76 指摘
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魔法技専の教官や教師は、授業が講義がない時、どこにいるかわかりづらいものだ。
教員棟と呼ばれる建物はあるにはあるが、別に研究棟という建物もあり、おおよそはどちらかにいるものの、留守のことも多いと聞く。
俺は試験もあとレポートを一本提出すれば終わりという日、昼過ぎに研究棟を訪ねていた。
研究棟は八階建てと魔法技専にある建物では高い方だ。やけに細い棟で、棒という印象を受ける。
一階から教官の研究室が並ぶ構造だが、その構造上、廊下には窓が極端に少なく人工的な明かりがすべてだ。窓に面しているのは研究室である。
藤吉先生の研究室は六階にあった。
エレベータで上がっていくわけだけど、どうにも落ち着かない。初めての場所だし、向かう先が向かう先だ。何が待ち構えているのだろう。
それぞれの教官たちの研究室のある階の高い低いは何が作用して決まっているのか、そんなことを現実逃避的に想像しているうちにエレベータは止まった。
扉が開くとそこは一階と大差ない空間だった。
無機質な廊下を進みながら、扉の横のプレートを見ていく。そこに教官の名前がプリントされていて、この空間での最低限の個性にして、唯一の個性だ。
どうも魔法技専にはこの手の温かみに欠ける建物が多い気がする。効率主義とか合理主義とも違う。食堂の二階にあるラウンジなどはいかにも明るく、どことなく近未来的なのに、一方で前時代的な建物が残されているというか、ちぐはぐなのだ。
そんな現実逃避へ乗り換えて思考遊びをしているうちに目当ての扉を発見した。
なんとなく居住まいを正してドアをノックしてみた。どうぞ、という声が聞こえた。
「失礼します」
恐る恐るドアを開けてみて、ちょっと拍子抜けした。
もっと雑然としているかと思ったけど、綺麗に整えられている。
書棚が壁を隠しているけれど、几帳面に書籍が並んでいた。床も綺麗だし、テーブルには白いテーブルクロスが敷いてあった。その中央には一輪挿しさえある。
いかにも高級そうなデザインの木製の椅子は、磨き抜かれているようにピカピカだ。
「ハチ、やっと来たね」
部屋の主、藤吉先生は部屋の奥で椅子に座ってこちらを見ている。
振り向いたところのようで、藤吉先生の向こうには大きなデスクが見え、その上には端末が設置されていた。ディスプレイはスリープモードになったようで黒かった。
「歓迎も何もないけど、ま、座って」
はい、と思わず答える俺に、リラックス、と藤吉先生はからかうように声をかけた。
部屋の隅の冷蔵庫からペットボトルを取り出した藤吉先生が俺の向かいの席に着く。椅子は四脚あって、どれも使い込まれているけれど、傷んではいない。ここだけ見ると研究室というよりどこかの喫茶店のようである。
「普通のコーラだけど、どうぞ」
ありがとうございます、とコーラのペットボトルを受け取りながら、確認してみた。
「もっと機材とか、端末とかがたくさんあると思っていました」
「それはちょっと空想が走りすぎだね。管理者が必要とする機材はこの部屋には大抵、収まらないサイズだよ。それに個人所有も難しい。超高額だしね」
「そうなんですか。じゃあ、そういうものはどうするんですか?」
「学校の備品を借りる。他にやりようがない。だから魔法技研が就職先としてみんなの憧れなわけだね。あそこには古いのから最新のものまで、ありとあらゆる機材が揃っている。そもそもの装置の開発さえも魔法技研は行っているし、夢があるよねぇ」
ははあ、などとわかったようなことを咄嗟に口走っていたが、そんな俺に藤吉先生は楽しそうな顔をしている。
ここまででも話題が本題から脱線していたが、藤吉先生はさらに脱線させた。
「ハチは進路はどうするつもり?」
「進路ですか。まだ考えてませんけど、自衛隊じゃないですかね」
「お、実戦派だね。行使者候補生の進路としては実にオーソドックス」
