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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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月白の娘・4【外伝・ルドガー視点】

その日は花祭りの前日だったせいもあり、夜遅くまで騎士団の仕事があった。

ザヴィールウッドの王立騎士団支部の騎士たちはせいぜい数十人程度だから、領都全体の警備にはとても人手が足りない。

俺は団長として、一応騎士たち全員を市中に配したが、実質的な警備には黒竜団の団員を使った。

黒竜団はフレイザー家当主である俺の命令を絶対として従うが、面が割れることを嫌う者が多いので、指令を出す俺の方も身元が特定される騎士団長の団服は着用しない。

代わりに簡素な服に黒いマントをまとい、赤い瞳が見えないようにフードを深くかぶって行動した。

黒竜団の連中には森の民も多く、そうでなくても精霊の目(サードアイ)を持っている者がほとんどなので、俺が誰かは言わなくてもわかるのだ。

騎士団の仕事をこなすかたわら、ネリーの置いていった衣装を昼間の内に魔術師に調べさせたところ、やはり裾の蛇の刺繍の部分からわずかな魔力の痕跡が見つかった。

といっても本当にわずかなので、特に脅威としてとらえる必要はないとのことだった。

もともとゴダード陛下から下賜された衣装らしいから、深く追及するとまずいことになる。

俺は魔術師に口止めをして、ヨシュアにだけこのことを伝えた。

俺が表立って騎士団の指揮をとれない間、代わりを務めるのがウィロー砦最高司令官のヨシュアだったからだ。

けげんな顔をするヨシュアに、俺は非情な現実を突きつけた。



「蛇の文様は竜聖国の魔物が宿りやすい。

わからんか、ヨシュア」



俺の言葉を聞いて、ヨシュアはすっと青ざめた。



「カルセミアの魔物が? 

まさかあの晩、ウィロー砦から…!?」



俺は腕を組んでヨシュアにうなずいた。

ウィロー砦の音楽会で、兵士の家族を含む一般客まで砦の内部へ受け入れた時、結界の強度が下げられていた。

その隙をついて小さな魔物が国境内部に入りこんできたのだろう。

それがどういう経緯でか、ネリーの持ってきた衣装についていたのだ。



「で、ですが兄上、たとえフィンバース国内に侵入した魔物でも、幾重にも結界をすり抜けて騎士団内部にまで入り込んでくるとは考えにくい。

もともとあの衣装は、ノナ・ニムを讃える花の女王の衣装なのでしょう? 

