46 力の恐怖
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俺と満月の授業での結果は劇的に変化した。
まず大抵の相行使者候補生相手に一方的に押し込まれることはなくなった。
その要因は攻撃の威力、射程の向上もあるが、同時に相手の魔力波動を防ぎ、受け流し、逆襲することさえ可能になったことが大きい。
単純な身体能力の点でも接近戦を得意とする相手に引けを取ることはなくなった。
自分でも信じられないが、言って見れば体にかかる重力が意のままになるような感覚があった。
跳ぼうと思えば高い天井に触れるほど高く跳べるし、速く走ろうと思えば重力どころか空気抵抗さえ存在しないようなものだった。
体が動く、そして魔法が使える。そうとなれば授業の時間にするべきことも自ずと変わる。
もう性能不足の魔力回路の活用法や、出力の無さを誤魔化すことに四苦八苦することはない。
俺と満月は魔法の精度を求め始めた。
やっと俺たちも、魔法について学び始めたと言える。
相手の魔力波動を防ぐとしても、こちらから過剰な魔力波動を当てることで防御するのは避けるべきだと気づけた。魔力波動の相殺はできるとしても、下策である。
むしろ受け流す方が疲労は少ないし、受け流すにしても無駄を排除するのが効率的だ。相手の魔力波動の攻撃の軸を見切り、そこに小さくこちらから魔力波動を当てれば、自然と逸らすことができるのも学んだ。
反撃もまた、ピンポイントで標的を絞るか、それともそれなりの範囲に効果を与えるか、即座に判断し、実行する必要があるのが訓練の中で見えてきた。
魔法をいかに行使するか、どう戦闘技術に織り込むかは行使者候補生が司る最大の要素で、実戦の場でどのように戦うかはほとんど全てが行使者候補生の思考と決断に委ねられる。
それでも、行使者候補生が使う魔法の威力、射程、精度や性質は管理者候補生との二人三脚で成立するし、そもそもの魔法の基礎設計は探求者候補生が行うから、三者が一致した方向性を持つことが求められる。
方向性とは、どのように戦い、どのように勝つか、ということだ。
行使者候補生同士の攻防は、自分に都合のいい展開を現実にして、それを相手に強制できるか、ということとも言える。
馬場先輩は三年生ということもあり、一年生中心の魔力波動を実際に行使する訓練には参加していなかった。他のチームには三年生の姿もあるが、馬場先輩は履修登録をした時点では俺たちと関係がなかったため、別の講座と時間が重なっていた。
しかし、訓練の場にはいなくても大きな問題はない。
訓練の内容は詳細に記録されているので、俺が他の生徒とどう戦ったか、その攻防の展開や、俺自身の魔力回路の状態、魔力波動のあれこれまでがデータとして手に入る。
馬場先輩は毎日、そのデータを見ながら俺と満月にあれこれと質問したり、助言をしてくれた。
今までは満月が管理していたものの、やや持て余していたデータも今は使い道があるし、鋭い指摘をしてくれる相手がいるということも、俺にはどこか学習の質が変わったような印象を与えた。
俺は今、様々なものを学んで、先へ進んでいる。
これが進歩の実感か、とも思う。
授業の後に提出する決まりレポートを作るための検討会も、馬場先輩が加わった状態で行われることが多くなった。レポートの内容が充実することも俺には自分が多くのことを取り込んでいる実感を覚えさせた。
検討会の場所は大抵、中央食堂二階のラウンジが多かった。
俺はラウンジにはなかなか馴染めなかったし、満月も似たような様子だった。中央食堂でもラウンジでも大勢の生徒がいて、ジロジロとこちらを遠慮なく見る生徒が多すぎて落ち着かないのだ。
だから最初、俺と満月は別の場所にしたいと、遠回しに馬場先輩に伝えてみた。
反応は、馬場先輩がいつも浮かべる笑みと一緒にあった。
「僕たちは別に悪いことをしているわけじゃない。僕たちは先輩たちとは違うんだよ。こそこそする必要はないと思わないか?」
俺はうまく答えられなかったけど、満月は違った。
そうですね、と呟くように言うと、よりはっきりした声で「そうですよ」と言葉にした。
「別に逃げる必要、ないですもんね。私たちもこの学校の生徒なんだし、別に何も悪くないですもんね」
そう言って満月は同意を求めるように俺を見たが、俺は小さく、まあな、としか言えなかった。
確かに俺たちは何も悪くない。
ただ、そのロジックは何かが違う気がした。
先輩たちの贖罪を俺たちが倣う必要はない。たぶん。
だけど断言はできない、それは何故だろう?
