67 頭の中の問答
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模擬戦が終われば次はテスト期間だ。
魔法技専は二期制で、座学の試験は七月中旬から下旬と、一月下旬から二月中旬に集中する。
といっても、一部はいかにもな試験だけど、一部はレポートの提出を求められたりして、一般的な高校の定期試験というよりは、大学のそれに近いようだ。
俺も行使者候補生であろうと試験はかなりの数があり、実は模擬戦の期間が終わるより前から、夜は試験勉強やレポートを書く作業に時間を費やしていた。
もし模擬戦を勝ち抜いていればそんな余裕もなかったかもしれない。
模擬戦で優勝しようと、定期試験を免除されることはない。それでも成績に対しては模擬戦優勝という結果はだいぶ有利だと聞いている。
その辺りは山崎先輩や幸坂先輩が実際を知っているだろうけど、わざわざ確認する気はなかった。聞いたところで、俺自身とは関係ないだろうし。
というわけで、その日は七月下旬で、おおよその試験も終わり、俺はレポートを提出した帰りに中央食堂へ向かっていた。
レポートの提出は奇妙と言っていい仕組みで行われている。
メールに添付して送信すればよさそうなものなのに、実際に印刷してポストに投函するのだ。
ラップトップ端末で作成し、共用のプリンタで印刷して、クリップで綴じて、投函するのである。
ポストは一箇所にまとまって設けられていて、ずらりと並んでいる様子は魔法技専の授業、講義、講座の多さを意識させる。
さすがに学校側も全生徒に端末は用意できてもプリンターは用意できていないから共用なのだが、紙もインクも学校側が用意してくれるし、綴じるためのクリップも用意されているから、特不満はない。しかしプリンターの混雑は避けられないが。
共用のプリンターが混んでいるので、俺はレポートを実習室にあるプリンターで印刷した。
試験期間中だからか、部屋には山崎先輩しかおらず、しかしその山崎先輩も珍しく自分のラップトップ型端末に何かを必死に入力していた。
余計な話をすると藪蛇かと思ったので、何も言わずにプリンターを借り、そっと印刷の終わった紙を手に退出した俺だった。山崎先輩も余裕がなかったのか、絡んでくることはなかった。
そうしてレポートの提出も終わり、足取り軽く食堂に入るといつも通りの混雑だった。
無意識に時計を探して、壁に掛けられている大時計へ視線を送る。
十九時過ぎで、ちょうど夕食どきだった。
俺の右腕はすでに大仰なギプスは外されているけれど、まだ最低限の器具で固定は継続されている。
半袖のシャツを着ているので薄手の固定具は露出していた。それもあってか、やけに視線を感じる。
いや、違うか。俺はちょっとした有名人なのだ。かなりマイナスな意味で。
食堂に踏み込んでいくと自分の周囲だけ変に静まる感覚がある。勘違いでもないだろう。実際、俺のそばの生徒たちは揃って小声になる。そして俺の方を見ない。
いつかの幸坂先輩のようには振る舞えないので、俺は料理を受け取ると、隅の方の空いている席を発見し、そこに場所をとった。
それでもそばにいた生徒が数人、俺が座るのと入れ替わるように席を立っていった。おかげで俺の周りに小さい無人地帯が出来上がっていた。
トンカツが二枚添えられた大盛りのハヤシライスをスプーンで口へ運びながら、仕方ないか、と俺は内心、嘆息していた。
元々から第十六グループの一員として奇異の目で見られていたし、変な恨みも買ったけれど、それは極端に言ってしまえば俺自身とは関係がなかった。幸坂先輩たちの巻き添えだったのだから。
ただ、今はまるで違う。
俺は当事者で、俺が奇異の目や嫌悪の目を向けられるのは、俺自身の行動が原因だった。
今の立場から、俺は決して逃げ出すことができない、ということになる。
俺がここでこうして食事をしていられるのは、ある意味、開き直っているからに過ぎない。
過去に起こったことは変えられない。
自分の経歴も変えられない。
周囲の人に説いて回り、誤解を解き、実際のことを詳細に伝えることもできない。
誰かに恐怖されることも、誰かに憎悪されるのも、避けられないことだった。
そういう全てを、俺は開き直ることで、受け入れていた。
受け入れようとした。
俺にどうしろと? という実に単純な疑問を周囲に向ける感覚でいれば、楽だった。
あまり健全でもないな、とも思うが、逃げるよりはマシだ。
周りから向けられる感情や態度は俺に具体的な何かを求めているわけではない。
少なくとも、その場で即座に対応できることは求められていないことが大半のはずだ。
中には学校を出て行け、と思っている生徒もいるだろうが、俺にその気はない。
それがまさしく逃げ、責任放棄だから。
二度と模擬戦に出るな、と思っている生徒には、俺も生徒である以上は出るかもしれない、と反論できる。出るか出ないかは、俺が決めることだ。
他人を傷つけて平気なのか、と思われているのなら、平気なわけがない、と伝えるだろう。
他にもあれやこれやと俺に言いたいことがある生徒が大勢いても、俺は彼らの質問を想定し、それに対する返答を想像し続け、的確に頭の中で対応する。
