12話 眠れない!
夜。
琴葉はベッドに横になっていた。
部屋は静かだ。
窓から差し込む月明かりだけが白く床を照らしている。
⸻
なのに。
⸻
眠れない。
⸻
いつもならベッドに入ればすぐ眠れる。
夜勤明けなんて一瞬だ。
異世界に来てからも変わらなかった。
⸻
だけど今日は。
⸻
眠れなかった。
⸻
目を閉じる。
すると昼間の会話が蘇る。
⸻
◇◇◇
⸻
「先生……」
⸻
ヘンリーが振り返る。
⸻
「私って……元の世界に帰れるんですか?」
⸻
ヘンリーはすぐには答えなかった。
⸻
しばらく沈黙が続く。
⸻
やがて。
⸻
「分からない」
⸻
そう答えた。
⸻
「分からない……ですか」
⸻
「召喚方法は残されておる」
ヘンリーは静かに続ける。
「だが帰還方法は記録されておらん」
⸻
琴葉は黙って聞いた。
⸻
「ただな」
⸻
ヘンリーは少し考えるように目を細めた。
⸻
「前回の花嫁が残した記録がある」
⸻
「記録?」
⸻
「そこにはこう書かれておった」
⸻
ヘンリーはゆっくりと言った。
⸻
『帰れないのではない。帰らないのだ』
⸻
琴葉は息を呑む。
⸻
「つまり」
⸻
「帰還方法を知っていた可能性はある」
⸻
「……」
⸻
「じゃが確証はない」
⸻
ヘンリーは苦笑した。
⸻
「曖昧な答えじゃな」
⸻
そして。
⸻
「勝手に召喚しておいて、ひどい話だ」
⸻
申し訳なさそうに頭を下げた。
⸻
「すまない」
⸻
琴葉は首を横に振る。
⸻
「いえ」
⸻
笑顔を作った。
⸻
「教えてくださってありがとうございます」
⸻
◇◇◇
⸻
そっか。
⸻
分からないか。
⸻
少なくとも。
⸻
お母さんの誕生日には帰れない。
⸻
それだけは確実だった。
⸻
ベッドの上で寝返りを打つ。
⸻
おかしいな。
⸻
帰れないって言われたわけじゃない。
⸻
方法を探せばいい。
⸻
今までの自分ならそう考えたはずだ。
⸻
それなのに。
⸻
胸の奥が少しだけ重かった。
⸻
「……」
⸻
眠れない。
⸻
琴葉はそっと起き上がった。
⸻
少し歩こう。
⸻
そう思った。
⸻
白い寝間着のワンピースのまま部屋を出る。
⸻
もう夜中だ。
⸻
誰にも会わないだろう。
⸻
静かな廊下を歩く。
⸻
二か月も住めば王城の中もだいぶ覚えた。
⸻
気付けば庭園へ辿り着いていた。
⸻
初めて来た夜も。
⸻
ここに来た気がする。
⸻
ベンチへ腰掛ける。
⸻
空を見上げる。
⸻
今日は満月だった。
⸻
丸い月が静かに輝いている。
⸻
「月は同じなんだ……」
⸻
ぽつりと呟いた。
⸻
お母さんも。
⸻
今頃この月を見ているのだろうか。
⸻
その時だった。
⸻
「琴葉様」
⸻
後ろから声がした。
⸻
肩がびくりと跳ねる。
⸻
振り返る。
⸻
そこには。
⸻
黒髪の騎士が立っていた。
⸻
月明かりの下。
⸻
灰色の瞳がこちらを見ている。
⸻
「リヒトさん……」
⸻
琴葉は目を丸くした。
⸻
向こうから話しかけられた。
⸻
初めてかもしれない。
⸻
その事実に驚いていると。
⸻
リヒトは静かに琴葉を見つめたまま言った。
⸻
「眠れないんですか」
⸻
夜風がそっと吹き抜けた。