俺の中にある曖昧模糊とした違和感は言葉に置き換えることはできなくて、結局、馬場先輩の意見のままに三人でラウンジで検討会をすることに決まった。
そうしてここ十日ほどは、毎日のようにそうするのがもはや習慣になっている。
その日は、俺と満月が先にラウンジに着き、馬場先輩を待つ形になった。
馬場先輩が来る前に飲み物と軽食を取りに行った満月を見送り、何気なく周囲を見回してみる。
様々な学年の生徒がいるが、こちらを無視しているか、睨んでいるかのどちらかだ。
ここまでくると、第十六グループに対する評価が根深いというより、起こした事故の内容が重大なのだと如実にわかる。
あの事故は一人の生徒を再起不能にしたとか、一つのグループにダメージを与えたとか、そういう次元だけで受け取られているわけではない。
魔法技専のイメージを傷付け、それは行使者候補生に限らず魔法技能者、魔法技術者の評価を悪化させてしまったのだ。
魔法使いは、人を容易に傷つける。
それも深く傷つけることがあると、はっきりさせてしまった。
本来の魔法技専の方向性とは正反対だ。
魔法技専とは、魔法は管理されるものであり、魔法技能者は高い倫理観と超常的な能力を厳密に管理する力がある、ということを示す場でもある。
実戦形式の模擬戦でさえ、逆説的には魔法がコントロール可能だと示す意図があると今はわかる。
多くの生徒が第十六グループを敵視したり蔑視するのは、個人的な軽蔑ではなく、もっと大きなものからくる感情がそうさせるのかもしれない。
第十六グループは、異端なのか。
魔法使いの暗黒面か。
そのことに思い至ってしまうと、怖くなる自分がいる。
俺は自分でも想定していない力を、ここ一週間で簡単に行使するようになった。
相手が一般人、通常人なら、少し殴りつけるだけで失神させるどころか、殺してしまいかねない。
それだけの力が魔法技専では平凡な能力で、簡単に管理され、また次々と開発されている。
この学校の内側は、普通の世界ではない。
外から見れば異質で、異常な場所か。
それだからこうして山奥が開発され、隔離されるような場所に学校があるのかもしれない。
「どうしたの? 変な顔して」
ぼんやりと周囲を見て思考に没入していた俺は、満月が戻ってきたことに気づかなかった。
彼女は自分の飲み物の入ったカップと、片手にフライドポテトのようなものを持っている。満月が他の女子と違うところは、食事にあまり気を使わないことだ。どうやら体型が変わりにくい体質らしい。
「何を考えていたの?」
席につきながらの満月の問いかけに、ああ、と答えて時間を稼ぎながら、自分の想像をどこまで伝えるべきか、思案した。
別段、共有する内容でもないだろうと思えた。満月も馬鹿じゃない。
魔法の恐ろしさ、その暴力性を考えたことはあるはずだし、想像することもあるだろう。
「ちょっと、色々と怖くなってね」
かなり端折って、核心だけをそう伝えると、向かいの席で満月はちょっとだけ首を傾げた。
「何が怖いわけ? 模擬戦の話?」
やっぱり、うまく伝わらないか。
模擬戦とは気が早いな、と言ってやると、満月の表情に今度は不満が浮かぶ。
「じゃあ何が怖いわけ?」
「うーん……」
俺は言葉を探したが、結局、素朴な表現を選ぶことになってしまった。
「自分の力が怖い、って感じかな」
「自分の力って何? 魔法のこと?」
「ま、そうかな」
満月はすぐには答えなかった。
彼女は色んな場面で、思案することが多い。何も考えないよりは良い傾向だろうけど、俺と同じ結論に達することは滅多にないし、そのすれ違いが時に難しい空気を作ったりする。
今もまたそうだった。
「もしかして、魔法が暴走するって思っている? 私と馬場先輩がいるのに?」
満月は俺よりも具体的に、深刻な場面を思い描いたようだ。
「暴走は、しないと思うけどな。ただ、自分の身に余る力が使えるのが不安にさせるのかしれない」