それでもう空想の中の俺へ対する批判は、問題ではなくなる。
だが、さすがに中央食堂のような大勢が集まる場所で食事をするのは避けるべきかもしれない。中央食堂の料理の量は他の飲食店では望むべくもない、という一点を理由にまだ中央食堂を利用し続けていた俺だった。
あの事故以来、魔力回路は稼働させていない。
医者がまだ止めているし、幸坂先輩も同意見だった。
俺の中の魔力は回復して、現時点でもおおよそは事故の前と同程度に戻っているらしい。
それでも魔力回路を休眠させているのは、魔力回路そのものの安全確認がされていないからだ。
そこは満月が管理者候補生として手をつけるところなのだけど、医者や幸坂先輩の意見以前に管理課からまだゴーサインが出ていなかった。
事故が再発しないかどうか、俺の体の魔力回路を写し取ったものを分析官が未だに解析し続けているのだと思われる。
すでに事故から一ヶ月が経とうとしていることを含めると、相当に手間取っているか、でなければ分析官が多忙なのか、怠慢なのか。最後のはないな。
これから先は管理課が俺の魔力回路が生徒の技能での範囲で管理可能か確認し、確認が終わったら満月と誰か探求者候補生が魔力回路に安全装置を組み込むことになるだろうと幸坂先輩が教えてくれた。
それでやっと俺の魔力回路は次の段階に進める。
最悪の場合は、一度、全ての魔力回路を消すことになるだろうが、それは俺としても避けたい展開だ。
魔力回路とはそう簡単に刻んだり消したりはできないと聞いている。
状況的には俺に残っている事故の影響は、右腕がまだ完全に自由にならないということくらいで、食事を意識的に多く摂る必要は無くなっている。
それなのに食事の量が増えているのは、何故か空腹感を頻繁に感じるようになっているからだった。
まだ分析がされていないとはいえ、山崎先輩と同様、俺に刻まれた魔力回路の不具合が影響している可能性があると俺は見ていた。
それはそれで怖い展開だ。
ともかく、いつも通りにさっさと食事を済ませて、帰ることにしよう。
左手でスプーンを扱うのも我ながらうまくなってきた。さすがに箸は使えないし、ペンで文字を書くのも難しいが、スプーンやフォークならそれなりに自在に動く。
トンカツをスプーンで切り分けて、口へ運ぼうをとすると、誰かが向かいの席の椅子を引いたので、スプーンの上からトンカツが皿の上に転がり落ちた。
「失礼」
てっきり満月だろうと思って文句を言ってやろうと咄嗟に思ったが、声が違った。
顔を上げると、細面の女子生徒がすでに向かいの席に腰を下ろし、こちらをまっすぐに見ている。
誰だ?
咄嗟に年齢を考えてみたが、十代の女子の年齢をその様子から推測するのはかなり難しい。
例えば、魔法技専にはいくつもの美容院があり、パーマをかけたり髪の毛を染めたり脱色したりするのは問題ないとされている。世間と比較すれば、遥かに自由なのだ。
化粧をするのも別に禁止されない。
髪型や髪色、化粧に関して言えば、目の前の女子生徒はほとんど何もしていないようだ。髪の毛は黒く、どこか野暮ったい。顔色もどこか悪く見えるが、別に体調不良でもなさそうだ。
顔の作りはやや童顔に見えて、年齢を計りづらい一旦はそこにもある。
顔の造りからすれば、まだ大学生的な風貌ではない。つまり、十八歳くらいか。なら三年生か四年生になる。
「あの、お知り合いでしたっけ?」
上級生相手にあまり砕けた調子では失礼かな、と思うけれど、魔法技専でそこまでのガチガチな体育会系のノリの生徒は少数派だ。
この学校では年齢や学年を気にしない生徒が圧倒的に多い。その辺りは模擬戦の結果による実力主義が強い影響を与えている。
俺の向かいの席に着いた女子生徒も、別に俺の態度に腹を立てたりはしなかった。いかにも冷静な声で返事がある。
「あなたが第十六グループの八角くんで合っている?」
本当に俺は有名人になってしまったらしい。ちょっと、その、うんざりするな。
「ええ、俺が八角ですけど、あなたは?」
投げやりな口調は抑えて、実にオーソドックスな返事ができたと思うけど、名前を問われたことがお気に召さなかったのか、女子生徒は全く別のことを話し始めた。
「あなたに聞いておきたいことがあるのだけど、答えてもらえる?」
自分は何も言わないが、俺には喋れ、というスタンスか。
「ええ、ええ、答えられることなら答えますけど」
今度はさすがに雑に応じると、そう、と女子生徒は無表情に頷いた。
その時になって女子生徒の表情の変化が乏しいことが意識にのぼった。人形というほどではないが、感情がかなり読み取りづらい。
目元も口元も、ほとんど動かないのである。
女子生徒が、抑揚を欠いた調子で問いかけてくる。
「あなたが起こした事故について、知りたいのだけど」
俺は少し沈黙してから、はい、と少し居住まいを正して頷いた。
こうして面と向かって俺にその話題を向けてきた生徒はいないと言ってもいい。
そんな人を目の当たりにしてしまうと、自分の隠れた願望に気づかずにはいられなかった。
俺は、こそこそと話をする生徒に嫌気がさしていて、いっそ誰か、正面切って向かってきてくれ、と望んでいたのだ。
(続く)




