71 顔合わせ
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試験期間もおおよそ終わろうというところで、第十六グループの実習室に集合というメッセージが届いた。文面には「召集」という表現がされていた。
メッセージの送信主は満月である。送信先が公開されていたので、山崎先輩と幸坂先輩、加賀原先輩にまで同一の内容が送られているとわかる。
というか、さすがにそろそろグループチャットに全員が登録されたグループを作るべきだ。
俺は何の集まりがあるのか確認したが、ちょっとした集会、という要領を得ない返事が来た。
まぁ、俺に残されている試験は二つの授業の筆記と実技の授業の試験だけだ。余裕はあるにはある。
右腕の薄手の固定具はすでに取り払われているし、動きも問題ないものの、長い時間を動かさずにいたので明らかに筋力が落ちていた。
トレーニングで筋力や繊細な感覚は取り戻せるだろうけど、すぐには難しいところだ。実技の試験は半ば諦めている俺だった。
ともかく、指定された日の昼間、ちょうどお昼休みにあたる時間に俺は第十六グループの実習室へ行った。
何か食べ物を持っていけばいいだろうと安直に考え、ピザを三枚ほど用意して持って行った。量がありそうに見えても、山崎先輩を前にすればこれでも少ない方だ。
実習室に入ると、すでに山崎先輩はソファに寝そべり、幸坂先輩は製図台に向かっている。山崎先輩が挨拶代わりに雑に手を振り、それは? と俺の抱えている箱を指差して問いかけてくる。
「ピザですよ。あれ? これから集まりがあるんですよね?」
「食事会とは聞いていないけど?」
製図台から視線を俺に移した幸坂先輩がそう言ったことで、俺は自分の勘違いに気づいた。食事会ではなかったのか。
「まあまあ、食べ物はあるに越したことはない。ちょうど小腹が空いていたからピザの二、三枚はちょうどいい」
言いながら山崎先輩が起き上がる。
ピザは俺の昼食でもあるのだけれど。
しかし今更、隠すこともできずに仕方なく俺はローテーブルにピザの箱を置き、自分のコーヒーを用意しに行った。
「で、今日は何の集まりなの?」
ソファへ戻った時には、すでに山崎先輩はピザの一箱目を開封して食べ始めていた。もごもごと顎を動かしながら、問いを続ける。
「私は何も聞いていないけど、ハチは聞いているの?」
「聞いてません。でも、山崎先輩も幸坂先輩もメッセージを見てここに来たんですよね?」
「ここに来たというより、私は他に行く場所がなかっただけ。葉太は?」
「僕も同じだよ。どうやら、僕と潤が逃げないだろうと踏んで、石森さんはここを選んだんじゃないかな。織り込み済みって奴だね」
逃げたいなぁ、とぼやきながら山崎先輩はピザをモリモリ食べている。食ってから逃げよう、ということかもしれない。
幸坂先輩もソファへやってきて、しばらく三人で話しながらピザを食べた。
「ハチくんの魔力回路のチェックは終わったんだって?」
「ええ、昨日の夕方、管理課から通知が来ました。けど、現状のままでは再稼働は禁止で、改善処置を記録したデータを管理課に提出した上で、改善処置が有効だと認められたら本当に再稼働が許可されるようです」
「僕たちもそういう段階を踏んだよ。ね、潤」
「あれは面倒だった。最後は意地で許可させたけれど、とにかく手続きが面倒だった思い出しかない」
「きみよりも僕や悠理が苦労したのを忘れたの? 魔力回路を改善処置するための新規の設計も細かな施術も、とにかく繊細でややこしくて、僕は二度とやりたくないな」
そうこうしているうちにピザの二箱目が空になった。
「山崎先輩が魔力回路を再稼働可能な状態に改善したのは、やっぱり進路のためですか?」
「うーん、あの頃は何かもったいないような気がしたけど、今になってみれば、あの時に魔力回路を全部無効化しておけば、一般人に戻れたかもね」
「潤、僕たちに苦労を強いたのは、紛れもなく君だった気がしたけど?」
「え? そんなこと、あった?」
「三人で一晩中相談した結果の結論だったじゃないか。忘れたのか? あの青春のエキスが濃すぎるほど濃い時間を」
「忘れた。きっと、その濃縮還元された青春とやらが苦痛だったんだと思う。人間、嫌な思い出ほど早く忘れるものだし」
「俺は嫌なことの方こそ覚えてますよ」
「僕もそうだな」
「二人とも、根暗だね。私は違う」
まったく意味のないような会話はドアのロックが外れたことで、中断した。
三人が眺める前で、ドアが開いて二人の女子生徒が入ってきた。
一人は満月、もう一人は誰か知らない生徒、と思ったが、思い出した。つい先日、食堂で俺に絡んできた上級生らしい女子生徒だ。
満月の知り合いだったのか?
