48 勝利
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三日なんてあっという間に過ぎた。
模擬戦はドーム内で行われる。ドームのコートは六つに区切られる。
それぞれの小さなコートの四隅に細い棒が建てられ、その間に引かれる不可視の線がコートの輪郭を形成するようだ。この線の外に出ることは許されない。
行使者候補生を支援する管理者候補生と探求者候補生は特別に設けられた管制室に入る。
この管制室はドームに既存のもので、ただ、さすがに同時に模擬戦を展開する十二チーム分の個室は存在しないので、六チームが一つの部屋で同時にそれぞれの行使者を支援する。
対戦するチームは当然、別の管制室である。
私は授業で見学したくらいしか経験のない管制室に緊張したけれど、馬場先輩は落ち着いていて、設置されている機材と八一郎のリンクを手際よく進めていく。私が隣の席に着いた時には、もうマイクに呼びかけていた。
「ハチ、試合開始まで残り二分だよ。何か異常はあるかな」
私は慌てて自分のヘッドホンのコードと端末に繋いだ。耳元で八一郎の声がする。
『何もありません。好調なようですね』
「それだけ落ち着いていれば問題ない。試合まで一分になったらコートに上がってくれ」
『了解』
管制室の各ブースにはモニターが四枚ほど並び、計測機器の情報や、コートを多角的に映した実写映像が映し出されている。試合開始までのカウントダウンも見えた。
八一郎はまだコートの隅の待機スペースにいる。
「石森さんから伝えておくことはある?」
え? と視線を隣の席に向けると、馬場先輩がこちらを見ている。
視線がぶつかり、馬場先輩が笑みを浮かべる。
「だから、ハチに伝えることは?」
すっとマイクが差し出される。私はそれを受け取って、少しだけ迷ってから声にした。試合開始まで残り一分十秒。
「あの、八角くん」
『なんだ?』
そっけない言葉。
こんな時、何を言えばいいだろう。
「自信は、ある?」
返事は、すぐには返って来なかった。
ただ、帰ってきた言葉が力強かった。
『なんとかなるだろう。やってみるさ』
自信はある、ということか。
『時間だな』
八一郎の方から言うのと同時に、カウントダウンが一分を切って、コートの四隅に建てられた上の棒で、青い光が明滅し始める。
行使者候補生が入場する時間を示す合図だ。
「気をつけて」
そう声をかけると、オーケー、と短い返事があった。
私はマイクを一度、卓に戻してコートの様子を伺う。
コートには、イレギュラーな起伏がその度に形成されるが、その仕組みが起動していた。
立方体のような障害物がせり出したり、くぼみが出来たりする。不思議な仕組みだ。
八一郎はすでにコートに上がっているし、対戦相手の一年生もコートに立っている。
八一郎とは違い、相手の一年生行使者候補生は試作魔法杖を持っている。形状は刀剣型で、長さは短剣と言える。
相手の試作魔法杖の見た目と比較すると、八一郎の模擬魔法杖をただ切り詰めただけのような武器は、どうにも頼りない。
カウントダウンはついに三十秒を切る。
コートにサイレンが鳴り始める。
八一郎が魔力回路を起動したのが管制ブースの計器でわかる。
ついにカウントダウンはゼロにになり、甲高いホーンが鳴った。
八一郎が動き出す。
駆け出し、障害物を盾にして間合いを詰めようとしている。
私はそれを視界の隅に置きながら、対戦相手の位置を把握し、さらには八一郎の状態もチェックした。
魔力回路の稼働率は八十パーセントを超えている。
本気ということだ。
二人の行使者候補生はお互いに迂回するような形になったが、すぐに接触した。
両者ともが接近戦を基本としているのだから、自然なことだ。
拳と短剣が交錯し。
よろめいたのは、相手の行使者候補生だった。よろめいているところで、八一郎が細かく連続して拳を突き出す。
拳自体は相手に触れない。
しかし魔力波動は命中している。
相手は短剣状の試作魔法杖で防ごうとする動きを見せた。大きくは下がらずに仕切り直そうとしている脚さばきで間合いを加減してもいた。
攻撃と防御の魔力波動がぶつかり合い、空間が揺らめく。
防がれても強引に八一郎が押し込み、ついに相手は方針転換して大きく跳ねて後退し、距離を取ろうとした。
そこを八一郎は、追撃しなかった。
模擬戦では相手を実際にノックダウンさせることは基本的にない。
魔力波動の応酬は極端に暴力的だが、相手を打ちのめすのが目的ではないのだ。
勝敗の判定は幾つかあるが、最も評価されるのは致命傷を与えたと判定される攻撃を直撃させることになる。これがテクニカルノックアウトに相当する。一撃決着である。
ただ、そんな展開は滅多にない。
一撃決着が少ない以上、決着を決める最も大きな要素は、ダメージ量判定だ。
スーツに組み込まれている機能の一つに、ダメージを数値化する機能がある。この機能は安全装置同様、生徒には手を加えることはできないし、手を加えるのは反則だ。
今、八一郎の対戦相手はダメージ量が七十ほどに達している。ダメージ量が一〇〇を超えると、ノックアウト、敗北である。
八一郎には追撃することもできたが、今のままでも勝てると判断するあたりは冷静だった。
相手の選手は障害物を使って八一郎の側面に回り込み、不意を突こうとしたようだった。
しかし、それは結局、叶わなかった。八一郎はどうやって知ったのか、近づこうとする相手を魔力波動で牽制し続けて、近寄らせなかった。
試合時間は三分で、それはあっという間に終わった。
結果は、八一郎の判定勝利だった。
ドームの客席にはそれなりに生徒がいるけれど、それよりも管制室の空気が少し変わったのがわかった。
私と馬場先輩に視線が集中している気がする。
私がそれにやや竦んでいても、隣の馬場先輩は違った。
よし、とはっきり言葉にすると、こちらに手を差し伸べてくる。
「まずは勝利だ。おめでとう」
私はなんとなく恥ずかしいような気分で、でもその手をとって、ありがとうございます、と答えた。
そうか、勝ったのか。
信じられないけれど、試合結果を示す大型ディスプレイにも私の目の前にあるディスプレイにも、八一郎の勝利を示す表示が出ていた。
勝った。
感動するよりも、何か、目の前の現実が現実とは思えなかった。
(続く)