「学生の間に何かあれば、変えるかもしれません」
そんな言い訳を用意しつつ、内心では、事故を起こした行使者候補生を自衛隊が採用するかどうか、怪しいものだとも思っていた。
「一年生に進路相談の話があって呼び出した、ということですか?」
こちらから会話を本筋に向かわせようとすると、藤吉先生はニコニコと話し始めたけれど、俺にはそれが本筋かはわからなかった。
「この前の潤ちゃんとのスパーリングはどういう手応えだった?」
「山崎先輩とのスパーリングですか……?」
「そうそう。一方的だったけど、本人はどう思っている?」
その話題のために俺を呼び出した、ということなのだろうか。
しかし、藤吉先生は武闘派ではないし、実技の教官でもない。それとも俺が知らないだけで、何かの経験者だろうか。改めて、椅子に座っている様子を見てみても、とても経験者には見えない。
「山崎先輩は強いな、と思いました」
正直に言葉にしたけれど、どうしてそんなことを聞いたのか、という疑問が滲んでしまった。それを汲み取れない藤吉先生ではないはずだった。
ただ、返ってくる言葉は俺の内心に気づかないようだった。
「素直だね。他に何か、感じたことはある?」
「感じたことですか……」少し記憶を検証する。「山崎先輩は速くて、力も強かった。あれで魔力回路を稼働させていないとは信じられません」
「実は十パーセントくらいは起動していたかもね」
「え! そうか、そうなんだ……」
俺が納得しかけたのを、嘘、嘘、と藤吉先生が笑いながら首を振った。
「嘘だよ。潤ちゃんはあれが普通。もともとかなり鍛えていたし、格闘技の訓練も十分に積んでいる。潤ちゃんからすればハチは雑な動きをする上に、力が弱すぎて頼りなく感じたんじゃないかな。踏みつけも本気じゃなかったしね」
「そ、そうですか」
あれで手を抜かれていたのか。
「でも最後のきみの蹴りは良かったかもね。当たることには当たったし」
「まったく通じなかったですけど」
冗談を言われていると思ったので、ちょっと自虐的に返してみると、藤吉先生が笑いながらこちらの顔を覗き込む。
「どうして通じなかったと思う?」
「どうしてって……、力不足じゃないですか?」
「力不足って、どういうこと? きみはあの時、手を抜いたの?」
答えられなかった。
俺は単純に、自分の膂力が弱いと思っていた。打撃力が弱すぎて防がれたと解釈していた。
そうじゃないのか?
どうやらこれが藤吉先生が俺を呼び出した理由のようだったけれど、藤吉先生が何を知っているのか、俺の頭では想像できない。
「手は抜いていませんけど……」
喘ぐように答える。
「あの蹴りは渾身の力だったんじゃない?」
「それは、まあ……」
「潤ちゃんは防いだ。つまり直撃すればまずいと思った。でも潤ちゃんは余裕で受け止めた。さて、何がおかしい?」
何が、と言われても……。
俺が考えているうちに、藤吉先生は自分の分のコーラのペットボトルを開封し、直接に口をつけて飲み始めた。
うーん。
「きみ」
ペットボトルをテーブルに置いた藤吉先生が何故か声を潜めるようにして言う。
「スパーリングの後、手足が震えてなかった?」
まじまじと目の前にいる教官を見てしまった。
気づいていたのか。誰も気づいていないと思っていた。
「私の目は誤魔化せないぞ。ま、潤ちゃんは気付いただろうけど」
「そうですか……、みっともないですよね」
そうかなぁ、と藤吉先生は笑っている。
「みっともない、とは少し違うかな。もっと素朴な問題だと思うよ」
「素朴な問題、ですか? 俺が恐怖に囚われた以外に、何か理由があるってことですか?」
そうかも、と言っておきながら、またコーラを飲み始めてしまった藤吉先生の次の言葉を、俺はとりあえず待ち構えた。
ペットボトルと置いた藤吉先生は一度、頷く。
「理由はあると思うね」
「どんな理由ですか」
簡単なことだよ、と藤吉先生は言う。
「怯えだよ」
怯え……?
(続く)




