69 詰問
◆
食堂はやっぱり混み合っていた。ちょうど夕飯時を少し過ぎても、ここはいつも混んでいる。
えーっと、と私は食堂に入ったところから広い空間を見回した。あまりに広いので、すぐには全体を把握できない。
ゆっくりと踏み込んでいき、右へ左へ視線を配って目印を探す。
私の存在に気づいたそばにいる見知らぬ生徒が、睨みつけるような視線を向けてくる。
時間とともに私に対する蔑視は少なくなっていた気もしたけれど、事故の一件があってから状況は一挙に悪い方向へ変化してしまった。
誰でもない、私の不手際のせいだ。
この苦しみは私が背負うべきものであり、決して投げ出してはいけないものだ。
テーブルの間を抜けながら、キョロキョロと周囲を確認していく。
食堂で人を見つけるのも大変だ。待ち合わせの相手が何かしらの合図を送ってくれるかもしれない、とは思っていたものの、期待しすぎかもしれない。
目印として黄色いキャップをかぶっているとメッセージにはあった。
黄色いキャップはもっと目立つと思ったけど、食堂にいる生徒は意外に色彩豊かで様々な色がごちゃまぜだ。
こうなっては念入りに探すしかない。
その人物が視界に入ったのは偶然に近かった。
食堂の隅の方の席だったので、危うく見逃すところだった。
確信が持てないまま歩み寄って行くと、相手が女子生徒だとわかってくる。肩のラインがそう感じさせる。
向かいの席に回り込み、少しお腹に力を込めてはっきりと声をかけた。
「幅沢先輩ですか?」
そう問いかけるとクリームパスタをもそもそ食べていた、黄色いキャップをかぶった女子生徒が顔を上げて私を見た。
ハッとしたのは、相手の顔をどこかで見たことがあったからだ。
すぐにはいつ、どこで会ったかが思い出せない。相手は三年生だから、授業でも滅多に一緒にならないはずだ。
では、別の場所だろうか。
私の思考がめまぐるしく記憶を検索している間に、女子生徒が頷く。
頷くが、それだけで言葉はない。
私は幅沢真理子だ、という意味合いの頷きだと判断して、こちらからさらに確認する。
「今回は時間を作っていただいて、ありがとうございます。この席は、空いていますか? それとも別の場所に移動しますか?」
すっと手振りで席を示される。やはり無言だがん、座れ、ということらしい。
向かいの席に座ると、彼女がやっと口を開いた。
「食事を取ってきたら」
思いがけない言葉に、咄嗟に答えられずにいると幅沢先輩が言葉を続ける。
「私だけ食べているのは落ちつかないから」
そういうものか。
行ってきます、と断って、私は席を離れて料理を取りに行った。しっかり食べるべきか、軽いものにするか迷ったけど、どうせ夕食を食べていないし、構わないだろうと判断してタコライスに春巻きをつけてみた。
国籍が食い違ってる気がするが、ここは自由な学校、魔法技専だ。
それよりも、初対面の相手との初めての話し合いの場で食べるには、やや図々しいメニュー構成だったか。
お盆を持って席へ戻ると、幅沢先輩はすでにクリームパスタを食べ終わっていた。
うーん、自分だけ食べているのは落ち着かないと言っておきながら、相手だけが食べているのは気にならないのか。
どうもタイミングが食い違っている。
私は席に何度か座り直してから、いただきますと声にしたが、幅沢先輩は無言だ。
じっと見つめられた状態で、覚悟を決めてタコライスを食べ始めた。
うん、結構、本格的で美味しい。魔法技専の敷地に無数にある店の中には、南米料理を意識した店や東南アジアの料理を出す店もあるという山崎先輩の話を思い出す。
もう学校に入って数ヶ月が経っているのに、まだまだ知らないことが多すぎる。
しかし、ずっと食べているところを見られ続けるのは落ち着かない。
「あの、食べますか?」
春巻きの乗ったお皿をすっと押し出してみると、幅沢先輩はため息と言えるか言えないかというくらい、かすかに息を吐いた。
「あなた、そんな呑気なことでいいの?」
「呑気、ですかね?」
自覚がないみたいね、と少し幅沢先輩の声が冷ややかになった。
「誰とも接点を持たない山崎先輩や幸坂先輩に取り入って同じグループに参加した挙句、事故を起こして大問題の中心になる。何もかもが、あなたが分不相応なことをしていると示しているようだけど?」
辛辣な指摘だ。
しかし、分不相応、か。
ここで食事を中断すると負けだなと、半ば意地を張ってタコライスを食べならが私は幅沢先輩の意図を考えた。
先輩は私を試そうとしているんだろう。強い言葉を向けて、私がどんな反応を示すかを見ている?
