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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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襲撃・2

少し暴力的または残酷な表現があります。ご注意ください。

大蛇は大きく鎌首をもたげて口を開け、牙をむいて私に襲いかかろうとした。

私はとっさに、セドリックをその牙から守ろうとして、小さな身体を離れた場所へ突き飛ばした。

一人になり蛇の方を振り向いて身構えたその時、ぴたりと大蛇の動きが止まった。

攻撃が来ないことを不審に思って目を上げると、大蛇は攻撃態勢のまま石になったように固まっていた。

横目にふと、私に突き飛ばされて床に転がっているセドリックが見える。

小さな息子は、肩に白ねずみを乗せて大蛇を見据えていた。



「母さまに近づくな!」



赤い瞳が不思議な光彩を見せている。

大蛇はその視線に射抜かれて硬直しているようだ。

セドリックの周囲には、時々浮かぶあの金色の光の粒子がただよっている。

ティムの白ねずみはその光に触れると、生命力を取り戻し元気になっていくようだった。

結界の外へ目をやると、私たちの乗っている山車(だし)が騎士団の騎士たちに取り囲まれているのが見えた。

一番近くにはヨシュアがいる。

血だらけのティムに肩を貸して、山車(だし)の横に立ってこちらを見上げている。



「エリー! 大丈夫かい!?」



セドリックの肩の上のねずみからヨシュアの声が聞こえた。

私は急いで結界の外にいるヨシュアにうなずいてみせた。

それによって、結界の中でも白ねずみが媒介する音は届くことに、ヨシュアは気づいてくれたのだろう。

ぐったりしているティムを他の騎士に預けると、マントの下から一本の横笛を取り出した。

美しい装飾が施されたその笛を、ヨシュアがおもむろに吹き始めると、それまで音のなかった、私のいる山車(だし)の二階部分の空間で、美しい笛の旋律が聞こえだした。

群衆のざわめきや悲鳴などの音声は引き続き聞こえずにいるのだが、白ねずみを通じて聞こえるのであろうヨシュアの笛の音は、閉ざされた蛇の結界の中にあふれていった。

奏者の人柄を思わせる優雅で穏やかな笛の音は心安らぐものであったが、それを耳にした緑の蛇は安らぐどころか苦しげに身をよじり、ついには荒々しく床に身を打ちつけてもがき始めた。



