襲撃・6
少し暴力的または残酷な表現があります。ご注意ください。
明るい日差しが戻ったせいか、街路の両脇に立ち並ぶ建物の窓にも、徐々に人々が顔を出し始め、騎士団による規制が解けた沿道の方にも少しずつ人が戻ってきた。
「エリナさま、セドリック坊ちゃま」
パレードの行列の最後尾にいたナタリーが、心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、お怪我はありませんか。
私、今まで騎士団の方たちに止められてこちらへ来ることができなかったのです。
それであの、エリナさま…」
何か言いかけたナタリーのはるか後方に、見慣れた青い小鳥が飛んでいるのが見えた。
「…アルマンさまがおいでになるそうですよ」
「そのようね」
私とナタリーは顔を見合わせて笑いあった。
「エリナさま、御髪が…ドレスもだいぶ汚れていますね」
「そうね…」
あらためて自分の格好を見直すと、確かにひどいありさまだった。
かろうじて顔や手を拭くことはできたのだが、まとめていた髪はぼさぼさだ。
さっきセドリックが渡してくれた花の女王の髪飾りはつけているものの、ベールはなくなっているし、ドレスの裾や袖もあちこち破れて、埃だけでなく蛇のうろこや人面鳥の血がついて汚れている。
セドリックも私と同じような状況だった。
花の女王の山車を見ると、花乙女たちのいた一階部分はまだいくらかましだったが、二階部分はすべての飾りが取れて骨組みが丸裸の状態になっている。
ただよほど頑丈に作られていたようで、骨組み自体に目立った損傷は見えなかった。
「山車は大丈夫そうだけれど、花の女王は無理ね…こんな格好では人前に出られないもの」
「そうですね…」
額を寄せ合う女二人に向かって、ザジがあっけらかんと言った。
「なんだよそれくらい。
エリナと坊主のその衣装、ノナばあさんの強力な祝福が宿ってるじゃねえか。
俺なら今すぐ元に戻せるぜ。 復旧!」
ザジの棒が私とセドリックに向いて、その先端が左から右へ振られると、私たちの服についていた汚れは一瞬で消えてなくなり、破れもすべて補修されていた。
「わあ、元通りになってるよ母さま!」
「まあ、ありがとうザジ!」
感嘆と感謝の声を上げる私とセドリックに一拍遅れて、私たちの装いをチェックしたナタリーも同調した。
「本当だわ、一瞬でこんなに綺麗になってるなんてすごいわ。
なんだか貫禄がなくて頼りないなあと思っていたけれど、やっぱり黒の森の若長なんですね、ザジ」
「いやお前さあ、なにげに毒舌だよなあ。別にいいけどよ…」
笑顔のナタリーにげんなりした顔をするザジの背後から、ルドガーの冷徹な声がした。
「出発するぞ。準備はできたか」
声のした方へ目を向けると、そこには護衛騎士の一団がいた。
ルドガーもヨシュアも、応急手当てを受けたらしいティムもいる。
ヨシュアが私とセドリックの所へやってきて、ため息まじりの声を出した。
「エリー、君はなんて無茶をするんだ。
山車の上から飛び降りるなんて……兄上が駆けつけてくれなかったら死んでいたかもしれないんだぞ」
心配してくれていた気持ちが伝わる真摯な声音に、私も申し訳なく思った。
「ごめんなさい。
でも少しは勝算もあったのよ。
あの高さなら、セドリックはともかく、大人の私なら落ちても命を失うまではいかないかもしれないって…」
「ヨシュアおじさま」
小さな身体が私とヨシュアの間に割って入った。
「母さまを叱らないで。
母さまは、僕を助けてくれたんだもの」
セドリックがヨシュアの騎士団服をつかんで懇願すると、ヨシュアは苦笑いして、子どもの黒髪の頭をなでた。
「わかったよ、セドリック。
君は大丈夫かい? ケガはない?」
「うん! 大丈夫だよ」
セドリックはくすぐったそうに笑って、明るく返事をした。
私はふと気になることを思い出し、ヨシュアにたずねた。
「ヨシュア、あの時、少しだけ宙に浮いていられたような気がしたんだけど、もしかして私は翔んでいた?」
「なんだって?」
ヨシュアはけげんな顔をした。
「人間が翔べるはずないだろう。
運よく強風に吹き上げられただけだよ」
「そう…そうよね」
ルドガーが言っていたことはやはり何かの間違いなのだ。
バカなことを聞いてしまった、と私が心の中で恥じ入っていると、
「ヨシュア、その女といつまで無駄話をしている」
離れた場所から、ルドガーの不機嫌な声がした。
厳しい顔をした黒髪の騎士団長は私を見て、山車の方へ顎をしゃくって命令した。
「さっさと山車に乗れ」
「ま…待ってください。この子はついさっきあんな目にあったばかりで」
「子どもはいい、お前だけだ。花の女王だけいればいい」
夫の事務的な冷たい声に、私は唇をかみしめた。
セドリックがドレスの袖をつかんで私を見上げてくる。
「母さま、あれに乗るの? いやだよ、行かないで」
「セディ」
私は膝を下り、子どもの目線に立って言い聞かせた。
「いい子ね。もう危ないことはないから、ザジと一緒に待っていて」
だが子どもに言った私の言葉を、ルドガーは言下に否定した。
「いや、ザジ、お前はこの女と一緒に山車に上がれ」
「ああ、わかったよ」
そう言うとザジはくるりと身をひるがえして赤猫に変身し、私の肩に乗った。
私はうろたえてザジに問う。
「えっ、ちょっと待ってザジ、それじゃセドリックは?」
「だめだよ、行かないで母さま」
さっきの人面鳥による襲撃事件の恐怖がよみがえってきたのか、セドリックは必死に私を止めようとする。
「セディ…」
息子の頭をなでて落ち着かせてやろうとしている私につかつかと歩み寄ると、ルドガーはむしり取るような勢いでセドリックを抱き上げて私から引きはがした。
突然のハプニングに、まわりの騎士団員たちは唖然としている。
「うわああ、母さまあ!」
「セドリック!
