90 改良
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ハチの実家という山奥へ来て四日が過ぎていた。
すでに合宿の期間も半分を過ぎたことになる。
ハチと山崎先輩はハチの父と毎日、早朝から山に上がっていって昼過ぎに帰ってくると、午後は道場で稽古をしている。
昼食どきに休む以外は、朝から日が暮れるまで二人はほぼ動き続けていた。
かなりハードなスケジュールのようで、ハチは変な風にやつれてきている。
一方、山崎先輩はどこか溌剌として楽しそうに見えた。
何が二人の明暗を分けているかは、私には想像がつかない。
二人がそうしている間に私を含めた他の面々が何をしているかというと、ハチたち三人の稽古を科学的に分析する作業を続けていた。
魔法技専からハチの実家まで運んできた機材をいくつも道場に設置した。それらは無線で繋がるものは無線で、有線で繋がるものは持参したコードを目一杯伸ばして結ばれている。
かすかな駆動音を立てる各種センサーは、昼過ぎから始まるハチたちの稽古の様子を最初から最後まで記録し続けていた。
そうして手に入れたデータは夕食を済ませてから、それぞれにお風呂に入る時間を挟みつつ夜更けまでかけてまで分析される。
分析と議論は翌日の午前中、ハチたちが山に行っている間も居残り組の間で間断なく続いた。
それぞれの知識と記憶で足りない時は、頼りないネットワーク回線をフルに使って調べたりもして、話し合いは行われる。
そうして午後になると、また新しいデータを収集するのだった。
私としてもデータが手に入ることよりも、稽古の様子を確認できるのがありがたかった。
理由の一つとしては、私があまり格闘技、というか、格闘に通じていないというところがある。
これからハチのために試作魔法杖を作るにあたり、戦闘技術の知識は不可欠だった。
もう一つ、稽古の様子を調べられるのが好都合な理由は、そこにハチの父がいるからだ。
ハチの父は明らかに常軌を逸した身体能力を有している。
筋力、タフさ、反応速度も、まるで恒常的に魔法を使っているかのようである。
私はそれとなく、しかし念入りに確認してみたが、ハチの父には魔法に関する素養はない。魔法が何故、発現するのか知らないし、魔力回路に関する知識もない。
そして魔法に関する処置は何も受けていないことも聞き取りでわかっている。
超人的な身体能力を先天的なものではないということになる。かなり想像しづらいが、あの身体能力は、体質的なものと異常に高負荷なトレーニングの継続による結果とするしかない。
薬物を使ってもいないことも聞いている。
「風邪薬すら飲んだことはないな! 薬というのは好かんし、風邪なんて山の空気で治るさ! ガッハッハ!」
とのことだった。
納得することもできなくはないが、私としては、ハチの父には何らかの魔力回路があるのではないか、と疑っていた。
それはもちろん人為的な魔力回路ではない。
私は、原回路の存在を疑っているのだ。
原回路は感知することが難しいものだけれど、ヤマを張っておけば少しは可能性がある、と思いたい。
ということで、私はあやふやな願望を頼りに幸坂先輩や幅沢先輩、加賀原戦費と協力して、道場内にいる人間、道場内の魔力波動の分布などを厳密に測定していた。
魔力波動の数値をコンピュータに解析させながら、夜遅くまで数値の変化、グラフの変化、映像の色の濃淡の変化に気を尖らせる日々を過ごしているのだが、まだ芳しい成果は出ていない。
その日も道場で、三人が順繰りに殴り合っているのを私は眺めていた。
順繰りという表現は正確では無いか。実際は、ハチの父は常に体を動かして、ハチの相手の次に山崎先輩の相手をして、次はまたハチの相手、その次にはまた山崎先輩の相手と、ハチの父だけは休むことがない。
それでもハチの父の動きが鈍るようでもなければ、技のキレのようなものが落ちることもない。
やはり超人だ。
格闘技術という面では、ハチの父の戦い方は私から見ても素人臭さがすごい。
とにかく相手を殴りつけ、蹴りつけ、それで生じた隙をついてさらに拳と蹴りで勝負を決めに行く。
素人臭くても勝負の機微は体得しているようで、隙を生じさせる攻めや隙を逃さないあたりには初歩的な論理、技術のようなものは見え隠れする、気もする。
しかしそれは、例えば山崎先輩の攻撃や防御と比べると荒削りもいいところだ。
ハチの父は、ともするとハチはともかく山崎先輩の合理的な戦い方を前にしてかなり打撃を食っている。
通常なら立っていられないのではないかという連打を受けても平然としてるのは、体が極端に頑丈なのか、打撃を食うことに慣れているのか、いずれにせよ、見続けているこちらの感覚がおかしくなりそうだ。
戦い方として間違っているはずが、そう考えている私が間違っているのだろう?
