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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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襲撃・7

少し暴力的または性的な表現があります。ご注意ください。

私は、足元に侍る赤豹(レッドパンサー)のザジをなでてやった。

赤豹の毛並みはとても滑らかでなで心地がよかった。

それから私は、乱れていた髪を思い切って全部下ろした。

長い髪を右肩の横で軽く三つ編みにして流し、人から見られても見苦しくない程度に自分でなんとか整えた。

やがてパレードの出発の準備ができたと報告が入り、それまで私とザジに付き添っていたヨシュアが声をかけてきた。



「エリー、それじゃ出発しよう。

パレードも残りはあと少し、あの運河を渡ったらすぐだ。

君もセドリックも、もう危ない目にはあわせない。

地上は騎士団が、この場は赤豹が守っているからね。それに…」



ヨシュアはふと耳を澄ますようにして、言葉を途切れさせた。

遠くから楽の音が聞こえて、青い小鳥たちが私のまわりを飛び回った。



「お兄さまだわ!」



はずんだ声を出す私に、ヨシュアは軽く笑って言った。



「そうだよ、アル兄も来てくれたから安心だろ? 

それじゃあ、また後で」



ヨシュアの降りていった梯子のところで、私は手すりから身を乗り出して、パレードの後方へ目をこらした。

遠くで兄アルマンが、自分の楽団員たちを従えて、ナタリーを含む侍女たちのいるところへ合流しているのが見えた。

私と目が合った兄はうれしそうに手を振ってみせた後、両手を口の前で筒状にして、大きな声で私に向けて叫んだ。



「僕の(とばり)を下ろしたから、安心しておいで、エリー! 

今日のお前は、花の女王にふさわしい美しさだよ!」


「もう…お兄さまったら」



いつもの兄バカ全開の様子に思わず苦笑が洩れる。

そんな私を乗せて、花の女王の山車(だし)は動き始めた。

沿道にはだいぶ観衆が戻ってきている。

空は雲が一掃されて陽ざしがあふれていた。

先頭に立つヨシュアの鼓笛隊、次に黒馬に乗ったルドガーとセドリック、その後ろを私の乗った花の女王の山車(だし)が行く。

最後尾には、兄アルマンの楽隊が加わってにぎやかな音楽が鳴り響いていた。

兄の魔力を持つ青い小鳥たちがパレードの一行のまわりを、楽しげにさえずりながら飛び回っているのが見える。

目の前の運河沿いには祭りの屋台がひしめいている。

運河を渡った先には騎士団の詰所があり、そこからは主に貴族の居住区だ。

観衆の中にも魔力を持つ者たちが増えたため、有名な音楽卿(ロード・ムジカ)の小鳥を視認できる者もだんだん多くなってきたようで、小鳥たちの動きにつれてあちこちで嬌声が上がった。

