91 出来ること
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夜になり夕食を済ませると客間の大広間に全員が揃った形になった。
しかし山崎先輩、幸坂先輩、加賀原先輩は大きな屏風の向こうにいるので見えないし、声も聞こえない。
屏風のこちら側には私と幅沢先輩、そしてハチがいる。
毎日設けられているそれぞれのチームだけで話し合っている時間だった。
全員で協力して作業することもあるが、チームだけでの学習をするように促したのは藤吉先生だった。幸坂先輩たちもそれを支持した。
今、私たちは昼間の稽古というか実質的には殴り合いだったけど、ともかくそのやり取りの最中のデータを検証していた。
夕食後の時間、藤吉先生がどこにいるかといえばここにはおらず、母屋へ行っている。ほぼ毎日だ。
藤吉先生自身が言ったことによれば、お酒を飲んで大人の話をしている、とのことだった。
「八角くんに原回路はやっぱり発見できないか」
幅沢先輩が難しい顔でしきりに端末を操作しながら言う。
「八角くんも身体能力に特徴があるから、遺伝的な体質のような気もするのが、原回路は遺伝しないだろう」
「さすがに原回路は遺伝しないと思いますよ。俺はあんな化け物じゃない」
ハチが冗談と本音が半分ずつの調子で口を挟むと、それはそうだけど、と幅沢先輩はやや食い下がった。
「しかし、何らかの要素は遺伝的に継承されたかもしれない」
「あの野生の獣みたいな父親から、体格以外を受け継ぎたいとはあまり思わないですね」
「体格以外にも色々と似ているところはある気がするけど。相手が誰であれ、とにかく殴り倒して決着をつけようとするところとか」
やめてくださいよ、とハチが恨めしげな顔になる。
しかし私も同意見だ。魔法技専での実技の授業などは幅沢先輩の指摘通りである。
今度はハチが食い下がる番だった。
「それは試合とか稽古の場だけででしょう。俺は日常ではもっと現代人です」
「あなたのお父さんも現代人の一人でしょ? さて、冗談はこれくらいにして」急に幅沢先輩の声が低くなる。真面目な話をしようということだ。「魔力回路を稼働しながら魔力波動を完全に押さえ込む計画は順調に推移しているみたい」
幅沢先輩が本筋の話を始めたので、私も集中する。
「センサーの測定値を見た限り、魔力波動は検出されていない。魔力回路の稼働率は五十パーセントだから、明日には六十くらいを意識しましょう」
「魔力波動が漏れたらと思うと冷や汗ものです。あの父親ならちょっとした魔力波動なら平然と受け止めそうだけど」
「油断しないで、きっちり制御して。これはあなたの制御力の試験であり、稽古なんだから」
わかってます、と真面目にハチが答える。
実は幸坂先輩たちにも内緒で、私たち三人で一つの試みをしていた。
それは話にあった通り、魔力回路を稼働させながらも魔力波動を抑制する、ということだった。
魔力回路はそれが刻まれた人間の魔力を魔力波動に置き換えるのが大きな機能だが、今、私たちはそれに矛盾することをしようとしている。
ハチは魔力波動を発生させながら、意図的にそれを抑え込むという、矛盾する努力をしているのだ。
これはハチにあるのではないかと思われる、自身と周囲の魔力波動への干渉能力の確認と同時に、強化と試験でもあった。
「石森さんからは、何か意見は?」
私は頷き、手元の数値を確認しながら言葉にする。
「幅沢先輩から設計が上がっているハチの魔力回路の改良案を施せば、魔力波動の制御は一般的な範囲では少し楽になると思います。あと、理論上は魔力波動の感知も楽になる見込みです。ただ、まだ細部を詰めていないので、実際に刻む魔力回路の原案が出来上がるのには時間がかかります」
「できるだけ早く進めましょう。あと半月くらいで形にしなくちゃね。魔法杖の方は?」
「幸坂先輩から受け取ったアイディアを、私なりに解釈してデザインしている最中です。えーっと、発注の期限が八月二十日なので、なんとか間に合わせます」