もう少しでも私に格闘技の知識があれば、とも思うけど、実はこの数日で気づいたことがある。
どうやら幸坂先輩には格闘技に関する知識がある、ということだ。。
管理者候補生の幸坂先輩は、自身では格闘技は使わない。体格からしてひょろっとしているし、体力自慢ではない。
だけど、幸坂先輩は格闘に関する論理にはある程度通じているようなのだ。それがふとした時に会話の端々に覗く。
それはきっと、山崎先輩とチームを組む中で学んだことだろう。
幸坂先輩は山崎先輩と一緒に知識を積み重ねているのだと思うと、私はやはり全然、遅れていると思い知らされる。
時間を見つけて私も格闘技について勉強しておこう、と密かに思った。
「これは原回路じゃないか?」
道場の隅でセンサーからのリアルタイムの測定データを眺めていた加賀原先輩が不意に言った。
普段よりわずかに上ずった声に視線が集中するけれど、幸坂先輩だけは目の前の自分の端末を見ていた。
私と幅沢先輩が加賀原先輩の方へ行こうとした時、そうだね、と静かな調子で幸坂先輩が答える。私はすぐそばの幸坂先輩の方へ行き、幅沢先輩は加賀原先輩の方へ向かう。
センサーが捉えた情報が並ぶ端末の画面を指差しながら、幸坂先輩が何かを考えている調子で言う。
「体内の魔力値が時折、変に上がる。わずかだけど、数値は確実に上がっている。魔力が魔力波動に変換されていないから、かなり感知しづらい。僕も誤差かと思ったよ。しかし魔力値だけが上がる、か……」
幸坂先輩が加賀原先輩に問いかけた。
「魔力が魔力波動ではなく魔力そのものという状態、この世界への干渉力の極めて低い状態でどこまで影響が出るかな」
幸坂先輩の疑問に、なんでもないように加賀原先輩が答える。
「原回路とはいえ、魔力回路とも言えないレベルの拙いものなのかもな。魔力回路として成立していないから、魔力波動への変換も起きない。しかし元から異常な量の魔力があればある程度の影響力はあるかもしれない。私見を言わせてもらえば、どちらかといえば魔力の内包量が大きいせいで常軌を逸した訓練が可能で、その訓練によって肉体が発達した、という可能性がありそうだ。あの体格の獲得は普通の人間が実現しようとすれば、体が出来上がる前に内臓を過負荷で破壊しそうだし」
まあね、と幸坂先輩が頷きながら、顎を撫でている。
二人が話してるのは、ハチではなく、ハチの父親の話だった。
私はがっかりするのが半分、興奮するのが半分というところだ。
私はハチに原回路があるかを知りたいのだが、現時点ではまだ捕捉できていない。
しかしハチの父に原回路のようなものを発見できた。
なら、ハチの父の原回路を突き詰めることで、ハチに原回路があるかに迫れるかもしれない。
幸坂先輩が画面を見たまま言う。
「誰かが魔力回路を刻んでやれば、かなりの使い手になりそうだけど、そうでもないか、な……」
加賀原先輩が笑い飛ばす。
「どうも魔力の量が普通じゃない。それが全部、魔力回路を経て魔力波動に変換され始めたら、確かに強力な使い手にはなるだろう。だが、その時は体内の魔力量が減って、あの体の頑丈さに影響が出るのは確実だ。今のままがいいんじゃないか? ある種の最適解だ」
幅沢先輩は無言で二人の会話を聞いている。私も沈黙して、二人のやり取りを頭に叩き込んでいた。
幸坂先輩と加賀原先輩は情報の中からハチの父に対する分析を進めている。
私ではデータを見ただけでは、とてもそんな推論は導き出せないのは知識と経験の不足のせいだが、ひらめきや直観の不足も意識される。
二人が何気なく交わすやり取りは、かなり具合的で説得力のある推論で出来上がってる。それは推論とはいえ、その推論を頼りに分析を進めれば何かに辿り着けそうな予感が私にはあった。
この直感が正しいといいのだけど。
私は二人のやり取りを聞いていたが、唐突に幸坂先輩が私に視線を向けてくる。
「ハチのモニタリングはどう?」
私は一度、自分の端末の前に戻り、報告する。
「情報は集まってますが、これといってはっきりしたことは……、全てがこれまでの数値と比較しても誤差の範囲内です」
「ハチは今日は魔力回路を使っている? それとも今日も閉鎖している?」
「今日も使ってないみたいです。お父さんに遠慮しているのかも。山崎先輩は今日も使ってないんですよね?」
こちらからの問いかけに、そう、と返事がある。
「潤は測定開始からずっと使っていないまま。ちょっと、こだわっているみたいだね。それくらいがいいんじゃないかなと僕は思っているけど」
