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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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99/100

月白の娘・3【外伝・ルドガー視点】

花祭りの前日、ザヴィールウッドの騎士団詰所に着くと、前の晩からネリーがここへ来ていると聞かされた。

騎士団長の居室に宿泊し、今は護衛を連れて市中を散策しに行っているという。

そんな話はまったく聞いていなかった。

腑に落ちないことばかりだったがとりあえず執務室に入ると、そこには場にそぐわないきらびやかな衣装が飾られていた。

どうやら花の女王の衣装のようだ。



「なんだこれは」



思わず不機嫌な声をだすと、そばにいたヨシュアが事情を説明してくれた。



「ネリー嬢、いやネルラ夫人が持ち込まれたものです。

お供にフィンバース国教会のライザというシスターがついていまして、彼女が言うには、この衣装はゴダード陛下がネルラ夫人に下賜されたものだと」


「陛下が? なぜだ」


「さあ、僕にはわかりません。

騎士団の誰も事情を知らないようです。

兄上以外に知っている者があるとすれば、ネルラ夫人の護衛として王都から付き添ってきた二人の騎士だけでしょう。

今はネルラ夫人のお供をして街へ出かけていますが」


「二人の騎士? 誰と誰だ」


「兄上はご存じないのですか? 

ネルラ夫人の護衛ですよ。

ご自分が指名されたのでは?」


「俺はネリーがここへ来ることも知らなかった。

護衛など指名するはずがない」


「まさか、兄上がご存じないなんて…」



ヨシュアは驚いた顔になった。



「信じられない……あの二人、兄上の威光を振りかざして、騎士団長の真実の愛の相手に敬意を払えと、僕や詰所のみんなにさんざん威張り散らしていましたが」


「だからそれは誰だ。騎士団員なのか」



進まない会話に若干苛立ってヨシュアを問い詰めると、困ったような返事があった。


「騎士団員、とも言えますが……もともとは近衛です。

今回ザヴィールウッドへネルラ夫人をお連れするにあたって、あの方を護衛する臨時の騎士団員としてゴダード陛下に任命されたとか」


「なんだと? どういうことだ?」



ネリー本人と、王都の平民街にあるネリーの居宅には、騎士団から護衛をつけている。

だが、国王の近侍である近衛騎士団から、ネリーに護衛がついたことなどない。



「護衛の二人は、兄上もご存じでしょう。

ケネス・ビンゲムとクレイグ・ギャスケルです」


「ああ、あの二人か。

あいつらが騎士団に配属されたと? 

俺の配下になっているのか」


「そのようです」



俺はうんざりして首を振った。

ビンゲムとギャスケルはどちらも伯爵令息で、家柄の良さから近衛騎士団に所属している。

貴族の青い血に誇りを持っている彼らが、なぜ貧民出身であるネリーの護衛など引き受けたのだろう。

ゴダード陛下の命とはいえ、ヨシュアの話からするとこの任務を嬉々として受け入れているようだ。

不可解な状況に思いを巡らせていた俺の思考は、突然断ち切られた。



「団長、失礼します!」



緊迫したノックの後に入室してきた団員が、切羽詰まった顔で報告した。



「ネルラ夫人が…市中の散策からお戻りになったのですが、このまま王都へ帰るとおっしゃって荷物をまとめておられます」


「…!?」



状況がまるで呑み込めないまま、俺はネリーが戻っているという騎士団長の居室へ急行した。

遠くからも何やら物音が聞こえてくる。

自分の部屋なのでノックなどせず踏み込むと、入口近くにいたビンゲムとギャスケルが、警戒して立ちはだかった。

相手が俺だとわかると二人は顔を見合わせ、脇に退いた。



「フレイザー騎士団長、ご無沙汰しております」



俺の右側に回ったビンゲムが、芝居がかった敬礼をした。

ギャスケルもそれに倣う。

部屋の奥ではネリーがこちらを見ようともせず、一心不乱に荷造りをしていた。

そばに付き添うシスターは困った顔をしていたが、俺が来たことに気づいてこちらを向き頭を下げた。

俺は護衛の二人に説明を求めた。



「これはどういう状況だ?」


「ゴダード陛下が、団長とネルラ夫人にザヴィールウッドの花祭りを堪能させてやりたいと思し召しでして。

団長へはサプライズプレゼントにしようということでご報告はせず、近衛の我々が臨時の騎士団員として夫人の護衛となり、昨日ここへ到着しました。

一夜明けた今日は、ネルラ夫人が市中を散策されるのについて護衛の任務にあたっておりました。

ですが先刻、ネルラ夫人が大変危険な目にあわれまして」


「なんだと?」



もったいぶったビンゲムの口調に、俺はイラついて先を急かした。



「何があったか説明しろ」


「明日から音楽会が開かれる広場の入口で、男の子どもがネルラ夫人に、すごい勢いで体当たりしてきたのですが、それが団長のご子息だったようです。

その場にはご子息の母君もご一緒にいらしたので、おそらくその母君が、ご夫君であるフレイザー団長の愛情を独占しているネルラ夫人に嫉妬して、幼い息子を使って恨みを晴らそうとしたものと思われます。

