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30話 いてくれてよかった!

夜会も終盤に差し掛かっていた。


会場には相変わらず華やかな音楽が流れ、人々が談笑している。


琴葉は壁際にある飲み物コーナーで、綺麗な色のカクテルを眺めていた。


甘くて飲みやすい。


ついつい手が伸びる。


頬も少し熱い気がする。


けれど気分は良かった。


「異世界ってすごいなぁ……」


ぽつりと呟きながらグラスを傾ける。


隣には変わらずリヒトが立っている。


琴葉は気付いていなかった。


さっきからずっと。


リヒトがこちらを見ていることに。


頬が赤いことも。


少しふらついていることも。


笑顔がいつもより柔らかいことも。


全部見ていた。


そして。


琴葉がまたグラスを口元へ運ぼうとした時。


すっと手の中からグラスが消えた。


「あれ?」


見上げる。


リヒトがグラスを持っていた。


「もうその辺で」


低い声。


琴葉は目をぱちぱちさせた。


「えーー」


不満そうに頬を膨らませる。


「まだ飲めます」


「駄目です」


即答だった。


「大丈夫です」


「駄目です」


「ケチ」


理不尽である。


リヒトは眉一つ動かさなかった。


琴葉は少しだけ身を乗り出す。


「返してください」


「駄目です」


「だめですか……?」


うるっとした目で見上げる。


リヒトは数秒固まった。


そして静かに視線を逸らした。


「駄目です」


少しだけ声が硬かった。


その時。


「やっぱり酔ってるじゃないか」


聞き慣れた声がした。


振り返るとレオンが立っていた。


「酔ってません」


琴葉は即答した。


レオンは笑った。


完全に酔っている人間の返答だった。


「リヒト」


「……」


「部屋まで送ってあげて」


「かしこまりました」


レオンはちらりとリヒトを見て、面白そうに目を細めた。


それから琴葉へ向き直る。


「今日はよく頑張ったね」


「ありがとうございます」


「また後で話を聞かせて」


「はい」


レオンは柔らかく微笑み、人混みの中へ戻っていった。


◇◇◇


夜風が気持ちよかった。


夜会会場を出て、王城の廊下を歩く。


琴葉は少しだけふらふらしていた。


「リヒトさん」


「……」


「リヒトさん」


「なんでしょう」


最近では普通に返事が返ってくる。


それが少し嬉しい。


「今日、何回か助けてくれましたよね」


「護衛ですので」


「優しい」


「違います」


即否定だった。


琴葉はくすりと笑う。


「優しいですよ」


「違います」


「優しいです」


「違います」


「優しい」


「……」


返事がなくなった。


勝った。


そんな気がして琴葉は満足そうに笑った。


◇◇◇


やがて部屋の前へ辿り着く。


「着きました」


「はーい」


返事はしたが、琴葉は扉を開けない。


ぼんやりとリヒトを見上げる。


「琴葉様」


「なんですか?」


「お休みください」


真面目だなぁ。


そう思いながら笑う。


「リヒトさん」


「……」


「今日もかっこよかったです」


リヒトが固まった。


「令嬢さんたちにモテてましたし」


返事はない。


「なのに断ってました」


「仕事ですので」


ようやく返ってきた言葉に琴葉はふふっと笑った。


少しだけ沈黙が流れる。


そして。


琴葉はぽつりと呟いた。


「私の護衛でよかった」


リヒトが息を呑む。


だが琴葉は気付かない。


そのまま続ける。


「いてくれてよかったです」


にこりと笑う。


何の打算もない。


何の駆け引きもない。


ただの本音。


リヒトはしばらく何も言わなかった。


やがて。


「……お休みなさい」


それだけ告げる。


琴葉は満足そうに笑った。


「おやすみなさい」


扉が閉まる。


静かな廊下に一人残されたリヒトは、その扉をしばらく見つめていた。


そして。


小さく息を吐いた。

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