だがそれ以上に、何よりも群衆が大歓声をもって迎えるのは、花の女王の山車(だし)の前を歩いていく、ノナ・ニムの精霊馬を思わせる黒馬に乗っている領主父子の姿だった。



「ご領主さま、ルドガーさまだ!」


「英雄ルドガー! 大精霊黒馬(グレート・ブラック)アトラス!」


「一緒に精霊馬に乗っているのは、ご子息のセドリックさまか」


「黒髪に赤い目、ルドガーさまにそっくりだ」


「ザヴィールの竜が2頭も現れた! ザヴィールの父子竜に栄光あれ!」



ルドガーがザヴィールウッドを訪れたのは数年ぶりのはずだが、領民のルドガーに向ける大歓声には、彼らの心からの敬愛の念があふれていた。

セドリックは、さっきあれほど暴れていたのに、父であるルドガーの前に行儀よく座って、馬上から領民たちの歓迎を受けている。

行列が運河にさしかかり、橋を渡るときに黒馬は少し速度を落とし、私の乗る山車(だし)に並んだ。セドリックは私を見上げてうれしそうに手を振った。



「母さ……母上!」



初めてそんな呼び方をされて、私は少し驚いてセドリックに目を向けた。

幼い息子は、なんだか得意げな顔をしている。

そんな表情を見て、私はほほえましくなった。

にっこり笑って手を振り返してやると、セドリックはその倍もぶんぶんと手を振ってみせた。

そのせいで少しバランスを崩し、鞍から落ちそうになるのを、背後からルドガーの大きな手が支えてくれた。

そのルドガーは、山車(だし)の上の私をちらりと見やっただけで、すぐに目をそらした。

幅の狭い橋にさしかかり、父子を乗せた黒馬は私の乗る山車(だし)の前に入ってきた。

橋を渡る間、私は山車(だし)の上から、黒馬に乗る夫の背中を見つめていた。


先刻、アトラスに乗っていた時のことを思い出す。

夫のルドガーと私は子どもまでなした間柄のはずなのに、結婚当夜にたった一度(ねや)をともにしただけだ。

その時も夫は私との接触を極力避けてことに及んでいたから、私は夫の身体にほとんど触れなかった。

だから、父や兄以外の男性にあんな風に抱きしめられたことはない。

あれほど密着した胸の鼓動や、ぬくもりを感じたことも初めてだった。


騎士団長であるだけあって、ルドガーは兄アルマンよりも肩幅が広く、胸板も厚かった。

胴まわりも筋肉質で固く、体幹がしっかりしていて、私が腕を回してしがみついていてもびくともしなかった。

終始うつむいていた私は、夫の表情をうかがい知ることはできなかったので、私を胸に抱いていた彼の心情はわからない。

でも少なくとも私は、自分の身体をしっかりと抱き支えてくれるがっしりした腕や硬い太腿の感触、それに私を守るような夫の動作やしぐさに、不安や嫌悪感などはまったくなかった。

夫であるルドガーの腕の中では、兄の胸にいた時のような絶対的な安心は感じられず、どこかそわそわした落ち着かない気持ちでいたのだけれど、それもさほど不快なものではなかった。


それに、夫の身体からは、ふわりと森の匂いがした。

古代樹の神殿で、ノナ・ニムが緑の髪で私を包み込んでくれた時のあの香り。

大精霊の加護を拒否していても、その愛し子からは同じ香りが匂いたつのだろうか。

緑の森を吹き抜ける一陣の風のようなすがすがしい香り。

その香りに初めて気づいて、私は夫のことを何も知らないのだとあらためて思い知り、そして夫であるルドガーについてもっと知りたくなった。

夫を深く()ること……それは、ノナ・ニムに与えられた使命にもかなうはずなのだから。


ルドガーとセドリック父子を乗せた黒馬は、その先はずっと私の乗る山車(だし)の前を歩いて行った。

後ろを振り向こうとしないルドガーの背中は、背筋が伸びて隙がなく、まさしく歴戦の騎士のたたずまいだ。

私は、息子のセドリックがルドガーの手元にいることを、自分が抵抗なく受け入れていることを自覚して驚いた。

私の心に根強く残っていた、前世から続く夫への不信感は、いくらか弱まってきているのだろうか。


やがてパレードは貴族街を過ぎ、終点となるフレイザー家の領主館へ入っていった。

領主館の門が閉まると同時に、邸内から大きな拍手が湧き起こった。

領主館の庭園を進んでいく花の女王の山車(だし)に向けて、義父母はもちろん、来賓や使用人など多くの人々が、建物の窓から感謝と祝福の声を上げていた。



「公爵夫人! 襲撃などものともなさらず、まさに女王の風格でした!」


「すばらしいパレードでした! 領民はみな感謝しています!」



私は思わず目を潤ませて、山車(だし)の上から建物のあらゆる窓に向けて手を振った。

そしていよいよエントランスに近づいた時、一足先に到着しセドリックとともに黒馬を下りたルドガーが見えた。

私と目が合った夫がすぐに赤い眼をそらせたことに、一瞬胸がちくりと痛んだ。

夫が私を無視するのは今に始まったことではないが、今までこんな気持ちになったことはなかったのに。

夫ルドガーは、これまでもずっとそうだったように、このまま私と言葉を交わしもせずに去っていくのだろう。

それでも彼は今日、私とセドリックを救ってくれたのだ。

そのことへの感謝の気持ちを、少しだけでもルドガーに伝えたい。

そう思った私は、エントランスにいる夫に向けて、山車(だし)に乗ったまま心を込めて淑女の礼をした。







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