だったらノナ・ニムの祝福が宿っていて、邪悪な魔物は弾かれるはずだ。

そういう衣装に付いてきたということは、その魔物は人間に害を及ぼさない善良なものだったのでは?」


「どうだかな。

魔物の道理は人間にはわからんし、同じ人間同士の間でも、カルセミアとフィンバースの利害が一致しているとは限らん。

善悪の判断は軽々にはできん」


「それは、おっしゃる通りですね…」



ヨシュアはしおしおと頭を垂れた。



「すみませんでした、兄上……僕があの時、一時的とはいえ何の準備もなく結界をゆるめたせいで…」


「わかればいい。以後は十分注意しろ」



俺は短く釘を刺してヨシュアへの譴責を終わらせた。

ヨシュアの失態は上司である俺の責任だ。

それにあの時は、アルマン・リズリーが音楽卿(ロード・ムジカ)の権限を発動させたのだから、我々に拒否権はなかった。



「この件は誰にも言うな。

ゴダード陛下への報告も必要ない。

魔力の残滓もわずかなものだし、足取りを追跡しなければならないほどの魔物でもないだろう」


「兄上…」


「俺は黒竜団との連絡役も兼ねているから、騎士団の指揮はお前に任せる。頼んだぞ」



俺はそれだけ言うと、踵を返してヨシュアのもとを離れ、一人で騎士団詰所を出た。

すでに夜も更けて、街は祝祭前夜の浮きたった空気に包まれつつも静まりかえり、街路に人気はない。

俺は月明かりのもと、フレイザー家の領主館に向けて馬を走らせた。

昼間、あの女や子どもとネリーとの間に何があったのか、確かめたいと思ったからだ。


遅い時間の訪問だったので、公爵家の者はみな床につくところだったようだ。

そんな中で、俺のいる応接室に姿を見せたのはあの女ではなく、呼んではいないはずの父と母だった。



「こんな時間に突然訪ねてくるとは何事だ、ルドガー」



不機嫌な顔で父が問いかける。

母は無言で冷たい視線を向けてきた。

その時、あの女がようやくやってきた。

すでに寝支度をしていたのか、ふだんのようにかっちりと整えられたのではない、簡素な服装だった。



「貴様、昼間ネリーに会ったそうだな。何をした」



俺が開口一番そう詰め寄ると、あの女は何が何だかわからないという顔をした。

父ベニートが横から口を挟んできて、ネリーを叱責したのは自分だと告げた。



「エリナやセドリックがお前の愛人より格下の扱いを受けるなど、我慢ならなかったのでな。

ルディなどと、情婦から子どものような愛称で呼ばれてやに下がりおって」



父はそんな風に吐き捨てた。

俺は特に感情が乱されることもなく、父の言葉を受け止めた。

公爵夫人と公爵子息が貧民より格下扱いをされるのが許せないのはわかる。

俺をルディと呼ぶのはネリーだけだが、彼女がそう呼ぶのを俺は別段止めはしなかっただけで、別にそれを喜んでいたわけでもない。

そう言ったところで父には通じないのはわかっているので、俺は口をつぐんで黙り込んだ。

だが同じことをあの女が口にした時、俺は我慢ができないほど心が荒く波立った。



「ネルラさまがセドリックを、ルディにそっくりだと。

ルディというのは幼い子を呼ぶ愛称ですから、セドリックはそれが小さい子どもだと思ったようです」



淑女然とした顔であの女がルディと口にするのを聞くと、俺は心底ぞっとして、その形の良い口を抑えつけてやりたくなった。

他者が俺をどんなふうに呼ぼうと、今まではまったく気にならなかったが、どういうわけかあの女がネリーと同じように俺をルディと呼ぶのは耐えがたい。

さらにその上、あの女は言った。



「セドリックはネルラさまに言いました。

ルディが早く見つかるといいね、と」



俺は4歳の子どもにまで、ルディと呼ばれたのか。

やに下がるどころではない、恥辱を受けたように感じた。

父の言葉に対しては石のように固まって動かなかった感情が、あの女と子どもに対しては、堰を切ったようにあふれ出してくる。

それは新鮮な驚きであり、俺は無性に、自分の心を動かすこの人間関係を手に入れたいという衝動に駆られた。

そこで俺は、自分のその欲求をそのまま口にした。



「もう一人子どもを産め。俺には家族が必要だ」



言葉が足りない俺の主張は、いつもそうであるように、結局両親にもあの女にも理解されなかった。

それどころか父ベニートは激昂して、俺に昔ながらの鉄拳制裁を加えた。

しかし、驚いたことにそこへあのザジが召喚され、父と俺を引き離した。

聞けばザジは今、あの女の護衛騎士となっているという。

そして女主人の命じるままに、あの女をノナに引き合わせてやると請け合った。

魔力を持たない人間が大精霊に対面するなど、危険すぎる。

精霊界では何が起こるかわからないことは、取り替え子(チェンジリング)にあった俺は身に沁みているのだ。

俺はどうにかして止めようとしたが、幼い息子を守る力が欲しいというあの女の決意は固かった。

ノナの加護を失って精霊の道へ入れなくなった俺をよそに、ザジの赤豹はあの女を天空の向こうへ連れ去っていった。

次の日の朝、庭園で夜通し精霊の道を見張っていた俺の前に、大きな木の枝を抱えたあの女が姿を現した。

地面に倒れこんだ細い身体を抱き起こし、急いで呼吸と脈を確認したが、さいわい大事はないようだった。

そのまま抱きかかえて寝室へ運び、しなやかな肢体をベッドに横たえて、額にかかった癖のない金髪をかき上げてやると、そこにはうっすらと光る印が見えた。



精霊の目(サードアイ)……」



どうやらノナから何らかのギフトを得たらしい。

それなら、俺が自分に危害を加えるのではないかというこの女の警戒心も少なくなるだろう。

すぐにアルマン・リズリーが侍女のターラと乱入してきたこともあり、俺はその場から立ち去り、花祭りの警備のため騎士団詰所に戻った。


花祭りの初日を終えて、その夜に領主館のあの女の寝室へ様子を見に行った。

すると、部屋へ入った俺の前に、あの女の枕元にいた子どもが立ちはだかり、にらみつけてきた。



「誰だ!? 母さまに近づくな!」



その子どもは黒髪赤眼で、俺の幼少時と瓜二つの容姿をしていた。



(これは、俺の息子か? あの時の赤ん坊が…?)



あぜんとしていると、母イーディスがせわしなく部屋へ入ってきて、その子どもに声をかけた。



「セドリック、この人はルドガー・フレイザー。あなたのお父さまよ」



セドリックと呼ばれた子どもはしばし眉間にしわを寄せていたが、ややあって俺を指さし叫んだ。



「ルディ!?」



それを聞いた俺は、反射的にその子どもの手をはたき落としていた。










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