47 予定通り
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模擬戦の三日前になって、八一郎が着るスーツが到着した。
戦闘用保護スーツ、というの正式名称でも大抵はスーツと簡潔に呼ばれる。
ヘルメットとグローブとブーツもセットで、模擬戦の時は行使者候補生はこれらで全身を覆うことになる。
保護スーツという名称が示すように、スーツは魔力回路の補助を受け持つ一方、本来の目的は事故防止のための安全確保になる。
全てのスーツには共通の魔力回路が刻まれており、それが着用者の魔力を受けることで着用者の負傷を防ぐ。
この魔力回路は着用者から強引に魔力を吸い上げるために、仮に着用者が気を失っても機能を失うことはない。
着用者の魔力が枯渇するような事態も想定されるが、その場合には模擬戦の係員が即座に対応することになっていた。
スーツにはすでに魔力回路が刻まれているとはいえ、改良の余地がある。
余白部分には着用者に合わせたオリジナルの魔力回路を刻むことが可能になっている。
私たちの手元にスーツが到着したのが十二時過ぎで、慌てて第十六グループの実習室へ受け取りに行った。
荷物の到着の連絡をくれた幸坂先輩にお礼を言って荷物を受け取り、それからは午後の授業の間、荷物を持ち歩くことになった。
そうしたのは無駄な時間を省くためで、授業が終わった放課後、借りていた実験棟の一室に直行した私は合流した馬場先輩と一緒にスーツをの改良をすぐに開始した。
行使者候補生に刻む魔力回路とスーツに刻む魔力回路に技術的な違いはあまりない。
ただ、魔力回路を刻むための道具が違うので、管理者候補生によって得手不得手が生じる。
私はどうやら体に刻む方が得意らしい、とすでに授業の中でわかっている。スーツを想定した特殊生地に魔力回路を刻む授業がどうにも苦手だった。
これから何年もかけて勉強し、実践を続けていけば慣れると思いたい。
スーツに刻む魔力回路は馬場先輩がすでに用意してくれていた。探求者候補生として、一からデザインした魔力回路である。
馬場先輩も全てが時間的に余裕がないのは私と変わらないのに、そこは上級生だからか、しっかりと用意をしてくれている。
これでは私の仕事の遅さが最大のネックかも知れない。
でも作業を始めれば、いろいろなことは私の頭から消え、私の世界は私が持つ器具と目の前のスーツ、そして魔力回路だけになった。
どれくらいの時間をそうしていたか、最後の一画を刻んだ私は両手に持っていた器具の先を作業台に広げたスーツから離し、ゆっくりと器具を台に置いた。
器具を手放した時、両手が震えた。
「出来た……。出来ました」
隣にいた馬場先輩に場所を譲ると、先輩は真剣な様子でスーツの様子を点検し始めた。
もしミスがあれば、すぐに直さないといけない。時計を見ると、この部屋を借りている時間はあと十五分くらいしか残っていなかった。
ミスがなければいいのだけど。
しばらくスーツを検めた馬場先輩がこちらを振り返る。顔には笑顔があった。
「よく出来ている。完璧じゃないかな。すぐにハチに着てもらって、試そう」
ハチ、と馬場先輩が呼ぶと、実験室の隅の方で何故か倒立をしていた八一郎がこちらへやってくる。
しかも、ふざけているのか、倒立したままやってきた。
すごい筋力とバランス感覚だけど、それは行使者候補生では珍しくもないか。
すぐそばで普通に足で立つ姿勢に戻った八一郎に、馬場先輩がスーツを投げ渡す。
「すぐに着替えてきて。あまり時間がない」
了解です、と言ってさすがに今度は早足で実験室に併設の更衣室に向かっていく。
「設計段階の計算では、スーツの魔力回路で体の魔力回路の出力を九十パーセントで安定させることができるはずだ」
馬場先輩は、道具を片付ける私の横で端末を見ている。
「できることなら専用の魔法杖が欲しかったけど、開発は間に合わなかったね。まぁ、模擬魔法杖でも大丈夫だろう。ベースこそ模擬魔法杖でも改造はうまくいっている。石森さん、何か不安はある?」
そう言われて私は片付けの手を止めると、何もない空間を見て少し考えた。
不安か。
「不安は、ありません」
緊張を意識しながら、そう答えた私はちょっとだけ笑うことができた。
模擬戦がどうなるのか、それを考えると緊張する。
