72 誘い
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パクパクというよりずるずると藤吉先生はピザを吸うように食べていく。
かなり独特の食べ方で、あまりお行儀は良くない。
ピザをすする藤吉先生の視線が幅沢先輩に向いた。
「あなたが幅沢真理子ちゃん? 第十六グループに入ったの?」
突然の展開だったはずなのに、幅沢先輩は動揺したそぶりを見せなかった。むしろこれまで以上に冷静な様子で、淡々と言葉を返した。
「私の意思ですが、なんでも藤吉先生が私の名前を挙げてくださったと聞いています」
「あらら、そうなの? 聞いているのね。そのことは外では黙っていてね。他の教官から突き上げを食らいたくないし」
ピザを飲み込み、次のピースを取ろうとするのを山崎先輩が邪魔をしたが、どういう魔法か、次の瞬間に藤吉先生の手にピザがあった。
その上で平然と話を続行する。
「でもねぇ、幅沢ちゃん、もし本当は私が名前を挙げてなかったら、どうする?」
「先生以外に誰がいるんです? 私の名前を知っていた生徒はこの場にいないと思いますけど?」
それがね、と藤吉先生がちょっと口角を持ち上げる。ピザソースがちょっとだけ口元に付着していた。
「加賀原くんがきみのことを知っていた節がある」
この不意打ちには五人が五人、まるで違う反応を示した。
俺は何のことかわからなかっただけだけれど、他の四人はそれぞれに何かを察したようだった。
特に幅沢先輩の驚きは初めて見る表情にはっきり見て取れた。目を見開き、口元を手で隠しているのだから、相当な驚きだったのだろう。
幸坂先輩と山崎先輩は、やはり驚いてはいるが、何かを確認したい表情で藤吉先生を見つめていた。
満月はといえば、何かに納得したような顔に変わっている。
「それは本当ですか、藤吉先生?」
そう幅沢先輩に問いかけられた藤吉先生は、秘密だよ、と片目をつむり、ずるりとピザを吸い取るようにして口に入れた。
「連絡先を知りたいのですけど、どなたか、教えていただけますか」
とっさに口から出たらしい幅沢先輩の言葉に、山崎先輩はもちろん、幸坂先輩も露骨に顔を背けた。
幅沢さんに視線を向けられた満月は首を横に振った。知らないのだろう。
「ケチケチしてないで、教えてあげなよ、二人とも。加賀原くんも有能な探求者候補生とは関わりたいでしょう」
「あいつの不機嫌の矛先は私と葉太に向くじゃないですか」山崎先輩が嘆かわしげに言う。「あいつの偏屈さは知っているでしょう。下手に揉めたくない」
それで引き下がる藤吉先生でもない。
「そこは信頼関係って奴を担保にして、実行あるのみだよ。ほら、携帯端末を出しなさい」
結局、山崎先輩がため息を吐き、幸坂先輩は天を仰ぎ、最終的には加賀原先輩の連絡先が幅沢先輩はもちろん、満月にも俺にも伝えられた。
俺からすれば特別に連絡を取る理由もないけれど、知っていても問題はない。
ただし、さっきまでの様子を見ると下手に連絡を取るのはまずそうだった。忘れないようにしよう。
「話も一区切りになったところで、ハチ」
急に話題を向けられて、ピザを取ろうと手を伸ばしていた俺は勢いよく顔を上げる。
その隙を突くように片手でピザを掠め取った女性教官は、ニコニコと笑って空いている方の手で俺を指差した。
「あなた、また模擬戦に出るつもりでいる?」
妙な問いかけだったけれど、室内が俺の返答に集中している空気に満たされたので、返答に詰まりそうになった。
少し考えて、特に答えにくい質問でもないと判断した。
「それは、魔力回路が安全になれば、出ますよ」
「出られると思う?」
「出られると思うか、って、それは、出られるはずですけど、何か出られなくなる理由があるのですか? 規則とか、ありましたっけ?」
ずるりとピザの口に入れ、聞き取りづらい声が代わりに出てくる。
「罰則はあるけど、私が知る限り、今回の一件でハチは罰則の対象にはならなかったね。その辺は馬場くんは全部の罰を引き受けてくれたんでしょう。本人の意思がどうだったかは知らないけど」
