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14話 そばにいる

月明かりの下。


琴葉の頬を伝う涙を見て、リヒトは一瞬だけ手を伸ばした。


肩に触れかけた指先が、途中で止まる。


そして静かに引き戻された。


代わりに、胸元のポケットからハンカチを取り出す。


無言のまま差し出した。



琴葉はそれを見て、目をぱちくりと瞬かせる。


リヒトとハンカチを交互に見て、


少しだけ困ったように笑った。


「……ありがとうございます」


そっと受け取る。



月の下で、二人はしばらく何も話さなかった。


風の音だけが静かに流れている。


けれど、その沈黙は不思議と嫌ではなかった。



やがて琴葉が立ち上がる。


「すみません、こんな夜中に」


ハンカチを握りながら小さく頭を下げた。


「部屋まで送ってもらって……ありがとうございました」


少し間をおいて続ける。


「ハンカチは洗ってお返ししますね」



リヒトは何も言わない。


ただ静かに歩き出した。



琴葉はその背中を見送る。


そして扉の前で振り返った。


「……じゃあ、おやすみなさい」



扉を閉めようとした、その瞬間。


リヒトが扉を手で押さえた。



「えっ……」


琴葉が驚いて顔を上げる。


リヒトは視線を逸らしたまま、短く言う。


「…………そばにいる」



それだけ言うと、すぐに手を離して去っていった。



廊下に消える背中を、琴葉はしばらく見つめていた。


やがて扉を閉める。



ベッドに潜り込むと、すぐに眠気が押し寄せた。


泣き疲れもあったのだろう。


目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。



胸の奥に残っていた重さは、もうほとんどなかった。



◇◇◇



自室に戻ったリヒトは、騎士服のままソファに座っていた。


着替えもせず、ただ静かに天井を見上げる。



頭に浮かぶのは、琴葉の顔だった。



涙をこぼしていた顔。


ハンカチを受け取った時の表情。


そして小さく笑った声。



今までの自分は、ただ護衛だった。


召喚された花嫁。


任務対象。


そう割り切っていた。



真っ直ぐな性格で良かったと思っていた。


いずれ彼女は、あの王太子の隣に立つ存在になるのだと。



それでいいはずだった。



だが今日。


気づいたら手が動いていた。



抱きしめたい、と。



そんな感情を、自分が持つとは思っていなかった。



ハンカチを差し出した時の琴葉が浮かぶ。


少し赤くなった頬。


泣きながらも笑った顔。



その記憶が、離れない。



そして何より。



口下手な自分にだけ、弱さを見せたこと。



それが、妙に嬉しかった。



その事実に気づいた瞬間。


リヒトは初めて、自分の感情が「護衛の範囲」を超えかけていることを理解し始めていた。

抱きしめちまいなよ

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