66 評価
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アイスを全部食べ終わった私たちは熱いコーヒーを飲みながら、作業を始めた。
山崎先輩が「灼熱の気温と冷房とアイス、この寒暖差はクセになる」と言っている横で、私は自分のラップトップ型の端末を取り出して学生のデータを検索した。
藤吉先生が言っていた名前はなんだったかな……。
「ハバサワ、マリコか」
そんな名前だったはずだ。
検索にかけると一人だけがヒットした。私の人生では聞いたことがない苗字だし、珍しい苗字かもしれない。
データベースには氏名と学年、専攻、所属しているグループ、これまでの簡単な経歴が載っている。
幅沢真理子、三年生、探求者候補生、今は無所属。間違いないようだ。
経歴は、と見てみると、二年前、つまり幅沢という先輩が一年生の時に模擬戦に出場したと記録してある。
第一期から第八グループに所属して、第三期を最後にグループを抜けているようだ。去年は丸一年、一度も模擬戦には出場していなかった。
「どう思いますか?」
端末を、向かいの席でまだコーヒーの入っているマグカップを手にしている幸坂先輩に向けて身る。先輩は少し身を降りだしてじっと端末を見据えてから、少し端末を操作した。
そうして、ふむん、などと声を漏らしたかと思うと、端末がこちらに向け直される。
画面の表示が変わっていた。
ズズッと幸坂先輩がコーヒーをすすり、説明する。
「二年前の記憶は曖昧だったけど、これを見て思い出した。第八グループの一年生チームが本戦に進出したことがあったな、って。僕たちは例の事故で余裕もなかったけど、その一年生チームは話題になっていたことを今、思い出したところ」
ラップトップ型端末のディスプレイに映し出されているのは、二年前の模擬戦のランキング表だった。
第三期までの年間ランキングである。
幅沢真理子という人物が探求者候補生として参加しているチームは、二十位以内に入っている。
「記録映像も残っているだろうけど、まぁ、そこは探求者候補生の腕前を確認するのにはあまり有意義でもないか」
そんな風に幸坂先輩は苦笑いしている。探求者候補生の能力はわかりづらいのは私にもわかる。
山崎先輩が、幸坂先輩の隣の席に座るハチに「おかわり」と言ってマグカップを差し出している。ハチは何も言わずに左手で受け取り、席を立った。
ちょっと苛立って指摘しておく。黙っているよりはいい。
「山崎先輩、ハチは腕を怪我しているんですよ?」
山崎先輩は平然としている。
「コーヒーを用意するくらいはできるでしょう、リハビリみたいなものよ。ま、今のハチは幅沢とかいう女子よりは使えないかもしれないけど」
妙なことを言い出したので、私は首を傾げるしかない。
「幅沢さんという人について、先輩は何か知っているんですか? もしかして知り合いですか?」
「いいや、何も知らない。会ったことはないし、そもそも顔も知らない」
疑問しかない。さっきの発言はどういう意味だ?
「でも今、知っているようなことを言いましたよね? ちょっと、意味が汲み取れないんですが」
ハチから新しいコーヒーが用意されたマグカップを受け取った山崎先輩は、端末を適当に指差す。
「一年生で二十位以内の成績を残す奴はそうそういない。私たちが一年生の時、何位だったか知っている? 知らないか、どうせ調べないだろうし」
「先輩たちの一年生の時の成績ですか?」
山崎先輩が口元を斜めにして、ただこちらを見ているだけなので私は幸坂先輩を視線で確認した。幸坂先輩はこの時も困ったように笑っていた。
「二年生の時に無敗でランキング一位になったからね、誰も一年生の時のことを調べない。石森さんが迂闊なわけじゃないよ。自然なことだと思う」
「てっきり、いいところまで行ったかと思っていましたけど、それで、何位だったんですか?」
これは席に戻ったハチの問いかけで、山崎先輩と幸坂先輩が短く視線を交わす。
「四十位くらいかな。たいして勝てなかったから」
幸坂先輩の言葉に、全員が未熟でね、と山崎先輩が後を継ぐ。
「魔力回路はおざなりで、試作魔法杖は弱すぎた。ついでにそれを使う行使者候補生は殴り合いしかできなかった。恥ずかしいったらないね」
へぇ、としか私は声が出なかった。ハチも驚いているようでしきりに瞬きしている。
そんな私たちを睨みつけてから、山崎先輩が珍しくおどけた顔に変わる。
「幅沢という人のチームは、それだけ有望だったってこと。でもそのチームを抜けてるわけだから、何か問題が起こったのかも。探求者候補生として揉めたか、単純に人間関係で揉めたか、ともかく、将来有望でもチームが空中分解したんじゃ、どうしようもない」
もっとも、とマグカップに口をつけてから、山崎先輩は言葉を続けた。
