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32話 寂しくなんてない!

リヒトが不在になって二日目。


朝食を終えた琴葉は、エリーと一緒に城下町へ来ていた。


久しぶりのお出かけだ。


王城の中も好きだが、街を歩くのも好きだった。


店先に並ぶ雑貨。


焼きたてのお菓子。


色鮮やかな布地。


見ているだけでも楽しい。


「琴葉様、あちらのお店はいかがですか?」


「行ってみる!」


エリーに案内されながら雑貨屋へ入る。


可愛らしい小物がたくさん並んでいた。


その中で、一つの髪飾りに目が留まる。


小さな青い宝石が付いたシンプルな髪飾り。


綺麗だなと思って手に取った。


その時だった。


ふと。


以前来た洋服屋のことを思い出した。



「どっちが好きですか?」



思い切って聞いたあの日。


絶対答えてくれないと思ったのに。



「どっちも好きだ」



まさか返事が返ってきて。


しかも。



「どっちも似合う」



なんて言われて。


思わず照れてしまった。


「……」


琴葉は髪飾りを見つめる。


少しだけ。


本当に少しだけ。


寂しい気持ちになった。


「……変なの。」


小さく呟いて髪飾りを棚へ戻した。


たった数日いないだけだ。


別にずっと一緒にいたわけでもない。


護衛なんだから任務だってある。


当然のことだ。


そう。


当然のこと。


なのに。


なんだか調子が狂う。


◇◇◇


王城へ戻ったのは昼過ぎだった。


エリーと別れ、自室へ向かう途中。


見覚えのある金髪を見つけた。


「あ。」


「……」


ノアだった。


ノアも琴葉に気付いたらしい。


本を抱えたままこちらへやって来る。


「こんにちは。」


「……こんにちは。」


相変わらず少しぶっきらぼうだ。


でも最近は慣れてきた。


「何してたの?」


「別に。」


「絶対別にじゃないでしょ。」


ノアはふいっと目を逸らした。


そして。


「街?」


「うん。」


「ふーん。」


短い返事。


しばらく沈黙が流れる。


やがてノアがぽつりと言った。


「昨日から変。」


「え?」


「ぼーっとしてる。」


ギクッとした。


「そうかな?」


「そう。」


即答だった。


「気のせいだよ。」


「気のせいじゃない。」


こちらも即答される。


思わず苦笑いした。


そんなに分かりやすかっただろうか。


するとノアは本を閉じた。


そしてじっと琴葉を見る。


「僕と話してても、たまに違うこと考えてる。」


「そんなことないって。」


「ある。」


言い切られてしまった。


琴葉は少し困ったように笑う。


そんなつもりはない。


ないのだが。


言われてみれば、確かに今日は何度か別のことを考えていた気がする。


するとノアが少し間を置いてから聞いた。


「リヒト卿いないから?」


「えっ!?」


思わず声が裏返った。


「違う違う!」


「ふーん。」


明らかに納得していない。


むしろ少し面白くなさそうだった。


「本当に違うよ?」


「そう。」


そう言ったくせに。


表情は全然そう思っていなかった。


せっかく話しているのに。


琴葉の意識がどこか別のところに向いている気がする。


それがなんとなく気に入らない。


ノア自身も理由はよく分からない。


ただ少しだけ。


面白くなかった。


◇◇◇


夜。


夕食を終えた琴葉はソファに座っていた。


静かだった。


本を開いてみる。


数ページ読む。


でも。


気付けば顔を上げている。


誰もいない。


もちろん分かっている。


リヒトは任務中だ。


今日は帰ってこない。


それなのに。


つい視線が向いてしまう。


いつも立っていた場所へ。


「……」


部屋は静かだった。


少し前までは。


無言の騎士がいることを不思議に思っていたのに。


今はその静けさが妙に気になる。


琴葉は立ち上がり、窓辺へ向かった。


夜空には月が浮かんでいる。


あの日。


庭園で一緒に見た月を思い出した。


ハンカチを差し出されたこと。


「そばにいる」と言われたこと。


夜会の帰り。


「いてくれてよかった」と言ったこと。


思い出して。


少しだけ顔が熱くなった。


「……寂しくなんてないし。」


誰に言うでもなく呟く。


だが。


返事はない。


琴葉は窓の外を見つめながら、小さく息を吐いた。


どうやらその言葉は、自分自身に言い聞かせているようだった。

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