弱気になった? と上目遣いに満月が俺を見た。その視線の向け方は、彼女が相手を威圧する時によく見せる視線の送り方だ。彼女自身、気づいているだろうか。
「弱気にはなっていない。そのうち、慣れるかもしれないから、慣れてしまえば今の気持ちも忘れて滑稽に感じるようになるかもな」
「模擬戦までには慣れてちょうだいね。でないと、模擬戦で勝てそうもないから」
「その場になれば、また気持ちも変わるさ」
俺はそんな言葉で話題を切り上げ、自分の飲み物と食べ物を取りに行った。カップとフルーツタルトの乗った器を手に席へ戻ろうとした時には、馬場先輩が来ていて、すでに満月と話を始めている光景が見えた。
席に戻ってみると、二人は世間話などすっ飛ばして昼間の授業についてもう話している。
俺もすぐに馬場先輩から授業の内容について質問され、カップの中のオレンジジュースにも皿の上のフルーツタルトにも手をつける余裕はない。
その日は十八時過ぎまでラウンジで過ごし、満月はレポートの最後の仕上げをすると言って帰って行き、馬場先輩も自分の課題があると言って寮へ戻っていった。
俺は夕方の習慣のランニンングのことを考えたが、その前に一度、第十六グループの実習室へ向かうことにした。
ここのところ、余裕がなくあまり顔を出せていない。馬場先輩がラウンジを利用しているので、実習室で過ごす時間は自然と奪われていた形だった。
実習棟に入り、階段を上がり、廊下を進み、目当てのドアの前に立つ。
合鍵を差し込んだ時だった。
何かを感じた。
何を感じたか、すぐにはわからなかった。
ドアの向こうに、何かがいる。
そう、それは、人ではないように思えた。
圧倒的で、濃密な魔力波動がドア越しに俺を打ち据えている。
まるで強風に押されているようだった。
一度でもその魔力波動の暴威を理解してしまえば、金縛りにあったように動けなくなった。
誰だ?
いや、一人しかいない。
山崎先輩だ。
これが、山崎先輩の魔力波動?
鍵を差し込んだ形のまま動かない手を、なんとか動かそうとした。ほんの少しを動かすことさえ容易ではない。全身が硬直している。
これが本当の恐怖なのか。
かすかに指が動いた。というより、震えたと言ったほうが正確だ。
その震えで、錠のシリンダーがかすかに揺れて、音を立てた。
本当に些細な音だったけれど、魔力波動は一瞬で消え、次にはまったく感じられなくなった。
本能的に詰めていた息を大きく吐きながら鍵を今度こそ回し、カードを滑らせて錠を全部解除した。
恐る恐るドアを開いて室内を覗くと、山崎先輩がソファに寝そべってこちらを見ている。サングラス越しでも、視線がぶつかるのがわかる。
視線を巡らせると幸坂先輩の姿はなかった。留守にしているんだろう。
「久しぶりだね、ハチ。石森ちゃんは?」
以前と変わらない調子の、どこかつっけんどんな山崎先輩の言葉に、顔を見せずにすみません、とでも言いたかったけれど、無理だった。
魔力波動のことを、聞かなくてはいけない。
「今、何かしてましたか?」
そう問いかけ俺に、山崎先輩はこれ見よがしにあくびをした。
「ちょっと寝てたかな。何かあったの?」
山崎先輩がまたあくびをして、小さく唸る。
俺は、そうですか、としか言えなかった。
寝ていたはずがない。
しかし詳細を聞くのは躊躇われた。
俺がいつの間にか冷や汗にまみれているのに対して、コーヒーでも飲んで行きなよ、と山崎先輩は今までと少しも変わらない態度でソファにいる。
ゆっくりと実習室へ入り、電気ポットの方へ向かい間、俺は周囲を念入りに探った。
何かが残っているのではないかと思ったのだが。
あの常軌を逸した魔力波動は、何の痕跡も残していなかった。
また山崎先輩はあくびをしている。
それが逆に、怖い気もした。
何故か、猛獣を本当に覚醒させてはいけないというようなイメージが頭に浮かんだ。
(続く)