「さすがに次の模擬戦も模擬魔法杖というわけにもいかないしね」
そうですね、と私は頷くが、だいぶタイトなスケジュールだ。私はやることが多すぎててんてこ舞いである。
なんとかやりくりする算段を頭の中でつけていると、ハチが所在無げにしているのに気づいた。
「ハチ、何か聞きたいことでもある?」
「ん?」
こちらに視線を向けられるが、それ以上の言葉がない。
さては何も聞いていなかったな。
「あなたの魔力回路と魔法杖について話しているけど、何か意見は?」
「意見?」ちょっとだけハチが眉間にしわを寄せるも、すぐに消える。「特にないかな。二人に任せるしかない」
そんな無責任な、と思ったけど、それはそれで違うかもしれない。
行使者候補生は管理者候補生や探求者候補生を信頼するしかない。
それは管理者や探求者が自分の作った魔力回路や魔法杖、そしてそこから発生する魔法を、行使者に委ねるしかないのに似ている。
行使者には行使者の責任の負い方があるのだろう。
「ちょっと休憩にしようぜ。何かお菓子でももらってくるよ。あと飲み物も。何がいい?」
ハチが言い出したので、私と幅沢先輩はコーヒーを頼んだ。立ち上がったハチが屏風の方へ行って、山崎先輩たちの注文を聞いている。
すぐに返事があったようで、ハチは一人で客間を出て行った。母屋とは別棟になっているけど、どうも不規則な作りなのは私にもわかってきた。どうやら裏口同士がかなり近い位置にあって、渡り廊下は遠回りだ。
他の構造も気になるけれど、さすがに他人の家なのでズカズカ踏み込んで勝手に探検するわけにはいかない。
幅沢先輩と二人になり、自然と会話が始まった。
「山崎先輩は、模擬戦に復帰するのかな」
幅沢先輩の言葉に、やっぱり昼間に先輩たちの話を聞いていたんだな、と私は理解した。こそこそと声を潜めて返事をする。
「そんな感じでしたね。今も、そういう相談をしているんじゃないですか?」
「今まで、何があっても出ないというような姿勢だったのに、何がきっかけだったのかしら」
「何なんでしょうね。私にはとてもわかりません」
「私だってわからないわ」
ふっと幅沢先輩が息を吐く。
「先輩は事故のことを忘れられないでしょうに、また戦えるなんて、本当に強い人」
「そうですね……」
「八角くんはどうだろうね」
ハチか……。
ハチは事故の後、公式の試合の場には立っていない。
だから、ハチが戦えるのか、それとも戦えないのか、それはわからない。
私にできることは準備を整え、ハチを戦える状態にすることだ。
それこそ、事故を恐れる必要がないように完璧に整えるしかない。
「私と」幅沢先輩が視線を屏風の方に向けながら言う。「あなたが、山崎先輩にとっての幸坂先輩と加賀原先輩になるなんて、何か妙な感じ。私は加賀原先輩にはなれないわ」
「私だって、幸坂先輩にはなれないです」
咄嗟の私の言葉に、幅原先輩が肩をすくめる。いつも感情を表に見せない幅沢先輩にしては珍しく、おどけたような動作だった。
「みんな最初は、そんなものかもね。私が言うのも変だけど。一年間も無駄にして今更、加賀原先輩になれないもなにもないか」
私が答えに迷ったところへ、ちょうどハチが戻ってきた。
両手にお盆を持ちながら、さらに手首に袋を下げている。私は立ち上がってお盆を受け取った。
ハチは片手のお盆を屏風の向こうに持って行き、袋の中身も渡したようだ。
それからこちらへ戻ってきて、もう一袋の中に残っていたお菓子を出した。どこにでもあるようなお菓子で、この山奥と釣り合いが取れない気もした。
「藤吉先生と父さんが意気投合していたよ。嫌な予感がするのは俺だけかな」
ハチの冗談に、同感、と私と幅沢先輩が応じるとハチの目元がピクピクと震えた。そういう冗談はやめてくれ、という顔である。
静かに夜は更けていく。
かなり遠くから誰かが笑う声が聞こえた。ハチの父だろう。
ここにいると何か、いろんな常識が覆る気がする。
それがいいのか、悪いのか。
(続く)




