82 提案
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魔法技専は本当の夏休み期間に突入した。
それでも敷地内から生徒の姿が完全に消えることはない。
夏休み明けすぐに第二期の模擬戦が始まるからだ。
夏休みはいわばそのための準備期間と解釈されて、むしろ授業や講義で時間を奪われない分、生徒は自由に自分の勉強や研究に打ち込める。
私も帰省などはせずに、第十六グループの実習室にいることが多かった。
夏休みの課題として、試作魔法杖の設計を行う、というものが出されていた。
これは管理者候補生が主体となってこなす課題だけれど、管理者候補生だけでは不可能なので、大抵は探求者候補生と組んで課題をこなす。
探求者候補生の方にも同様の課題が出ているようだ。
この課題は連名での提出となるということでもある。自分の成績だけに影響するわけではないので、軽くない責任が生じる。
どこのグループにも所属せずチームを組んでいない生徒はどうするのか、と思ったが、どうやら教官の側から最低限の情報が提供され、それをもとに課題をこなすらしい。
私は自然、幅沢先輩と組むことになる。
試作魔法杖の設計に関する課題は、課題としてこの場だけのもので済ますものはなく、今後、実際に製作し、行使者候補生が使用する試作魔法杖とする意味合いも含まれている。
なので、幅沢先輩は絶対に関与するし、試作魔法杖の試験を行う形でハチも関与する。もっとも、ハチの出番は少し先だ。
私と幅沢先輩は実習室のローテーブルにコピー用紙と様々な色のペンと用意して、それを挟んでソファに座って向かい合って議論していた。
二人の手がペンを次々と持ち替え、コピー用紙の上をペン先が走る。しばらくするとごちゃごちゃするので、別のコピー用紙に交換される。
私服姿の山崎先輩はソファの定位置を私に奪われた形で、何故か畳に寝転がっていた。
とても綺麗な畳とは言えないけれど、床に寝るよりはマシ、という判断だろうか。
幸坂先輩はといえば、いつもの製図台にいつも通りの姿勢で向かっている。
真夏の気温はガラスに遮断され、室内はエアコンでちょうどいい涼しさと湿度になっていた。それでも窓から差し込む日差しは紛れもない熱を帯びている。
「ここがネックだ」赤いペンを手にして、それで幅沢先輩はコピー用紙に描かれた小さな文様の一部を丸で囲む。「きっと身体機能の向上と感覚の鋭敏化の間で機能衝突が起こるはず。もう少し形を整えないと」
そうですか、と答える私は少し落胆しつつ、次のコピー用意して、元からある紙に重ねて素早く文様を写し取っていく。指摘された部分は写さない。
すぐに終わり、元の紙は適当に床に落とした。
青いペンを手に、新しい紙の文様の空白の部分を整えようとしたけれど、アイディアが浮かばない。
私はしばらくペンを泳がしてから、放り出し、幅沢先輩に断ってラップトップ型の端末を膝の上に移動させた。
校内ネットから資料に端から当たって、最適な魔力回路の組み立て方を探す。
その間に幅沢先輩はコーヒーを用意しに席を立った。私のマグカップも持って行ってくれたので、お礼を言っておく。
今、私がしている苦労も、幸坂先輩ならすぐに解決するんだろうな、と思うと歯がゆいものがある。
自分の知識のなさが悔しいし、幸坂先輩が手助けしてくれないのが焦れったい。
でも、ここで幸坂先輩に頼るのは私自身の経験や学習を無しにしてしまうことなので、ぐっと我慢する。
戻ってきた幅沢先輩が「少し休憩しよう」と言ってくれた。
端末を脇にどけて何度も瞬いてから、両手を上に抜けて伸びをした。そこへマグカップが差し出されたので、もう一度、お礼を言って受け取った。
実習室では、夏場でも暖かいコーヒーを飲むのが当たり前になっている。
「まだ時間はあるし、焦る必要はない」
幅沢先輩の言葉に、ですね、と答えておくが、内心ではさほど落ち着いてもいない私だった。
「でも、先輩の方でも課題があるんじゃないですか? 他の課題をこなす時間がなくなっちゃうんじゃ?」
「私にも課題はあるけど、そちらはどうとでもなる。気にしないで。それより、八角くんの原回路は調べてる?」
「装置で魔力回路をスキャンした結果を念入りに確認してますけど、まだよくわからないです」
正直に打ち明けるものの、やや愚痴っぽい口調になってしまった。それでも続ける。
「どういう魔力回路があれば、自分の周囲の魔力放射を詳細に制御できるかが分かりませんし、そもそも原回路を一般的な魔力回路と同じように探そうとするのが、間違いかもしれません。ただ、私が作った魔力回路が原因とも思えないんですよね。確かに一部分が変に焼きついて本来とは違う経路が想定外に形成されているんですけど、そこは関係なさそうです」
私がいっぺんにしゃべるのを最後まで聞いて、コーヒーを一口飲んでから幅沢先輩が意見する。
「原回路は毛細血管みたいなもの、という都市伝説もある」
「ああ、それですか。都市伝説というか、三十年くらい前の古い論文ですね。反証不可能で否定されたせいで、都市伝説になっちゃった奴です」
「なんだ、知っていたか」
「比較的早い段階で検索にヒットしました。毛細血管が形成される過程で、偶然に魔力回路を形成されて、それが起点に特異な能力を発現させる、という説でしたね。都市伝説に過ぎませんけど、そういう都市伝説を信じたくもなりますね。原回路の理屈の解明は、まったく手がかりがないですから」
