23話 想像してなかったわけじゃない!
それからしばらく時が経った。
琴葉の浄化魔法は順調に成長していた。
今では小さな汚染区域なら一人でも浄化できるようになり、ヘンリー先生にも「上出来じゃ」と褒められることが増えた。
異世界に来たばかりの頃は右も左も分からなかったのに、気づけばこの世界での生活が当たり前になりつつある。
そんなある日のことだった。
朝の授業を終えた頃、琴葉は王城の応接室へ呼ばれた。
案内された部屋に入ると、そこには国王、レオン、ヘンリー先生がいた。
そして当然のように後ろにはリヒトもいる。
最近ではその存在もすっかり日常になっていた。
「よく来たな、琴葉」
国王が穏やかに声をかける。
「今日は少し話があってな」
琴葉は勧められた席に腰を下ろした。
魔法の話だろうか。
それとも次の実地訓練の話だろうか。
そう思っていたのだが——。
「異界の花嫁についての話だ」
国王の言葉に琴葉は姿勢を正した。
「歴代の異界の花嫁は、皆王族と婚姻を結んでいる」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「……はい?」
思わず聞き返してしまう。
婚姻。
つまり結婚。
結婚?
私が?
国王は苦笑しながら続けた。
「もちろん強制ではない」
「花嫁が結婚しなければ浄化魔法が使えなくなるわけでもない」
ヘンリー先生も頷く。
「国に災いが起きるわけでもないし、力が弱まるわけでもない」
琴葉は少しだけ肩の力を抜いた。
よかった。
結婚しないと世界が滅びます、とか言われたらどうしようかと思った。
しかし国王は続ける。
「ただ、これまでの花嫁は皆王族と婚姻しておる」
「慣例のようなものじゃな」
そして静かにレオンへ視線を向けた。
「現在の王族で年齢が最も近いのはレオンだ」
レオンが柔らかく微笑む。
「改めてよろしく」
優雅に頭を下げる姿は相変わらず絵になる。
異界の花嫁。
ずっとそう呼ばれてきた。
だから薄々は気づいていた。
花嫁なのだから、いつか誰かと結婚する前提なのだろうと。
それが王族なのだろうな、とも。
でも。
理解していることと受け入れられることは別だ。
だって相手は王子様だ。
テレビの中にしかいないような存在だ。
そして私はただの看護師だった一般人。
王妃?
無理無理無理無理。
まずマナーとか分からないし。
絶対怒られる。
頭の中で全力で首を振っていると、
「その……」
気づけば声が出ていた。
「私、まだそういうこと全然考えられなくて……」
レオンはあっさり頷いた。
「当然だろうね」
「まだこの世界に来て数か月だ」
「今すぐ決めろなんて誰も言わないよ」
その言葉に少しだけ安心する。
「私も王太子だから政略結婚には理解がある」
レオンは穏やかな笑みを浮かべた。
「でも君が望まないのなら急いで話を進めるつもりもない」
「まずはこの世界を知ってほしい」
「その先で考えればいい」
琴葉はほっと息を吐いた。
よかった。
本当に良かった。
「ありがとうございます」
そう言うとレオンが少しだけ目を細める。
「君は真面目だね」
「え?」
「顔に全部出てる」
琴葉は慌てて両頬を押さえた。
その様子に国王が声を上げて笑う。
ヘンリー先生も楽しそうに笑っていた。
ただ一人。
後ろに立つ騎士だけは笑っていなかった。
灰色の瞳は静かに琴葉を見つめている。
その表情から何を考えているのかは分からない。
話し合いはほどなくして終わった。
部屋を出て廊下を歩く。
頭の中はまだ整理できていない。
結婚。
王妃。
レオン。
考えれば考えるほど現実味がなかった。
「婚約かぁ……」
ぽつりと呟く。
その声を後ろの騎士は確かに聞いていた。
何も言わない。
ただ静かに。
誰にも気づかれないように。
拳を強く握りしめながら。




