29話 夜会!
朝から大騒ぎだった。
侍女たちに囲まれ、髪を結われ、化粧を施される。
ドレスを着せられ、鏡の前に立たされる。
「まぁ……!」
「とてもお綺麗です!」
「異界の花嫁様にぴったりですわ!」
次々と声が飛ぶ。
琴葉は鏡の中の自分を見て目を瞬かせた。
本当に自分だろうか。
淡い色のドレスは上品で、それでいて華やかだった。
夜会なんて縁のない人生だったのに。
なんだか不思議な気分になる。
「準備が整いました」
そう言われて部屋を出る。
扉の外にはリヒトがいた。
灰色の瞳がこちらを向く。
一瞬だけ目を見開いたような気がした。
気のせいかもしれない。
「どうですか?」
少し照れながら尋ねる。
リヒトは数秒黙ったあと、
「……お似合いです」
と答えた。
思わず頬が緩む。
「ありがとうございます」
するとリヒトがそっと片手を差し出した。
「参りましょう」
琴葉は少し迷ってからその手に自分の手を重ねた。
⸻
二人で歩く。
王城の廊下を。
夜会会場へ続く道を。
しばらくするとレオンが待っていた。
今日のレオンも眩しかった。
白を基調とした正装。
金髪と青い瞳。
絵画から出てきた王子様みたいだ。
「来たね」
レオンは柔らかく微笑んだ。
そして琴葉を見て目を細める。
「ドレス、とても似合っている」
琴葉の頬が少し熱くなる。
「綺麗だ」
さらりと言われる。
本当に慣れない。
「ありがとうございます」
照れながら答えると、
レオンは満足そうに笑った。
「リヒトもお疲れ」
そう言って片手を差し出す。
エスコートの交代。
そのはずだった。
だが。
リヒトの手が離れない。
ん?
琴葉は不思議に思って振り返る。
その瞬間。
ぎゅっ。
ほんのわずか。
手を握られた。
一瞬だった。
本当に一瞬。
次の瞬間には離されていた。
気のせいだっただろうか。
レオンを見ると。
王子はうっすらと笑っていた。
⸻
「レオン王太子殿下と異界の花嫁様のご入場です」
高らかな声が響く。
扉が開く。
眩しい。
シャンデリア。
音楽。
豪華な装飾。
色とりどりのドレス。
たくさんの視線。
良い視線も。
悪い視線も。
すべてが琴葉へ向いている。
少しだけ足が止まりそうになった。
その時。
「緊張する必要はないよ」
レオンが耳元で囁いた。
「堂々としていればいい」
琴葉は小さく頷く。
ゆっくり歩き出した。
⸻
夜会は思ったより忙しかった。
貴族たちが次々と話しかけてくる。
看護師時代に身につけた愛想笑いが役立った。
当たり障りのない会話。
笑顔。
相槌。
なんとか乗り切る。
しばらくして。
「少し席を外すよ」
レオンが言った。
「スイーツが美味しいから食べて待っていて」
そう言って人の輪へ消えていく。
琴葉はほっと息をついた。
壁際にあるスイーツコーナーへ向かう。
もちろん後ろにはリヒトがいる。
⸻
ケーキ。
焼き菓子。
フルーツ。
全部美味しそうだ。
夢中になっていると。
数人の令嬢がこちらへ近づいてくるのが見えた。
うわ。
絶対あれだ。
キラキラ王子に相応しくないとか言われるやつ。
ドラマで見た。
絶対そう。
逃げるわけにもいかない。
琴葉は気付いていないふりをしてケーキを見つめた。
そして。
令嬢たちは琴葉の前を通り過ぎた。
「あの……リヒト様」
ん?
琴葉は顔を上げる。
「もしよろしければ、一曲ご一緒していただけませんか?」
上目遣い。
可愛い。
なるほど。
リヒトか。
確かにかっこいいもんな。
騎士だし。
少しだけ胸の奥がもやっとした。
「護衛中ですので」
リヒトは即答した。
令嬢たちは諦めない。
「花嫁様。少しだけお時間をいただけませんか?」
まさかの自分に来た。
「えっと……私は構いませんよ?」
笑顔で答える。
なぜか。
リヒトから不機嫌な空気が漂った気がした。
気のせいだろうか。
「仕事ですので」
もう一度。
今度はきっぱり。
令嬢たちは残念そうに去っていった。
⸻
微妙な沈黙。
なんとなく気まずい。
琴葉は再びスイーツに集中した。
すると今度は。
数人の男性貴族が近付いてくる。
今度は明らかに自分目当てだった。
うわぁ。
どうしよう。
そう思った瞬間。
「あちらの飲み物もおすすめです」
リヒトがそっと背中に手を添えた。
自然な動作だった。
けれど。
初めて触れられたことに琴葉は驚いた。
「ありがとうございます」
小さく礼を言う。
そして飲み物コーナーへ移動した。
⸻
綺麗なグラスが並んでいる。
その中の一つを手に取った。
甘い。
カクテルだ。
お酒は嫌いじゃない。
むしろ好きな方だ。
甘くて飲みやすい。
緊張していたせいか、少しだけ気持ちが軽くなった。
琴葉はグラスを傾けながら会場を見渡した。
煌びやかな光景。
優雅な音楽。
王族。
貴族。
騎士。
ドレス。
そして異世界。
「……異世界すぎる」
ぽつりと呟く。
隣ではリヒトが何も言わない。
ただ静かに立っていた。
その存在が。
思っていたより心強かった。




