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83 合宿へ

       ◆




 なんでこうなるんですか? とTシャツと短パン姿の山崎先輩が藤吉先生に抗議している。

 山崎先輩は部屋着のように見えるが、どうやら外出着らしい。腕や足に刺青のように浮いているのは魔力回路だろうか。

「ま、いいじゃない。これで合宿とハチの帰省をいっぺんに済ませられる」

「済ませられる、という表現は違うと思いますけどね」

 律儀に山崎先輩が指摘するが、藤吉先生は全然、動じていなかった。

 そう、合宿先は、何故かハチの実家になってしまった。

 どういう発想をすればそんな結論にたどり着くかはわからない。

 ともかく合宿は強行されることになって、私たちはこれからどこともしれないハチの故郷へ向かうことになる。

 と言いつつ、現状の私たちは大型のバンを眺めているだけだ。

 私たちというのは藤吉先生、山崎先輩、そして私だ。

 バンに男性陣が大量の機材を詰め込んでいるのを見物する形である。

 男性陣というのはもちろん、ハチと幸坂先輩、加賀原先輩の三人だ。それを幅沢先輩が監督している。

 一人で大きな荷物を運ぶハチが不自然なのか、二人がかりで必死になっている幸坂先輩と加賀原先輩が貧弱なのか、わかりづらい光景が展開されていた。

「積載量を超えている気がしますけど」

 私が最低限の確認をしてみたが、藤吉先生はあっけらかんと答える。

「車は走れて事故を起こさなければ、何を積んでも問題ないんじゃない? 海外だとバスの外とか上に大勢が乗る光景とかあるみたいだし」

 いや、それは私も映像では見たが、安全の証明ではないのではないか。

 起こさないつもりでも起きてしまうのが事故のような気がするが……、考えるだけ無駄か。

「で、例の行使者候補生には謝罪に行ったの?」

 何気ない藤吉先生の問いかけに山崎先輩も私の方を見たようだった。

 私ははっきりと言葉にした。

「行きました」

 私がそれだけ答えると、しばらく答えを待ってから「なら、良いよ」と藤吉先生はそれ以上は何も言わなかった。

 ハチが怪我をさせた行使者候補生はもう病院を退院していて、私とハチと幅沢先輩は実習室にその行使者候補生を訪ねて行った。

 本当は幅沢先輩は事故には関係していないのだが、今は同じチームだから、とついて来てくれた。

 訪ねた実習室には、そのグループのメンバー数人がいて、私たちが頭を下げ、形だけの見舞いの品を手渡したが、見舞いの品はその場で床に叩きつけられた。

 そして再現するのが難しいほど、かなり強い言葉で非難された。

 学校を出て行こうと思わないのか、とか、本当に反省しているのか、反省しているのなら行動で示すべきだ、とか、攻撃的なものもあった。

 それを私たちは黙って受け止め、謝罪を繰り返した。

 最後には男子生徒の一人が詰め寄ってきてハチの襟首を掴んで殴りかかろうとしたが、それは彼らのリーダーらしい男子生徒が止めた。

「こいつらと同じになってもつまらない」

 そう声をかけているのも聞こえてきた。

 私たちは辞去してからもしばらく言葉を交わさなかったが、幅沢先輩が食事に誘ってくれてなんとか元の調子に戻るきっかけを得た。

 私は幅沢先輩に心から感謝したし、ハチも同じはずだ。

 そうして合宿へ出発する日の朝を迎え、早朝から始まった荷物の積み込みには一時間以上がかかった。

 積み込みが完了した時には強い日差しが降り注ぎ、周囲は熱気に包まれている。