不安とそれは違うだろうと思えた。例えば、負けたらどうしようとか、そんなことは考えなかった。
それ以前の、八一郎がちゃんと戦えるのか、自分が管理者候補生として役目を果たせているのかが気になる。
負けてもいい、という気もした。
私の魔力回路に不具合があって負けるのは嫌だけど、魔法が顕現して、でも力が及ばなくて負けるのは構わない。
また次に改良を施すという余地が見えれば、それでいいのだ。
勝ち負けよりも、自分が、自分たちが無力ではないことを証明したい、のかもしれない。
「ならいいよ。あとは、ハチ次第だ」
そう明るい調子で馬場先輩が言った時、八一郎がスーツを着て戻ってきた。グローブもブーツも装備して、小脇にヘルメットも抱えている。
「うん、よく似合うよ」
馬場先輩が言う。
八一郎のために誂えたスーツは白地に黒いラインが入っている。スーツのデザインはチームで自由にできるけれど、発注するには期限がある。私たちは期限に間に合うわけもなく、いくつもある既存のデザインのうちの一つを選ぶしかなかった。
でも、確かによく似合う。
体のラインが出るので、八一郎の力強さとしなやかがはっきりと見て取れる。
仕切り直すように、馬場先輩が一度、手を打った。
「じゃ、ちょっと試してみよう。的はもったいないし、片付けるのも面倒だから何もない空間へ魔力波動を撃って貰えればいい」
僕たちは計器室にいる、と馬場先輩が言うので、私は荷物を手に彼の後を追った。
作業台は壁に収納されるタイプで、そこだけ壁の構造が弱くなりそうなものだけど、折り畳まれる過程を見ていると分厚い壁の奥に作業台が吸い込まれるのが見て取れた。
計器室は実験室と特殊な強化ガラスで隔てられている。室内にはその名の通りに様々な観測装置が設置されていて、全てが生徒の端末と無線でリンクできる。
と言っても、今はあまり用がない装置が多い。
八一郎の魔力波動の出力数値をチェックし、体とスーツの魔力回路の同期が正常かの確認と、魔力回路の稼働率、この三つの要素がわかる機器だけを使用することになった。
一番最初に実験室に来た時は私と馬場先輩も計器室ではなく実験室の室内で端末を見ていたけど、あの時はまだ危険は少なかったと言える。
今の八一郎の本気の魔法に巻き込まれると、大変なことになるのは間違いない。
馬場先輩が卓にあるマイクを手に取る。
「ハチ、聞こえる?」
『聞こえてますよ。感度良好っていう奴です』
室内に八一郎の声が流れる。すでにヘルメットを着けていて、それで無線通信が可能なのだ。
八一郎が呼吸する音が聞こえないあたり、高性能マイクがリアルタイムでノイズを除去しているようだ。便利な機能である。
「じゃ、魔力波動のチェックから始めるよ。近距離、中距離、近距離、という流れで。壁や床を壊さないように注意して。計測、開始」
馬場先輩の指示を受けて八一郎が動き出した。
拳を交互に繰り出すと、彼の前方で何か、陽炎のようなゆらめきが起こる。
変化はそれだけ、たったそれだけだ。
しかしそのゆらめきに巻き込まれると、酷い事態になる。
私は視線を計器に戻し、八一郎が放射している魔力波動の物理力変換率と収束率をチェックする。どちらも問題はない。
むしろスーツを着ているせいか、これまでよりいい数値だった。
「魔力回路の稼働率を見てみなよ」
横合いから馬場先輩に促され、視線を移動させる。
八一郎の魔力回路の稼働率は九十パーセントで安定していた。
馬場先輩の予定通り、計算通りの数値が出ている。
私は思わず、すごい、と呟いていた。探求者候補生の能力は管理者候補生のそれとはまるで違うと思い知った。
馬場先輩は実際の形になる前に、自分が構築したシステムがどういう結果を示すか、予見していたのだ。それもかなり正確に。
複雑な計算の結果だとしても、それこそが魔法のようだった。
マイクを手にした馬場先輩が言う。
「ハチ、魔力波動の放射はもういいよ。運動能力の試験に移ろう。魔力回路がこれまでより機能を発揮しているから、そこは気をつけて。壁や天井にぶつからないように」
了解です、という返事がある。
私は実験室を跳ね回る八一郎を見ながら、ちょっとだけ自信のようなものが浮かんでいた。
他の生徒に劣ることは、ないかもしれない。
驕りだろうか。
八一郎は躍動し続ける。
模擬戦の開始まで、残り三日。
(続く)