「一年目の行使者候補生を勝ち抜かせる魔力回路は、そうそう簡単には構築できない。基礎を正確に修めた上で論理を展開したんでしょうけど、一年目の探求者候補生の仕事じゃないレベルだよ。おそらく同じグループの上級生が支援したとは想像出来るけど、それでも結果は結果だし、結果が出ていれば優れた技能者と見るしかない。よく今まで、他のグループが放っておいたこと」
マグカップの中身をぐっと飲み干すと、今度こそ自分で席を立って山崎先輩は冷蔵庫の方へ言った。コーヒーはやめたようだ。
「幸坂先輩はどう思いますか? どう評価しますか?」
少し声を潜めて聞いてみると、幸坂先輩は苦笑いを変えない。どうも山崎先輩がよくしゃべるのが幸坂先輩にそんな顔をさせているらしい。
「僕も潤とおおよそ同じ意見かな。なんで今まで、どこのグループにも所属しなかったかは不思議だけど、とにかく今は無所属なわけだから、こちらからメッセージを送るといい。公共メッセージでね」
魔法技専では生徒同士のコミュニケーションに、生徒が持つ携帯端末でのみ使えるメッセージアプリの使用を推奨している。
そのアプリの機能に、指定した条件に合致する複数の相手にメッセージを一斉送信できる機能があり、俗に公共メッセージと呼ばれる。
これはグループへの勧誘時などに使われるのを前提とした機能で、今、私たちが使うのは理にかなっている。
もちろん、メッセージの内容には気を使う必要があるし、別に問題もある。
「しかし、公共メッセージは受信拒否されているんじゃないでしょうか」
私の疑問に、それでもだよ、と幸坂先輩は答えた。
「意図的に相手を絞るといい。公共メッセージには、送信の対象にされた生徒には自分が選ばれた条件がオープンにされるから。そうだな、どんな条件がいいかな」
幸坂先輩が斜め上を見て考え、言葉に置き換えていく。
「無所属、三年生、探求者候補生、ここ一年は模擬戦に出ていない、一昨年の上位二十位以内の成績のチームに所属。これくらいでいいんじゃないかな」
「それって」私もさすがに呆れていた。「あまりにも限定が過ぎていて、個人を狙っているのが露骨なんじゃないですか? 逆に怪しいですよ」
私の指摘に、幸坂先輩はまったく平然としていた。
「気にしない、気にしない。この学校じゃ、よくあることだよ。気にせずに実行すればいい」
他の接触の手段を考えたけど、思い浮かばない。
ここは先輩の助言に従うべきか。
「じゃあ、やっちゃいますよ。問題になったら、先輩から指示があった、と伝えますけど?」
「これくらいじゃ誰からも怒られないよ。ま、いいじゃないか。試しにやっちゃえば? 責任は僕が持つ。グループの責任者だし」
私は少し頭を揺すっておどけて見せたが、反応は芳しくなかった。
意味もなく腹を立てながら、私は言われた通りの条件に絞って、公共メッセージを送信した。
探求者候補生を探しています、もし興味があれば返信をください。
それだけの簡潔な内容で、そこだけは公共メッセージらしい内容を意識した。
すぐに返事が来ることではないので、ラップトップ型端末は閉じておく。
山崎先輩は何をしているのかと確認すると、冷蔵庫の前に突っ立って、いつ買ったかわからないエクレアの包装の賞味期限を真剣にチェックしていた。
では、ハチは何をしているかと思ったら、いつの間にかソファに座った姿勢のままで眠りこけていた。
私が文句を言おうとした相手の幸坂先輩も、やることがあるから、と椅子のキャスターを転がして逃げるように製図台の方へ向かっている。
どうにも気の抜ける光景だ。
こんなことでいいのか、と苛立ちも湧いてきそうになる。
こんな雰囲気のグループに入りたい探求者が、果たしているだろうか。
これでもし、狙っている探求者候補生を一本釣りできたら奇跡としか思えない。
食べる? と不意に山崎先輩が聞いてきたので、そちらも見ずに頷いて見せると、エクレアの入ったパックが二つほど飛んできた。
驚く私の胸元にあたり、膝の上へ転がり落ちていく。
「ちょっと!」
思わず声を上げたが、山崎先輩がすぐにはわからない大量のエクレアを両腕で抱えてこちらへやってくる光景を前にしてしまうと、抗議する気力もなくなる。
ソファに戻ってテーブルにエクレアを投げ出した山崎先輩が、一度はオフにしていた多機能ディスプレイをオンにした。
大きな画面に模擬戦のコートの映像が映し出される。
何となく私はそれを見ながら、膝の上のエクレアを手に取ると放送を破いてかじりついた。
賞味期限なんてどうでもよくなるほど、投げやりな気分だった。
その日は夕方まで四人揃って実習室にいたけれど、てんでんバラバラに過ごしたと言っていい。
結局、その日は公共メッセージに返事はなかった。
翌日もない。
その翌日もなかった。
そのうちに模擬戦第一期は終了し、今年最初のお祭りはあっさりと終わってしまった。
(続く)