 荷運びを終えた幸坂先輩と加賀原先輩は座り込んでスポーツドリンクを煽っていた。

 たった今、積み終えたばかりの機材を、目的地に到着したら今度は下ろさないといけないことを彼らに指摘にするのは残酷というものだろう。

「よーし、みんな、くじ引きの時間だよ」

 そう言って藤吉先生が拳を突き上げた。その手にはこよりのようなものがいくつも握られていた。

「さーて、助手席という特等席は誰のものになるかな! ドキドキのくじ引きを始めよう!」

 誰も乗り気な様子ではなく、全体的にのろのろと藤吉先生のそばに近づいた。

 明らかに、今から合宿を中止にできないか、という空気だった。

 唯一、ハチだけは乗り気で真っ先にこよりを摘んだ。

 全員がこよりを摘んだところで「赤が当たりで助手席ね」と説明があるけれど誰も反応せず、緩慢にこよりが藤吉先生の手から引き抜かれた。

 当たりは加賀原先輩だった。しかし歓声が上がるわけでもなく、全員が淡々とバンに向かった。

 完全に盛り上がりに欠けていた。というか絶滅していた。

 すでに個人的な荷物も積み込まれているので、すぐに出発になる。

 運転席に藤吉先生、助手席に加賀原先輩、二列目に山崎先輩と幅原先輩と私の女性陣、三列目に幸坂先輩とハチという座席になったが、三人が乗る二列目より二人が乗る三列目が地獄だった。

 荷物が座席まで溢れていて、二人は荷物の隙間に乗っているという表現が正しい。

「では、楽しい合宿にいざ、出発!」

 そんな声とともにバンが走り出したが、発進の反動で荷物が崩れる音と幸坂先輩とハチの悲鳴が聞こえてきた。

 だが、誰も反応しなかった。

 バンは初めて見る魔法技専の裏口のような門を抜けてしばらく走ると一般道に出た。

 他に走っている車もいないからだろうが、藤吉先生はかなりなスピードを出した。

 窓が開けられていて、吹き込む風が涼しい。エアコンは壊れているようだったから、窓を開けなかったら死人が出てもおかしくない。

 そのうちに他に車も増えてきて、藤吉先生も安全運転になった。常識的で助かった、と心底、思う私だった。

 そこから高速道路に乗り、半日ほどを走り続けてからパーキングエリアで休憩になった。幸坂先輩は青い顔をして涙目だったが、ハチはけろっとしている。

 半日ぶりの自由を一時間だけ満喫し、また巨大な棺桶のようなバンに戻る。

 バンはひたすら走り続けた。

 夕方には高速道路を降り、一般道をさらに走っていく。

 走りながら藤吉先輩がどこかと連絡を取り始めた。携帯端末を耳元に当ててエンジン音に負けない声でしゃべっている。運転中の通話は違法行為のはずだが、誰も咎めない。そんな気力は誰にも残されていなかった。

「日付が変わる前には到着します、と伝えておいたから」

 そんな報告が藤吉先生から車内にあったが、深夜に到着とはちょっとデタラメだ。

 相手は旅館などではなく、一般家庭のはずだ。

 藤吉先生も大胆というか豪胆というか、礼儀知らずだけど、ハチの家族というのも相当な変わり者なのではないか。仕方なく受け入れたのか、それとも好意的に受け入れたのか。

 好意的に受け入れてくれたのなら度量が広いが、広いとしても広すぎる。

 結局、日が完全に暮れて、世界が完全に寝静まる時間までバンは走りに走って、真夜中にやっと停車した。

 周囲にはほとんど明かりがなく、自分がどこにいるのか、すぐにはわからない。

 とりあえずどこかの家の敷地らしいとわかるのは植木で仕切られているように陰影で見えるのと、すぐそばに建物があって玄関に一つだけ明かりが灯っているからだ。

 山に行くとは聞いていたが、どこなんだろう?

