15話 初めての実地訓練!
朝。
琴葉はいつもより少し早く目が覚めた。
特に理由はない。
けれど、なんとなく落ち着かなかった。
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昨日の夜。
月の下で泣いてしまったこと。
リヒトにハンカチを渡されたこと。
そして。
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「…………そばにいる」
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あの言葉が、まだ頭のどこかに残っている。
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「……いやいや」
琴葉は布団の中で小さく首を振る。
何を意識しているんだ。
相手は護衛だ。
それだけだ。
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そう自分に言い聞かせてから、ベッドを出た。
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◇◇◇
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部屋の扉を開ける。
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そこには、いつも通りのリヒトが立っていた。
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無表情。
無言。
揺れない灰色の瞳。
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「おはようございます」
琴葉が軽く会釈する。
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「……」
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返事はない。
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いつも通り。
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なのに。
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少しだけ。
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空気が違う気がした。
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琴葉は気のせいだと思うことにした。
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◇◇◇
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「では、出発する」
ヘンリーの声とともに、馬車がゆっくりと動き出した。
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今回の行き先は王都から少し離れた区域。
汚染された植物の浄化実地訓練。
魔物の出現はないとされているが、完全に安全とは言い切れない場所だという。
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馬車の中には三人。
ヘンリー。
琴葉。
そしてリヒト。
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「この先の地域はな」
ヘンリーが地図を広げながら説明する。
「数年前から植物の成長が止まっておる」
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琴葉は真剣に聞く。
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異世界の現実が、少しずつ形を持って目の前に現れていく。
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「魔物はおらんはずじゃが」
ヘンリーが続ける。
「油断は禁物じゃ」
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その時だった。
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琴葉はふと気づく。
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リヒトとの距離が。
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近い。
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近すぎる。
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馬車の揺れのせいか、ほんの少し身体が寄っている。
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あと少しで肩が触れそうだった。
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意識すると余計に気になってしまう。
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琴葉はそっと視線を逸らした。
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「……」
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リヒトは何も言わない。
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ただ、微動だにせず座っている。
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それが逆に落ち着かない。
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◇◇◇
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しばらくして馬車が止まった。
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外に出た瞬間。
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琴葉は息を呑んだ。
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そこは。
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想像よりも、ずっと異様な場所だった。
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大地は色を失い。
木々は枯れ。
風が吹くたびに、乾いた葉が崩れていく。
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生きているはずの景色なのに。
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死んでいるようだった。
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「……これが」
琴葉の声が小さくなる。
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「汚染区域じゃ」
ヘンリーが静かに答える。
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足が止まる。
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言葉が出ない。
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頭では理解していたはずなのに。
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目の前にある現実は、想像よりずっと重かった。
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その時。
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隣に気配が立つ。
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リヒトだった。
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何も言わず、ただ琴葉の横に立つ。
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距離が近い。
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先ほど馬車の中で感じたよりも、ずっと近い。
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「……」
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琴葉が小さく息を吸う。
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リヒトは前を見たまま、短く言った。
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「離れるな」
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それだけだった。
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でも。
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それだけで十分だった。
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琴葉は小さく頷く。
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「……はい」
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風が吹く。
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枯れた世界の中で。
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三人は静かに歩き出した。