やっぱり変な空気になってしまったので、俺としては話題を先に進めるしかない。
「模擬戦に出てもいいなら、出ますよ。魔力回路と魔法杖が整えば、問題ないはずです。体は調整が必要ですけど次の模擬戦までは二ヶ月と少しの時間がありますから、体は作れることには作れると思います」
第二期の模擬戦は九月に行われる。まだ先だし、時間的余裕はある。
俺の言葉に、目を細めてから藤吉先生が笑みを深くする。ちょっと不気味だ。
「ちょっとハチの体がどういう状態か、様子を見てみようか。この場には優秀な行使者候補生もいるし、管理者候補生も二人いて、ついでに私もいる」
数に含まれなかった幅沢先輩が少し眉間にしわを寄せたが、それ以上に山崎先輩と幸坂先輩の戸惑いの方が大きかった。
「先生、何を言っているんですか? 私に何をしろと?」
「ちょっとハチと殴り合ってみなよ、潤ちゃん。あ、実習室は壊しちゃ駄目だし、念のために魔力回路の機能をオフにする装置を使って。それでもきみたち行使者候補生の馬鹿力は冗談にならないほどだけど」
ですから、と山崎先輩が食い下がった。
「殴り合いって、スパーリングってことですか? なんで今、ここでやらなくちゃけないんですか?」
「問題を先送りにしたくないから」
至極単純な藤吉先生の口にした言葉に、どれほどの意味があったのか、ぐっと山崎先輩は言葉を飲んだようだった。
問題を先送りにするとはどういう意味か、俺は満月の意見を聞こうとしたが、満月も理解できていないようだった。
黙っている幸坂先輩の顔を伺うと、先輩は何故か俺を見ていたので視線がぶつかった。
先輩の視線がどういう視線か、わからないままに視線を受け止める俺に何を見たのか、幸坂先輩がすっと立ち上がる。
「装置は用意しましょう。でも先生、何かあったらどうするんですか?」
「何も起こらないって。何かあっても、教官の権限で揉み消してあげる。さすがに実習棟が露骨に壊れるとまずいから、その辺は加減してやって」
二人の間で話が進んでしまうが、何故か山崎先輩も立ち上がった。
その時には幸坂先輩は部屋の隅にあった棚の中から、リストバンドのようなものを四つ、持ってきている。
それがふたつ一組でまず山崎先輩に渡され、残りの一組が俺の前に突き出された。
「これを両手首に巻くと魔力回路の機能が制限される。魔力回路はほぼ使えないと言っていい状態になる」
「えっと……?」
俺はまだ状況が飲み込めていなかった。
「俺は何をするんですか? スパーリングですか? ここで? しかも山崎先輩を相手にですか?」
他にいないでしょう、とすでに畳の上に靴も靴下も脱いで上がった山崎先輩が言う。
「あなたと渡り合えるのは私だけだけど、まぁ、渡り合うというか、あなたを殴り倒せるのが私しかいない、ってことかな。さっさと来なさい。私は腹が中途半端に満ちていて機嫌が悪い」
どういう理由だよ……。
仕方なく俺も靴を脱いで畳の上に上がった。当然、受け取った魔力回路を制限するリストバンドも両手首に巻いた。
魔力回路が機能しないというけれど、体に何か影響があるようではない。もっとも、俺の魔力回路はまだ不完全で起動できないし、、大前提として今のままでの稼働は許可されていないのだが。
もし何かの拍子に魔力回路が稼働してしまったら、責任は誰が取るのか。
それは、他でもない俺か。
何があっても決して魔力回路に頼らないようにしよう。それがまず第一だ。
仮に藤吉先生がごまかして事実を隠してくれるとしても、それは関係ない。
そういう俺の心理、自制心、忍耐力を調べるためのスパーリングかもしれない。
「それじゃ、軽い怪我で済む程度でやってみて。終わりにするタイミングはこちらで合図するから」
まったく気楽な藤吉先生の言葉に、俺は思わず声をあげていた。
「このままヘッドギアもなければ、グローブも無しでやるんですか?」
「えぇー、大丈夫でしょ?」
大丈夫なわけあるか。
俺が反論する前に、藤吉先生は無情に「はじめー」と声にした。
山崎先輩が一瞬だけ構えを取り、次には畳を蹴っていた。
(続く)