 私たちが強張った体でぎくしゃくと車を降りたところで、音で気づいたのだろう、玄関が開いて小柄な人物が出てきた。

 あまりにも周囲が暗すぎて相手が声を発するまで、女性であることや高齢であることに気付けなかった。

「魔法技専の方ですか」

 老婆の言葉に、はい、と藤吉先生が進み出た。藤吉先生はこんな時でも元気だ。

「教官をしています、藤吉です。八角さんですね。しばらくお世話になります。どうか、よろしくお願いいたします」

 老婆が愛想よく答えた。本当に度量が広そうだ。

「いえいえ、遠いところ、わざわざご苦労様でした。狭い家ですが、どうぞ、中へ」

「ありがとうございます。みんな、必要な荷物を持って、寝床を教えてもらいなさい。あ、お祖母さん、お風呂は入れますか?」

 入れますよ、と老婆から自然な返事があるが、風呂に入れるかどうかを聞くのはやはり何か違う。

 藤吉先生には遠慮というものはないのだろうか。

 そんなことを思っている私の前で、老婆が「ハチ、皆さんを案内しなさい。客間ですよ」と声をかけた。

 対して、はいはい、などと言いながらハチが進み出た。

 へぇ、実の祖母にもハチと呼ばれているのか。ちょっと可笑しい。

 しかし疲れすぎて、笑う気力がない。惜しいことをした。

 私たちはハチの案内で建物に入ったが、この建物というのがものすごく古い建物で驚いた。木造で、床はテカテカに光っている。築六十年、いや、もっと古いか。

 古いが手入れは行き届いていて、何か時間の流れがおかしいというか、自分が別の時代に飛ばされてしまったような気がした。

 案内された客間はすぐには何畳かわからないほど広く、それを大きな屏風で二つに区切ってあった。襖などはないらしい。

 屏風は人の背丈より高く、何かよくわからない水墨画のような絵が描かれていた。

 この屏風で男性のスペースと女性のスペースを分ける、ということらしい。なんというか、何かが起こるという不安はないけど、不安が生じそうなやり方だ。

 案の定、山崎先輩が「屏風を越えたら殺す」と幸坂先輩に耳打ちしているのが聞こえた。

 それに、そんなことはしないよ、と答える幸坂先輩はいつも通りの顔つきながら、顔色は冴えなかった。

 長い長い移動で疲れているのか、山崎先輩の脅迫に血の気が引いのか、どちらかか、あるいは両方だろうと思う。

 布団が用意されていたので、すぐに寝る支度は整った。

 藤吉先生の姿が見えないなと思ったら、そこへふらっとやってきた。明らかに部屋着に着替えていたが、それよりも髪の毛をタオルで包んでいる。

 どう見てもお風呂上がりだった。

「きみたちもさっさとお風呂を使わせてもらいなさい。一度に二人は入れる大きさだよ。効率的にいこう」

 まったく自然にそんなことを言われたが、誰も返事をしなかった。

 どういう流れになれば到着早々、お風呂に入ることができるのか、その脈絡がわかる人間はいなかった。そして理解する必要もないと気づき、お風呂に入る順番のじゃんけんが始まった。

 私がお風呂に入る順番は幅沢先輩、加賀原先輩、山崎先輩の次だった。

 お風呂から戻ってきた幅沢先輩が早々に布団に入り、加賀原先輩も布団に直行した。

 山崎先輩の入浴中、幸坂先輩が縁側のようなところで自分の荷物から取り出したラップトップ型端末で無線でネットに繋げようとしていたけれど、全くどことも繋がらないと呻いていた。

 私も横からそれを眺めていたが、かなり山奥だから電波が飛んでいない可能性は十二分にある。

 しかし今時、ネットなしで生活など可能だろうか。

 そこへふらっとハチがやってきた。ハチも部屋着に着替えている。彼は客間ではなく自分の部屋で過ごすようだ。

 ちょっとずるいというか、インチキだ。しかしその辺は帰省と合宿を一緒にした藤吉先生の失敗かもしれない。

 合宿って、普通、一緒の空間で生活するものではないだろうか。それは私が妄想しすぎだろうか。いや、別にハチと同じ空間に特別にいたいわけでもないのだが。

「ネットに繋がらないんだけど」

 幸坂先輩が端末を指差しながら言うと、ハチが答える。

「この辺は電波が悪いですから、ちょっと場所を移れば繋がりますよ。電波は飛んでいることには飛んでいるんです」

 大昔のラジオだね、とため息を吐いた幸坂先輩が諦めて端末を畳み、疲れた笑みを浮かべる。

「すごいところに住んでいるね、きみの家族は」

「まだ序の口です、まだまだ驚くと思いますよ」ハチは困った顔をしている。「でも明日からはもう少しまとも歓迎できると思いますから」

 楽しみにしているよ、と幸坂先輩が答える。

 私は気になっていることを確認した。

「ハチのご両親はもう休まれているんでしょ? 迷惑をかけて申し訳ないな、と思うだけど、大丈夫?」

「母屋は離れているから、気にしないでいい。それに両親の片方は留守らしい」

 母屋があるのか。てっきりここが母屋だと思っていた。

 それと、両親の片方が留守? こんな時間に留守とは、どういうことだろう。

 何が起こっても驚かない、というより驚けない精神状態だったので、私はその話題をこの時は聞き流した。

 さっさとお風呂に入って、眠りたい。そんなことのほうが優先順位は高い。

 さすがに、疲れた。





(続く)

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