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35話 会話しろ

レオン視点



執務は終わっていた。


書類の山も片付き、ようやく一息つける時間だ。


寝る前の静かな時間。


ソファに腰掛けながら酒を片手に本を読んでいた。


こういう時間は嫌いではない。


王太子という立場上、一人になれる時間はそう多くないのだから。


コンコン。


扉が叩かれる。


「どうぞ。」


返事をすると見慣れた黒髪の騎士が入ってきた。


リヒトだった。


帰還報告だろう。


予定より少し早いなと思いながら本を閉じる。


「おかえり。」


「ただいま戻りました。」


いつも通りの返答。


いつも通りの姿勢。


いつも通りの無表情。


――のはずだった。


「……。」


レオンはグラスを口元に運ぶ。


そして思う。


おかしい。


何かがおかしい。


長年の付き合いだ。


表情が変わらなくても分かる。


明らかに様子がおかしい。


「任務中に何かあったのか?」


「いいえ。」


即答だった。


「つつがなく終了しました。」


「そう。」


酒を一口飲む。


そしてニヤリと笑った。


「じゃあどうしてそんな顔してるの?」


沈黙。


リヒトが黙る。


レオンは吹き出しそうになる。


分かりやすすぎる。


昔からそうだ。


図星を突かれると黙る。


「騎士団で問題でもあった?」


首を振る。


「怪我人?」


首を振る。


「隊員と喧嘩?」


首を振る。


「へえ。」


レオンは楽しそうに頬杖をついた。


そして確信する。


仕事じゃない。


なら一人しかいない。


「琴葉となにかあったのか?」


沈黙。


長い沈黙。


そして。


ぽつり。


「……護衛はもういいと言われました。」


数秒。


レオンは固まる。


その後。


「ぶっ……!」


危うく酒を吹き出しかけた。


そして。


「はっはっはっはっは!」


盛大に笑った。


腹を抱える。


久しぶりにこんなに笑ったかもしれない。


「振られちゃったかー!」


リヒトの眉がぴくりと動く。


無言。


だが明らかに不機嫌だった。


さらに面白い。


「そんな顔するなよ。」


笑いながら言う。


「別に振られてはいません。」


「いやいや。」


レオンは肩を震わせる。


「本人は護衛を断っただけのつもりかもしれないけど、君は完全に振られた顔してるよ。」


無言。


図星らしい。


レオンはなんとか笑いを収めた。


「心当たりは?」


リヒトは首を振った。


即答だった。


レオンは目を細める。


本当に分かっていないらしい。


「ふーん。」


酒を飲む。


そして呆れたように笑った。


「じゃあ話さないとね。」


リヒトが眉を寄せる。


「話す?」


「そう。」


レオンは当然のように答えた。


「会話。」


沈黙。


「……。」


「いや、そこで黙るな。」


思わずツッコミを入れる。


「君たち会話してる?」


「しています。」


「どれくらい?」


リヒトは少し考えた。


嫌な予感がする。


そして。


「必要なことは。」


レオンは天井を仰いだ。


駄目だこりゃ。


「リヒト。」


「はい。」


「女性はね。」


レオンは真顔で言った。


「エスパーじゃないんだ。」


沈黙。


「言わないと伝わらない。」


沈黙。


「分かる?」


沈黙。


「分からないか。」


レオンは深いため息をついた。


そしてグラスを置く。


「頑張ってね。」


「……何をでしょうか。」


「会話。」


即答だった。


リヒトは相変わらず分かっていない顔をしている。


レオンは心の中で笑った。


先は長そうだ。


だが。


少しだけ楽しみでもあった。


氷の騎士が誰かのために悩み。


誰かに振り回されている。


そんな姿を見る日が来るとは思わなかったから。


「おやすみ。」


「おやすみなさい。」


一礼して部屋を出ていく幼馴染の背中を見送りながら。


レオンは小さく笑った。


「頑張れよ。」


今度はちゃんと届くように。


そう呟いた。

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