だけど先輩は私の、優等生を装った嘘の言葉を聞きたいわけではないとわかっている。
私の正直な考え、感情を知りたいのか。
なら、余計なことを考える必要もない。
「最初から、私はわかっていたと思います」
そう言葉にすると、幅沢先輩が目元を震わせた。
「わかっていた?」
「はい。私は分不相応なところにいました。だって、私、ついこの間まで普通の中学生だったんですよ? それが物凄い天才的な才能の持ち主だなんてこと、あると思いますか? 私はそんなこと、滅多にないと思いますし、少なくとも私は天才じゃない」
「それはさぞかし」幅沢先輩は冷ややかだ。「あなたを持ち上げる周りの態度が滑稽だったでしょうね」
私は口の中のタコライスを飲み込み、一度、春巻きの乗った皿を回収して、一切れを口に放り込む。長い時間をかけて嚙み砕いで飲み込み、それから勿体つけたように答える。
「滑稽なのは、周りにいた人たちより当時の私ですよ。あの頃はひどい勘違いをしていましたから、今の私から見ると本当に滑稽そのものです」
ここまで無表情、無感情だった幅沢先輩が、確かに眼を細めた。途端に威圧感を感じるけれど、私は視線を逸らさなかった。
そういう態度には慣れている。慣れてしまった。
「当時の私は、新入生みんなに可能性があり、みんなが期待されていると思っていたかもしれません。正確には、私はまったく素人の新入生なのに歓迎されて、それが当たり前のこと、全ての新入生に共通することだと思っていた節があります。でも実際には、私は周りに勘違いされて歓迎されただけだった。過ぎてしまえは、寂しくて、悲しい気もしますけど、正当な評価をされるようになったと思えます。今の私に対する評価も、正当な評価でしょう」
「正当な評価?」表情は変わらないし身振りもないが、この時は少し幅沢先輩の声が大きくなり、鋭くなった。「不当に扱われて、白眼視され、事故を起こして疎まれて、それが本当に正当な評価だとあなたは考えているの?」
それは、と応じながら、私はタコライスをかき混ぜ、少しだけ考えた。考えて、問いかけの意味を思い描いた。
「不当じゃないんじゃないですかね」
やっと言葉にして、自分の感情を整理する。
「私の勘違いが原因で、私の態度が間違っていて、事故も私の不手際というか、未熟さから来ていて。そういう全部が自分のせいなんだから、不当な扱いを受けているわけじゃないんです」
「そんな立派なことを、本気で言っているの?」
「立派ですかね。私からすれば、突き放しているだけのことです」
「突き放す? 他人事だと思っているの?」
とんでもない、と答えた私の口元には、疲れた笑みを浮かんでいたことだろう。
「全部が自分のことです。だから、私はこれからずっと、ことあるごとに後悔して、苦悩すると思います。忘れることなんてできないし、誰かのせいにしたところで解決しません。だから全てをそのままに、今はちょっと離れたところに置いてある、って感じです」
私の言葉に、幅沢先輩は細くため息を吐いた。今度ははっきりとしたため息だった。
「あなた、そういう人間だったの?」
妙な言葉に、私は首をひねる。
「そういう人間って、どういう人間ですか?」
「肝が太いっていうか、強気というか」
「そんな人間じゃないと思いますけど、ちょっと変わったとは言われます」
それは山崎先輩、幸坂先輩、藤吉先生に限らず、美緒や辰からも言われる。
しかしまさか、脱走を企てて、それがきっかけで吹っ切れたとは言えない。
「あの、こちらからも質問していいですか?」
さすがにそろそろ私の手番だろうと思って問いかけると、無言のまま身振りだけで促される。どうぞ、という感じだ。これがこの人の普通らしい。
「私、先輩とどこかで会ったような気がするんですが、勘違いですか?」
ああ、と先輩は何かに気づいた様子で、すっとキャップを外した。
その顔つきと、髪型。
両方が揃って、私の記憶がやっと正しく繋がった。
(続く)