そんなことを言っているところで、ハチの父と殴り合っていた山崎先輩が跳ね飛ばされ、道場の床に激しく転がった。
こちらが緊張するのをよそに、床で何回転かした山崎先輩はすぐに跳ね起きるとハチの父へ挑んでいく。
私たちはホッとして再び席に腰を落ち着けた。
「運動能力の底上げはどれくらいだったかな」
加賀原先輩と幸坂先輩が会話を再開する。今度は山崎先輩の話題のようだ。加賀原先輩の問いに、幸坂先輩はすぐに答えた。
「僕の作った回路で、最大で五割増しが可能かな。今は恒常的に作用する分しか運動能力は上がっていない」
「全開の時にもう一割くらい、底上げできれば楽に戦えるようになりそうだな」
「六割ってこと? 言葉で言うのは楽だし、そういう魔力回路を作ることも悠理ならできるとは思うよ。でも、それを潤が制御できるかは微妙だと僕は思うけど」
「あいつなら出来るだろう。二年前とは違う。今、センサーで様子を見ているが、魔力回路を稼働させたくなる場面で完璧に回路を黙らせている。制御力は十分だ。それをゴーサインとしないか?」
「制御力に関しては同意見だけど、実際はどうだろうね。いずれにせよ、安全性を確認するのは必要だ。まずはきみが原案を出して、回路を設計して、僕が処置して、その上で試しをしする、それで問題なければやっと本番、という普通の段階を順番に踏みたいというのが僕の意見」
すぐ案を考える、と加賀原先輩が応じるのに、幸坂先輩は「頼むよ」となんでもないように言っていた。
二人の間では、山崎先輩をさらに強化することが可能という見通しが立っていることに、私は声もなく驚いていた。
二人は何かの資料を調べたりしたわけではないのだ。どちらも頭の中で考えていた。
その高度な知性にも驚いたが、もう一つ、気になることがある。
私は幅沢先輩の方へ視線を送るが、幅沢先輩も同じタイミングでこちらを見ていた。
二人共が困惑の表情だった。私は幅沢先輩も同じことに気づいたと確信した。
幸坂先輩と加賀原先輩が何でもないように山崎先輩の魔力回路の改良について話していた。
それはつまり、山崎先輩が模擬戦に出ることを前提としているのではないか。
合宿に来るまでそんな話は少しもなかった。魔法技専では幸坂先輩は実習室で図面を作り続けていたし、加賀原先輩は図書館の地下にこもっていた。
どんなきっかけがあれば、今のようなやり取りがされるのだろう。
それともきっかけも何もなくて、私が知らないところで幸坂先輩、加賀原先輩、そして山崎先輩も普段からこんな話をして、使い場面がなくとも能力を高めているのか。
「魔法杖はどうなっている?」
加賀原先輩は私たちの様子を無視して、幸坂先輩に話しかけた。幸坂先輩も自然体に返事をしている。
「改良を進めているよ。魔力波動の制御力は十分な域に達している」
「魔力共鳴はどんな具合だ?」
「リミッターを組み直している。出力は以前より安定している。それは確実だ」
「あれは僕の理論の肝なんだから、ぜひ、使いたい。事故はもうまっぴらだが、お蔵入りさせるのは大きな損失だ」
「僕もそう思うよ。あの魔法杖は僕が知っている魔法杖の中で、間違いなく最強の魔法杖だ。なんとか、安全に使えるように改良する」
安全第一で頼むぞ、と加賀原先輩は呟くのに、当然だよ、と幸坂先輩がやはり呟いた。
それきり、二人が黙ってしまい、道場にはまだ稽古を続けているハチの父の怒号と笑い声、山崎先輩の激しい息遣いだけになった。
私と幅沢先輩は押し黙ったまま、それぞれの手元の端末を操作したり、観察している。
私は思考が目の前の数値ではなく、別方向へ飛んでしまうのを必死に抑えようとした。
幸坂先輩と加賀原先輩のやりとりは、ただのシミュレーションの話ではなく、実戦を想定しているように聞こえた。
魔力回路の改良と、試作魔法杖の改良。
やっぱり、山崎先輩は模擬戦に復帰するのではないか。
そのことを考えると、自分の作業に手がつかない感じがした。
ハチの父が「よぉし! 潤ちゃんは少し休んでろ! バカ息子、さっさと来い!」などと楽しそうに大声をあげている。
ハチは山崎先輩と入れ替わり、山崎先輩はタオルで汗をぬぐいながら香坂先輩たちの方へ歩み寄った。
三人の話を聞いてみたかったけど、ハチが動き始めたので、私はデータ収集の様子を詳細に確認しないといけない。
山崎先輩が何か言っているのが聞こえたけど、声も小さいし、ハチの父が何やら怒鳴り続けているので、さっぱり聞き取ることができなかった。
(続く)