お二人は平民の格好をして変装していらしたので、我々は最初、無礼な平民として叱りつけてしまいました。

ですが後になって、その親子が団長の奥方とご子息だったとわかったのです。

それについてネルラ夫人はお心を痛めておられまして、花祭りで団長のご家族とまた出くわすのはイヤだから、もう王都へ帰るとおっしゃって…」



俺がビンゲムから事情を聞いている間にもネリーは荷物をまとめる手を休めなかった。

あっという間に荷造りは終わり、一息ついたネリーはようやく部屋の中にいる俺を見て言い切った。



「ルディ、あたしは別に、ここに来たくて来たわけじゃないよ。

国王陛下からルディへのご褒美だとかって、シスターライザに頼まれたから来てあげただけ。

でもルディは、本当はあたしに公爵領へ来てほしくなんかなかったんだよね? 

だったらあたし、こんなところにいる理由なんてない」



そう言われても、俺は何と返していいかわからなかった。

だがとにかくネリーをなだめようと口を開いた。



「来てほしくないなどということはない。

俺は、ネリーがザヴィールウッドに来る気があるとは思わなかっただけだ。

お前が来たいと言うなら、いつでも連れてきてやるつもりだったんだが」


「来てどうするのよ!?」



ネリーは怒りもあらわに大声を張り上げた。



「ルディの父さん母さんは、あたしのこと嫌いなんでしょ!? 

そんな人たちのいるところへ、あたしだって来たいわけないじゃない! 

今度のことだって、あの男の子がルディの息子だなんてあたし知らなかったし、あっちがぶつかってきたんだよ! 

あたしは何も悪くないのに!」


「ネルラ夫人、落ち着いて」



王都から付き添ってきたシスターが、小柄なネリーの肩にそっと手をかけた。



「花祭りを楽しむようにと、ゴダード陛下も夫人にドレスをくださったのでしょう」



ネリーはシスターの手を払いのけて言い返した。



「シスター、あたしはあれが花の女王の衣装だなんて知らなかったよ。

花の女王は領主夫人がなるものなんでしょう? 

ルディの奥さんが着る衣装だよね、あたしじゃなく」



ネリーの言葉を聞いて、その場にいた全員が困ったような顔をした。

俺はただ黙ってネリーを見つめるだけだった。

ネリーはうつむいて、俺の目を見ずにぼそりとつぶやいた。



「…ザヴィールウッドなんて大嫌い。王都に帰りたい」



部屋中がしんと静まり返った。



「…そうか」



しばしの静寂の果てに、俺はすべてを受け入れた。

ネリーに花の女王の衣装を下賜したというゴダード陛下の真意はわからないが、ネリーの言うことはもっともだと思った。

俺の両親は貧民のネリーを拒絶しているのだから、ネリーが彼らのいるこの街を嫌いになるのは仕方のないことだ。

ネリーが部屋を出た後、ビンゲムとギャスケルはその後に続いた。

最後にシスターが部屋の扉のところにいる俺の前を通り過ぎていったが、すれちがいざま、彼女は俺の方を見て小さな声でささやいた。



「ネルラ夫人はご不安なのですよ。

お子がおられれば、まわりに軽んじられることもなく、不安も解消されるでしょうに…」



俺が思わず振り向くと、シスターの後ろ姿は、何事もなかったかのように遠ざかっていった。

午後の陽が傾く前に、ネリーはシスターライザと二人の護衛騎士とともにザヴィールウッドを出立した。

今夜は郊外の村で宿をとることになるだろう。

あわただしくネリー一行を見送った後、騎士団長の執務室に戻ると、そこにはネリーが持ってきたという花の女王の衣装が残されていた。

それを目にした時、ふと異質なものの気配を感じて、俺はその衣装を注視した。

よく見ると、裾の刺繍の一部が破れている。

その刺繍は小さな蛇の文様で、俺はなぜか胸騒ぎを覚えた。








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