「ええい、頭が割れそうだ! その笛を止めろ!」



狂ったように暴れる大蛇は、流れる笛の音とともに力を失って次第に小さくなっていった。

それと同時にセドリックの周囲の金色の光も消えていき、白ねずみは子どもの肩から床へ走り下りた。

元気になった白ねずみを見て安心したように息をついてから、セドリックはいつも通りの色に戻った赤い瞳をめぐらせて私を見た。



「母さま、大丈夫?」



そう聞かれて、



「セディ、あなたこそケガはない?」



私が息子の手を取ろうとしたとたん、小さな身体は突如として私の視界から消えた。



「セディ!?」



一瞬何が起こったのかわからなかった。

強い風が吹きつけ、思わず両手を顔の前にかざす。

今まで無風だった周囲に竜巻のようなねじれた風がビュンビュン吹き荒れ、無音に慣れていた耳に大群衆の怒号や悲鳴がなだれ込んできた。

映像と音声が一体になった外界の情景。

緑の蛇の結界が解けたのだ。

暴風を避けようとかざした手の先に、思いもよらない光景が展開していた。

あろうことか、セドリックが人面鳥のかぎ爪に捕らえられ、山車の手すりから引きはがされるようにして連れ去られていくところだったのだ。



「母さま!」


「セドリック!」



思わず手すりから身を乗り出して手を伸ばしたが、あと一歩で届かなかった。

足元にはティムの白ねずみがいるのだが、耳に聞こえるのは喧騒や雑音ばかりで、大蛇を動けなくさせたあの笛の音は止んでいる。



「エリー! セドリック!」



ヨシュアが大声で呼びながら梯子を上り、山車(だし)の二階へ顔をのぞかせた。

そのため手がふさがって、笛を中断したのだろう。

そんなヨシュアの隙をついて、彼の奏でる笛の旋律に封じられ小さくなっていた緑の蛇は、素早く床を横切ってそのまま姿を消した。

ティムの白ねずみが後を追っていったようだったが、私はそれどころではなかった。

巨大な翼の羽ばたきで吹きすさぶ乱気流を引き起こしている人面鳥が、かぎ爪でセドリックをつかみ、空高く飛んでいこうとしているのだ。



「弓兵、射落とせ!」



梯子に乗ったヨシュアの声が響き渡り、何本もの矢が人面鳥に射かけられた。

だがいずれも、黒い大きな翼の羽ばたきが生み出す強風にあおられて標的には届かない。

それどころか、風で反れたり跳ね返されたりした矢が危うくセドリックに当たりそうになって、私は悲鳴を上げた。



「だめだ、矢は射るな! 弓兵は下がれ!」



再びヨシュアの命令で騎士団の隊列が動くと、人面鳥は勝ち誇った笑い声をあげた。



「ゲギャーッギャッギャッ、無能な人間どもめ! 

お前らの矢などアタシに届くものか! 

鳥のアタシには、竜笛だって効かないしねえ! 

竜の子が連れられて行くのを、せいぜい指をくわえて見ているがいいさ!」



バサッ、とひときわ大きく羽をはばたかせて、人面鳥は急角度で上昇し、自分の入って来た雲の割れ目の中へ戻っていこうとする。



「いやだ、助けて母さまーっ!」


「セディーッ!」



胴の部分を人面鳥にがっちり抑え込まれて、セドリックは私の方へ必死で手を伸ばして助けを求めている。



「グギャギャーッ、アタシの勝ちさ!」


「その子を放しなさい! 私の息子を返して!」



私は喉が張り裂けんばかりに叫びながら、手近にあるものを片っぱしから人面鳥に投げつけていった。

壊れて汚れているけれど、ここに落ちている物はどれもノナ・ニムの祝福を受けているはず。

きっと魔力を帯びているに違いないと予想した通り、暴風の中にあってさえ、私の投げたものは全部人面鳥の身体に命中した。

手すりの花飾りとか球状のブーケとか、玉座の肘掛の飾りとか、何でもだ。

そしてそのたび人面鳥は「ギャッ」というようなつぶれた声を上げて動きを止めるので、両翼をはばたかせて高度を保つことができなくなり、山車(だし)の方へじりじりと落ちてきた。



「お、お前、何をしたんだい!?」



驚愕の混じったうろたえ声で、人面鳥は私を問い詰めた。



「何もしていないわ、ノナ・ニムのお導きよ! 

さあ、セドリックを返して!」



もう少しで手の届きそうな高さまできた息子の身体に、精一杯伸び上がって高々と両手を伸ばすと、涙でぐちゃぐちゃになった顔のセドリックも、眼下にいる私へ救いを求めて小さな手を伸ばしてきた。

人面鳥はそんな私たち二人の様子にいまいましそうなうなり声を上げた。



「そうか、お前…ノナ・ニムの魔女。

花の女王の山車の花飾りは、ノナ・ニムに供えるための祈りを捧げてあって、森の魔力に満ちている。

それをノナの魔女であるお前が手にして投げることで、的に命中させることができるわけだな。

しかもお前の魔力…ああ、イライラするねえ!」



人面鳥は大きくはばたいて、私から距離をとった。



「セドリック!」


「でももうおしまいさ、ノナの魔女。

お前の魔力は弱すぎるもの。

間に入って媒介するものがなければ、アタシの所まで届かないだろ? 

もうあんたのまわりには、投げつける供物なんて何も残っていないじゃないか」



フンと鼻であざ笑って、人面鳥は空へ戻っていこうとした。



「母さま―――ッ!」



今度こそ。

今度こそ連れ去られてしまう。

セドリックが。


魂の震えるような恐怖がせり上がってきた。

大きく見開いた息子の両目は涙でいっぱいだ。

その赤い瞳から放たれる切羽詰まった眼差しに射抜かれると、私は額に予期せぬ熱を感じてハッとした。



(そうだわ、髪飾り!)



義母から贈られた、フレイザー家の女主人に代々伝えられてきたという髪飾りを、私はピンを外すのももどかしくベールごと頭からむしりとると、渾身の力を振り絞って人面鳥に投げつけた。



「ゲッ!」



髪飾りが当たった翼の部分が赤くなり、肉の焼ける匂いがして人面鳥が苦痛の叫びをあげる。

と同時に髪飾りから一筋の赤い光が射し、地上の一点を指し示した、まさにその方向から、



風刃(ウインドブレード)!」



吹き荒れる風の轟音を上回る、地を震わすような詠唱が響き渡った。








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