36話 言葉が足りない
リヒト視点
⸻
その日の夜。
リヒトは自室にいた。
剣を手入れしている。
いつもと同じ。
何も変わらない。
はずだった。
⸻
「会話。」
⸻
レオンの言葉が頭に浮かぶ。
眉を寄せる。
会話ならしている。
最近は以前よりずっと。
馬車の中でも。
買い物の時も。
夜会の準備の時も。
少しずつだが話していた。
だから分からない。
何がいけなかったのか。
⸻
『護衛はもう大丈夫ですよ。』
⸻
またその言葉が浮かぶ。
胸の奥が重くなる。
⸻
嫌われたのだろうか。
⸻
その考えがよぎり、
すぐに否定する。
理由がない。
だが。
理由がないからこそ分からない。
⸻
「……。」
⸻
人生でこんなことで悩んだことはなかった。
魔物討伐の方がまだ簡単だ。
敵なら斬ればいい。
だが人の心は見えない。
⸻
結局。
その夜はなかなか眠れなかった。
⸻
翌日。
騎士団訓練場。
⸻
カンッ!
激しい音が響く。
訓練用の剣がぶつかる。
相手の剣を弾き飛ばし、
リヒトは淡々と構えを解いた。
⸻
「ありがとうございました!」
⸻
若い騎士が頭を下げる。
だが。
リヒトは聞いていなかった。
⸻
『護衛はもう大丈夫ですよ。』
⸻
まただ。
また考えている。
⸻
「隊長。」
⸻
呼ばれる。
⸻
「隊長?」
⸻
二回目でようやく顔を上げた。
同僚騎士が不思議そうな顔をしている。
⸻
「体調でも悪いんですか?」
⸻
「いや。」
⸻
即答する。
体調は万全だ。
問題はそこじゃない。
⸻
「珍しいですね。」
⸻
「何がだ。」
⸻
「考え事。」
⸻
沈黙。
図星だった。
⸻
その後も。
訓練しても。
書類を書いても。
食事をしても。
頭から離れない。
⸻
どうしてだ。
⸻
答えは出ない。
⸻
その頃。
琴葉は。
⸻
自室のソファに座っていた。
目の前には紅茶。
だが全然進まない。
⸻
「はぁ……。」
⸻
思わずため息が出た。
⸻
「どうかなさいましたか?」
⸻
エリーが優しく尋ねる。
⸻
「うーん……。」
⸻
少し悩む。
⸻
「私。」
⸻
ぽつりと呟く。
⸻
「言いすぎましたかね……。」
⸻
エリーが瞬きをした。
⸻
「リヒト様のことですか?」
⸻
図星だった。
⸻
「だって。」
⸻
琴葉はクッションを抱きしめる。
⸻
「なんか女性騎士さんと楽しそうに話してたし。」
⸻
「はい。」
⸻
「別に護衛じゃなくてもよかったみたいだし。」
⸻
「はい。」
⸻
「私だけ気にしてるみたいで嫌だったし。」
⸻
「はい。」
⸻
エリーは微笑みを浮かべている。
⸻
「でも。」
⸻
琴葉は小さく俯いた。
⸻
「帰ってきてくれた時。」
⸻
少しだけ胸が痛む。
⸻
「嬉しかったんですよね。」
⸻
本音だった。
⸻
「なのに。」
⸻
思い出す。
⸻
『今までありがとうございました。』
⸻
自分で言った言葉。
⸻
「ちょっと意地悪だったかなぁ……。」
⸻
エリーは何も言わない。
ただ優しく見守っていた。
⸻
琴葉はクッションに顔を埋める。
⸻
「うわぁぁぁ……。」
⸻
今さら恥ずかしくなってきた。
⸻
「どうしよう……。」
⸻
そして。
同じ頃。
訓練場では。
⸻
「どうしたらいい……。」
⸻
黒髪の騎士が人生最大級に悩んでいた。
⸻
もちろん。
二人とも。
相手も同じくらい悩んでいることは知らない。