満月が俺たちを見て、隣にいる女子生徒を身振りで示した。
「あの、三人に紹介します。こちら、三年生の幅沢真理子さん。探求者候補生で、第十六グループに加入してくれるそうです」
よろしくお願いします、と幅沢真理子先輩が小さく頭を下げる。
「幅沢真理子です、よろしくお願いします」
山崎先輩と幸坂先輩は顔を見合わせ、視線でお互いに自己紹介の順番を譲り合ったようだった。結局、俺が真っ先に名乗った。
「八角八一郎です。その、俺を担当する探求者候補生になってもらえる、ってことですよね?」
「ええ、そうなると思う。よろしく、八角さん」
幅沢先輩の声は落ち着いているというより、感情が欠落している。それも今だけとしておこう。
「ハチって呼んでください。その方が楽なので」
わかりました、と幅沢先輩が律儀に頷く。感情に乏しいのは嫌がられているから、というわけでもないらしい。
先日の食堂の場面は、第十六グループに入って俺を担当することを念頭に、俺がどういう人間か、確認したんだろうか。もしそうなら念が入っているというか、用心深い人物である。
それから山崎先輩と幸坂先輩が自己紹介したのだけれど、二人があまり抵抗しないのは、幅沢先輩の経歴を認めているせいか。
俺や満月のような新入生と扱いが違うのも納得できる。
そのあと、幅沢先輩は妙なことを言った。
「加賀原先輩はここには来ないのですか? それともこれからですか?」
ちらっと山崎先輩が満月を見たが、満月は挑戦的なことに顎をしゃくって見せた。山崎先輩にこんな態度を取る下級生そうはそうそういないだろう。
忌々しげに舌打ちしてから、山崎先輩は「その件は責任者から」と口にして、回答を幸坂先輩に丸投げした。
僕? と味方に背後から撃たれた形の幸坂先輩が呻くが、幅沢先輩は幸坂先輩をじっと見据えて答えを待っている。
表情らしい表情がないので、変に威圧的だった。
「悠理は、きっと今も図書館の地下じゃないかな」
事情を知らないと言い逃れにしか聞こえない返答に、幅沢先輩は平然と質問を返す。
「試験期間だからですか?」
「いいや、そのなんて言えばいいのか、彼はいつも図書館の地下にいる」
「資料室にってことですか?」
「うーん、それよりさらに地下というかね。閉架の書籍を読み漁っている」
幅沢先輩が普通じゃないと気づかされたのは、幸坂先輩の話した内容をどう解釈したのか、妙に感心した様子で、
「やっぱり天才は違いますね」
と、口にしたことだ。
どういう解読の仕方をすれば加賀原先輩が天才という答えが出るのだろう。
普通に考えれば変人か奇人というところだ。
ま、いいか。
変人が多いことはどこか、もう受け入れている、
「で、石森さんの提案した今回の集まりは、幅沢さんの顔見せってこと?」
少し疲れた様子の幸坂先輩の確認に、そうです、と満月が頷く。
食事会じゃなかったのか、という雰囲気を山崎先輩が露骨に発散させ始めた。タダで飯が食えるのが何よりも好きな人なのである。
憂さ晴らしでもないだろうが、山崎先輩は最後まで残っていた三枚目のピザの箱を開封し始めた。
そこへ満月が「ピザでも食べていってください」と幅沢先輩に促したので、一瞬、山崎先輩が幅沢先輩をすごい目で睨みつけた。
サングラスがなければ、幅沢先輩の心臓が止まったかもしれない。
ただ、山崎先輩もピザを完全にガメることはできなかった。
そこで唐突にインターホンが鳴ったからだ。自然な動作で満月がドアに歩み寄って、開けた。
「お、みんな揃っているね。ちゃんと試験勉強はしているのかなぁ?」
陽気な口調で言いながらステップを踏むように入ってきたのは、藤吉先生だった。
全員が胡乱げな表情で藤吉先生を見たけど、当の藤吉先生には気にならないようだ。
「お、ピザがあるじゃん。ちょっと私にも分けて」
言いながらソファの空いているところへ腰を下ろし、藤吉先生は素早くピザに手を伸ばしていた。
山崎先輩と幸坂先輩はもちろん、幅沢先輩も満月も、状況がわからないという顔だった。俺だってわからない。
藤吉先生は美味そうにピザを食べ始めた。
新しくグループに入る生徒がいる場面で、顧問がこんな態度をとって良いのだろうか?
ま、別にいいか……。
いろいろと俺は考えすぎているのかもしれない。
(続く)




