33話 なんでモヤモヤするの?
リヒトが不在になって数日。
朝食を終えた琴葉は、エリーとお茶を飲んでいた。
「リヒト様は本日お戻りになるそうですよ。」
「ふーん。」
琴葉はカップを傾けながら答えた。
「そうなんだ。」
何でもないように返事をする。
だが。
心のどこかが少しだけ落ち着かなかった。
もうすぐ帰ってくる。
そう聞いただけなのに。
「……」
エリーはそんな琴葉を見て、どこか優しい目をしていた。
だが何も言わない。
◇◇◇
午後。
特に用事はなかった。
図書室へ行こうか。
庭園へ行こうか。
そんなことを考えながら王城を歩く。
別に。
気にしているわけじゃない。
本当に。
気にしているわけじゃない。
そう自分に言い聞かせながら歩いているうちに。
気付けば。
騎士団の訓練場が見える場所まで来ていた。
「……あれ?」
なんでここに来たんだろう。
首を傾げる。
その時だった。
遠くに見慣れた黒髪を見つける。
「あっ。」
思わず声が漏れた。
リヒトだ。
数日ぶり。
無事だったんだ。
そう思った瞬間。
少しだけ胸が軽くなった。
声をかけようとして。
足を一歩踏み出した時。
「リヒト卿!」
女性の声が聞こえた。
琴葉は足を止める。
若い女性騎士だった。
栗色の髪を高い位置で結んでいる。
彼女はリヒトへ駆け寄ると、親しげに話し始めた。
何を話しているかまでは聞こえない。
だが。
リヒトは立ち止まり。
彼女の話を聞いている。
そして。
ほんの少しだけ。
表情が柔らかく見えた。
「……」
胸の奥がもやっとした。
なんだろう。
この感じ。
別におかしくない。
同じ騎士団なんだから知り合いだろう。
話くらいする。
当たり前だ。
なのに。
なんだか面白くない。
「……帰ろ。」
小さく呟く。
そして声をかけることなく、その場を離れた。
◇◇◇
夕食後。
琴葉はソファで本を読んでいた。
だが内容は全然頭に入ってこない。
女性騎士。
楽しそうだった。
仲良さそうだった。
「……別に。」
思わず呟く。
その時。
コンコン。
扉がノックされた。
「はい。」
立ち上がって扉を開ける。
そこには。
黒髪の騎士が立っていた。
「ただいま戻りました。」
低く落ち着いた声。
数日ぶりだった。
なぜか少しだけ安心する。
だが。
同時に昼間の光景も思い出した。
「任務は無事終わったんですね。」
「はい。」
「それはよかったです。」
短い会話。
そしてリヒトは続ける。
「明日から通常通り護衛に戻ります。」
その言葉を聞いて。
なぜだろう。
胸の奥がまたもやっとした。
昼間の女性騎士が頭をよぎる。
別に。
護衛なんて仕事なんだ。
「……あの。」
リヒトがこちらを見る。
琴葉は笑顔を作った。
「護衛はもう大丈夫ですよ。」
一瞬。
空気が止まる。
「この数日、一人でも平気でしたし。」
「……」
「エリーもいてくれましたし。」
返事はない。
琴葉は続ける。
「代わりの騎士さんも配属されませんでしたよね?」
「……」
「だから護衛って絶対必要なものじゃないんだなって。」
自分でも驚くほど言葉が出てきた。
「なので明日以降も大丈夫です。」
笑顔を浮かべる。
「今までありがとうございました。」
沈黙。
長い沈黙。
リヒトは何も言わなかった。
ただ。
驚いたようにこちらを見ている。
その表情を見た瞬間。
少しだけ胸が痛んだ。
だけど。
今さら撤回するのも変だ。
琴葉は笑顔のまま頭を下げた。
「おやすみなさい。」
そして。
そっと扉を閉めた。
◇◇◇
閉じられた扉の前。
リヒトはしばらく動けなかった。
数日ぶりだった。
会いたかった。
無事を確認したかった。
明日からまた隣に立てると思っていた。
なのに。
護衛はもう必要ないと言われた。
リヒトは閉じられた扉を見つめる。
理解できなかった。
何かしてしまっただろうか。
数日前まで。
確かに笑っていたはずなのに。
静かな廊下で。
黒髪の騎士はただ呆然と立ち尽くしていた。