「時間をかけましょう。あと一ヶ月はある。意外に原回路を研究している学者の論文は多いし」
そうですね、と私もコーヒーを一口飲んだ。
しばらくして扉がノックされてドアノブがガチャガチャと捻られる音がした。
その時には私と幅沢先輩は改めて作業に戻ろうとしたところだった。はいはい、と私が席を立ってドアを開ける。
そこにいたのは藤吉先生だった。今日は現実ではほとんど見たことがない真っ白いワンピースを着ていた。麦わら帽子もかぶっている。
創作の中から抜け出してきた、バカンスへ行くお嬢様、というような装いだが現実ではやや奇妙だ。
部屋に入りながら麦わら帽子を取った藤吉先生が、それで自分を扇ぎながら言う。お嬢様らしくない動作に違和感しかないが、本人は気にしていない。
「暑いねぇ。外にいると溶けちゃいそうだよ。ほら、潤ちゃん、差し入れだよ」
畳に伸びていた山崎先輩が起き上がり、近づいてくる。そこへ藤吉先生が手に提げていたビニール袋を投げて渡す。
「わらび餅だよ。みんなの分は残しておいてね」
どうも、と実に軽い調子で応じた山崎先輩はその場で袋を漁り、四パックだけをローテーブルに雑に置くと、残りを抱えて畳へ戻って行った。
大胆にあぐらをかくと早速、嬉しそうにまず一つ目のパックを開封し始めた。
「幸坂くん、夏休みに何かする予定はある?」
ソファに座った藤吉先生が製図台の方に声をかける。幸坂先輩は椅子を回して向き直った。
「何もする予定はないですね。普段通りです」
「夏休みといえば、合宿だと思うけど、どう思う?」
「合宿、ですか……?」
不審そうに幸坂先輩が眉をひそめる。私と幅沢先輩はわらび餅を食べながら、二人の様子を見守る形だった。山崎先輩に至ってはわらび餅しか見ていなかった。話を聞いている様子は微塵もなく、一心不乱に食べている。
そうそう、と藤吉先生が何でもないように幸坂先輩に頷く。
「みんなでどこかにこもって、親睦を深める奴」
「それはちょっと合宿とは違うのではないですか?」
律儀に幸坂先輩が指摘するのに、解釈の問題でしょう、と藤吉先生は取り合わなかった。
「どこか行きたいところはあるかな、学生諸君。この藤吉先生が連れて行ってあげましょう」
行きたい場所か。
私はわらび餅に取り掛かりながら、少し考えた。
海、ではダメだろうか。山の方がいいのか。しかし山ってどこだ?
いや、遊びに行くのではないのか? いやいや、遊びみたいなものじゃないのか?
誰も答えないところに、ドアのロックが開く音の後、男子生徒が入ってきた。
変なロゴのTシャツにハーフパンツというラフな服装をしているが、ハチだった。夏休みでも制服を着ている私や幅沢先輩の方が少数派だろうか。
「ちょうどいいところに来たね、ハチ」
藤吉先生の言葉に目を白黒させた鉢だったが、いつものことと飲み込んだのか、すぐに立ち直った。
「アイスクリーム、冷凍庫に入れておきますね」
半ば藤吉先生を無視する形で冷蔵庫の方へ向かっていき、手に提げていたビニール袋の中身を入れ始める。その背中に、藤吉先生の声が飛ぶ。
「ハチ、夏休みに何か予定がある?」
「予定ですか」まだ冷蔵庫をゴソゴソと整理しつつ、ハチが応じた。「実家に少し帰る予定です」
あらら、と藤吉先生が声にする。落胆そのものの様子にハチが振り返って首を傾げる。
「なんですか? 夏休み何かあるんですか?」
「みんなで合宿でもしようと話し合っていたんだよ、ちょうど今ね」
藤吉先生が若干、事実を改変した気がするが、誰も訂正しなかった。話し合った事実はないし、合宿をしようと藤吉先生が一方的に言っただけだ。
「それなら俺が少し日程を調整しますよ。いつ頃ですか、その合宿って」
意外にハチが乗り気な発言をしたので、さすがに私も雲行きの悪さを感じた。
合宿自体に嫌なイメージはないから、この不安は別のところから来るのだ。
しかし、いったいどこから……?
「乗り気なのはいいことだよ、ハチ。どこに行きたい?」
私の目にはハチよりも藤吉先生の方が乗り気に見えた。先輩たちにもそう見えたはずだが、この時も誰もツッコまなかった。あるいは全員が藤吉先生の自由さを黙認する選択をすることで、面倒を避けたかったのかもしれない。
ハチは呑気に藤吉先生の質問に回答していた。
「実家は山の中なので、海が見たいですね。生まれてからこのかた、本物の海を実際に見たことないんですよねぇ」
「海かぁ……」
そう呟くと、藤吉先生が何かを考え始めた。
思案顔の藤吉先生に、私の中の正体不明の不安が何故か膨らみ始めた。
それも加速度的にだ。
「よし!」
短い言葉の後、藤吉先生ははっきり頷き、全員に聞こえる声で言った。
「合宿先を決めました。山です」
えぇー、とハチが珍しく大きめの声にしたが、藤吉先生は「山といったら山」と譲らなかった。
山か。
しかし、合宿って何をするんだろう?
嫌な予感が確信に変わったような気がしたけど、何故だろう。
そんな私の感覚を吹き飛ばすように、藤吉先生が全く別のことを言った。
「本当に伝えることを言うのを忘れるところだったよ。ハチが模擬戦で怪我をさせた行使者候補生、面会が可能になったから、できるだけ早く謝りに行きなさいね」
(続く)