やめてください旦那さま、なんて乱暴をなさるの!?」
息子と私の二人から大声で非難を浴びても、ルドガーは顔色一つ変えなかった。
「あ…兄上」
バタバタ暴れるセドリックを無表情で抑え込むルドガーに、横からヨシュアが恐縮した面持ちで声をかけた。
「こんな事件が起こったのだから、今回これ以降のルートでは花の女王は不在のままでいいのではありませんか?
沿道の観衆もずいぶん少なくなりましたし、花の女王が見られなくても不満を言う者はそれほどいないでしょう」
諫言を耳にしたルドガーは、ヨシュアに厳しい目を向けた。
「ザヴィールアイの髪飾りをつけた花の女王は、ザヴィールウッドの守護精霊たるノナ・ニムの化身なのだぞ。
領民がその姿をどれほど待ち望んでいるか、外部の者にはわからないかもしれんが、花祭りで花の女王の祝福を受けることは、多くの領民にとってこの先一年間の心の支えとなるのだ。
だからこそ、花の女王は何があろうと泰然として領都をめぐり、領民たちに黒の森の祝福を与えなければならん。
今のところ、人面鳥の襲撃を直接目にしたのは山車の近くにいた比較的少数の者たちだけだ。
観衆の大半は、パレードの行列に何が起こったのかわかっていない。
そんな状況で、噂に尾ひれがついて拡散していき、領民の恐怖心がむやみに煽り立てられるようなことになってはならん。
一目瞭然に見てとれて、彼らが納得できる安心材料が必要なのだ。
襲撃事件はあった、しかし迅速にそれを治めた、ザヴィールウッドの治安はいささかも揺らがない。
それを示すためには、今ここで、何事もなかったように粛々とこのパレードを終了させるのが最善策なのだ」
「で、ですが…」
いいよどむヨシュアを振り向きもせず、話は終わったとばかりにルドガーは大股で歩みさっていく。
「はなせ! はなせよ! 僕は母さまと一緒にいるんだ!」
ルドガーの肩に担がれたセドリックが、父の背を力いっぱい叩いて泣きながら叫んでいる。
なだめてやろうと近づいた私を無視して、ルドガーは息子を身体の前で抱え直し、目と目を合わせて叱りつけた。
「フレイザーの男がみっともなく泣きわめくな。
お前は母を守ると言ったのではないのか。
そんなことで母親を守れると思うか?」
セドリックはぐっと言葉に詰まり、身体を固くした。
ルドガーは無表情に視線を息子からはずし、傍らの騎士に命を下した。
「馬を引け。俺がこの子を乗せて、山車の護衛につく」
「は、はい、団長!」
騎士たちが数人、わらわらと駆け出していき、すぐに鞍のついた一頭の馬が引かれてきた。
人面鳥を倒したときルドガーが騎乗していた、精霊馬アトラスと同じ黒馬だ。
その馬を一瞥したルドガーは、自分の腕の中で身を固くしている息子に問いかけた。
「馬に乗ったことはあるのか」
「…ううん。ない、です」
「そうか」
息子の返答に特に反応することもなく、ルドガーは先にセドリックを黒馬に乗せると、軽々とあぶみに足をかけて、自分も息子の背後に乗り込み、目の前の小さな身体を抱きかかえて指示をした。
「手綱には触るな。
鞍の前に付いている取っ手をしっかりつかんでいろ」
器用に手綱をあやつって、ルドガーは軽々と子どもの胴体を支えつつ、馬上から私を見下ろして命じた。
「さあ、お前も早く山車に乗れ」
「あ、は、はい」
どぎまぎしていると、前回ティムがしてくれたように、今度はヨシュアが先に山車の二階に上がり、私に手を差しのべてくれた。
再び乗った山車の上から、黒馬に乗ったルドガーとセドリックを見下ろす。
「母さま!」
初めて馬に乗ったセドリックは、少々ぎこちない動きをしているが、表情は明るかった。
飾りのまったくなくなった山車には、急遽新しい花が山のように飾られていき、見栄えも以前と変わらないほどになった。
ザジは私の肩を下りて足元に座り、赤猫から猛獣である赤豹の姿になった。
「この方が睨みがきくからな」
そう言って私の横に座ったザジに、私は
「そうね。ありがとう」
とお礼を言い、顎の下の毛並みをなでてやった。




