びくびくしていたが。


⸻


話の内容は予想外だった。


⸻


給料だった。


⸻


「以前、ヘンリーから聞いてな」


王様が笑う。


「浄化の対価について話し合った」


⸻


琴葉は姿勢を正した。


⸻


大事な話だ。


⸻


とても大事な話だ。


⸻


結果。


⸻


想像していた何倍もの金額だった。


⸻


「えっ」


⸻


思わず声が出た。


⸻


高い。


⸻


高すぎる。


⸻


「もちろん危険を伴う仕事だ」


王様が続ける。


「そして君にしかできない仕事でもある」


⸻


確かに。


⸻


命の危険もある。


⸻


異世界だし。


⸻


魔物いるし。


⸻


それでも。


⸻


嬉しい。


⸻


すごく嬉しい。


⸻


「ありがとうございます!」


思わず頭を下げる。


⸻


ヘンリーが愉快そうに笑った。


⸻


「そんなに嬉しいかの」


⸻


「嬉しいです!」


⸻


即答だった。


⸻


王様もレオンも笑っている。


⸻


その後は浄化の進捗を報告し、会議は終了した。


⸻


部屋を出る。


⸻


「送るよ」


⸻


レオンが自然に立ち上がった。


⸻


「えっ」


⸻


「途中まで同じ方向だから」


⸻


絶対違うと思う。


⸻


でも断る理由もない。


⸻


結果。


⸻


王子様のエスコート付きで帰ることになった。


⸻


なんだろう。


⸻


前より距離が近い気がする。


⸻


気のせいだろうか。


⸻


レオンは相変わらず話しやすかった。


この世界のこと。


王城のこと。


子供の頃の話。


色々なことを話した。


⸻


気付けば部屋の前に到着していた。


⸻


「またね」


⸻


柔らかな笑み。


⸻


王子様ってすごい。


⸻


キラキラしている。


⸻


本当に。


⸻


帰っていく背中を見送りながら琴葉はそう思った。


⸻


その様子を。


灰色の瞳が静かに見つめていたことには気付かなかった。


⸻


◇◇◇


⸻


夜。


王太子の私室。


⸻


レオンはソファへ腰掛け、グラスを傾けた。


⸻


向かいにはリヒト。


⸻


珍しく座っている。


⸻


「そろそろさ」


レオンが口を開く。


⸻


「僕の護衛に戻ってきてもいいんじゃない?」


⸻


リヒトの視線が上がる。


⸻


「最初は花嫁がどんな人間か分からなかった」


⸻


グラスの中の氷が小さく鳴った。


⸻


「だから君を付けた」


⸻


レオンは続ける。


⸻


「でも琴葉は真面目だ」


⸻


「……」


⸻


「浄化も頑張ってる」


⸻


「……」


⸻


「他の騎士でも十分じゃないかな」


⸻


沈黙。


⸻


しばらくして。


⸻


リヒトが口を開いた。


⸻


「まだ分からない」


⸻


「何が?」


⸻


「本性を隠している可能性もある」


⸻


レオンは笑いそうになる。


⸻


本気で言っている。


⸻


「それに」


⸻


リヒトは続けた。


⸻


「異界の花嫁を利用しようと近付く者もいる」


⸻


「なるほど」


⸻


「俺が側にいた方が牽制になる」


⸻


レオンはグラスを回した。


⸻


そして。


⸻


口元を緩める。


⸻


「ふーん」


⸻


面白い。


⸻


実に面白い。


⸻


「じゃあもう少しお願いしようかな」


⸻


リヒトは何も言わなかった。


⸻


ただ。


⸻


ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


⸻


レオンは見逃さなかった。


⸻


「そういえば」


⸻


何気ない口調で言う。


⸻


「今日も可愛かったよね」


⸻


ぴたり。


⸻


リヒトの動きが止まる。


⸻


「琴葉」


⸻


沈黙。


⸻


レオンは笑った。


⸻


「君、本当に分かりやすいな」


⸻


「……」


⸻


「無自覚なのがまた面白い」


⸻


リヒトは答えなかった。


⸻


代わりにグラスの酒を一気に飲み干す。


⸻


レオンは楽しそうに笑う。


⸻


今夜も。


⸻


いい酒が飲めそうだった。

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