43 闇の中の少女
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歓迎会というか、食事会というか、山崎先輩の一人大食い大会というかが終わり、解散になった時には二十一時を過ぎていた。
藤吉先生は「幸坂くん、ちょっと話そう」と幸坂先輩を連れてどこかへ去って行き、馬場先輩と八一郎は一緒に男子寮に帰って行った。
自然、私と山崎先輩は一緒に女子寮に向かうことになる。
「少し食休みしよう」
珍しいことを言って、通りに設置されているベンチに山崎先輩が腰を下ろした。周囲は真っ暗でも、ちょうどベンチのそばに街灯があって明るい。
私だけが突っ立っているわけにもいかずにさりげなく横に座ったけれど、山崎先輩からは嫌がられなかった。満腹で油断しているわけでもないはずだが。
「山崎先輩、あんなに食べて大丈夫ですか?」
ちょっと常識的な質問、逆に非常識な質問を向けると、すぐに返事があった。
「まぁ、今日はさすがに食べすぎた。明日は少しは運動しないとね」
ああ、この人でも運動するのか。ちょっと安心する私である。
感心している私に山崎先輩の方から話しかけてきた。これも珍しいことだ。
「それより、石森ちゃん、本気で馬場くんとチームを組むつもり?」
「え?」
いきなりの話題に答えが遅れた。
「ええ、そのつもりですが」
「悠理の奴が、あまり評価しなかった。あまり、というか、ほとんど、かな」
その言葉にも、どう答えればいいかわからない。
私が言葉を返せないでいると山崎先輩は黙り込んでしまい、ベンチの背もたれにもたれて頭上を見上げるような姿勢に変わった。
街灯があるから星などは見えないだろう。しかし初夏の夜の空気はちょうどいい涼しさで心地いい。
心地いいはずなのに、私はどこか落ち着かなかった。
先ほどの言葉に、答えなくてはいけない。
聞きづらいことを聞かなくてはいけなかった。
「加賀原先輩は、どうして、その、馬場先輩を評価しなかったんですか?」
返事の言葉は冷淡で、夜の静けさを少しも乱さない。
「知らないな。探求者候補生にしかわからない領域だと思う。私は自分の体を弄らせなかったし、それは葉太も許さなかったしね。試作魔法杖に関しても、悠理も葉太も馬場くんを締め出していたな」
そうですか、と答える私はやや不安になってきた。
馬場先輩の参加を無条件で喜んでいたけど、実際には複雑な事情があるのだ。
「そもそもですけど」
私の言葉に、山崎先輩は頭上を見る姿勢を変えようとしない。
「どうして馬場先輩は第十六グループに入れたんですか?」
「それはもちろん当時は人が多かったのよ。当時と言っても、二年も前だけど」
二年前か。馬場先輩は三年生だから、一年生で第十六グループに入ったことになる。
二年前といえば、山崎先輩たちのチームは三年生で、第一期の模擬戦で事故を起こした年だったのではないか。
「当時のことは、あまり聞いたことがありませんでした。すみません」
思わず謝ると、山崎先輩は小さく鼻で笑った。それはよくされる反応だったけど、今はちょっと力なさげに聞こえる。
「謝る必要はないよ。話したくはないけど、いつかは誰かが話すだろうし」
「それでも、すみません」
「あの頃は、人が大勢いた」
こぼすように山崎先輩が口にした言葉には普段の強気がなかった。まったく自然で、あまり見たことがない平板な様子だった。
「後輩はもちろん、先輩もいたな。先輩は卒業したけど、後輩は苦労しているでしょう。元第十六グループっていうんじゃ、大勢から白い目で見られていて」
どうとも答えられずにいると、これも責任かね、と言いながら山崎先輩が勢いをつけて跳ねるように立ち上がった。
私もつられて立ち上がった時、いきなり知らない声がした。
街灯の光の外からだ。
「あなたが石森満月さん?」
その声の主は、夜の闇の中から滲み出てくるように姿を見せたので、一瞬、亡霊でも出現したのかと思った。例えば、このベンチに憑いている地縛霊とかだ。
しかし相手は人間、女子生徒だった。
だが、どこか陰気な声は知らないし、ぼんやりと見て取れるどこか無感情な顔も知らない相手だ。
おそらく同級生ではない以上、上級生だろう。
「私は先に帰る」
いきなりそう言って山崎先輩が歩き出し、離れていってしまう。
これには慌てたけど、すぐに冷静になって私は初対面の女子生徒に向き直った。
山崎先輩は逃げたのではなく、自分がいると話しづらいという判断だと理解できたからだ。
それにもしかしたら、不意に山崎先輩が立ち上がったあのタイミングは正体のわからない女子生徒が近づいているのに気づいていたから、という可能性がある。
しかし、私の中の当惑は変化しない。いったい、これからどんな話があるのか。
夜の闇の中、まるでスポットライトに照らされたような街灯の明かりの下のすっぱりと切り取った空間で、私と女子生徒が向かい合う形になる。
「あの……、ご用はなんですか?」
こちらからそう問いかけたのは、早くこの場を離れたいという心理が働いたからだった。
夜に、よく知らない相手と二人きりというのは無条件に不安にさせるものがある。
しかし相手の女子生徒は私とは違って落ち着いていたし、不安もなさそうだった。むしろ冷静すぎるほど、その喋り方も人間ではなく亡霊が喋ってるようだ。
「あなたが馬場浩也とチームを組むと聞いたけど、本当のこと?」
意外な言葉に、私は何も言えずに目の前の女子生徒を観察した。
馬場先輩と組むことになったのは昨日の夜のことで、第十六グループの身内である幸坂先輩も山崎先輩も、つい数時間前に知ったようなものだ。
それをどうして、第三者の女子生徒が知っているのか。
どこかで監視していた? まさか。
「そうですけど、何か……? どこでその話を……?」
先ほどとは別種の不安がやってくるけれど、女子生徒はどこまでも静かだった。
「彼と組むのは、やめたほうがいいと思う。別の探求者候補生を選ぶべきだと思って、こうして話している」
いきなり何を言い出すんだろう。
他のグループについて口出しする生徒はあまりいない印象だったけれど、それは私の勘違いだったのだろうか。
それとも目の前にいる女子生徒の言葉は、第十六グループに新しいチームが出来上がるのを阻止しようとする、そういう新手の嫌がらせなのか。
どうしてですか、と私はとっさに声にした。
どうして馬場先輩と組むのをやめるように言うのか、知らなければいけないと思った。もし馬場先輩を中傷するような意図があるのなら、その理由を知りたいとも思った。
女子生徒は私の言葉に少し沈黙し、でもはっきりとした声で応じた。
「馬場浩也は、第十六グループを恨んでいる。今でも、ずっと」
恨んでいる?
今でも?
先程、聞いたばかりことが頭に浮かんだ。
食事会で馬場先輩と藤吉先生が話していたことだ。
馬場先輩は加賀原先輩と揉めて、グループを離れたという話があった。
そのことを馬場先輩は過去のことで、すでに乗り越えたように話していたけれど、実際は違うということか?
そんなことがあるだろうか。
馬場先輩の様子が脳裏に浮かぶ。とても第十六グループを、そこにいる誰かを恨んでいるようではなかった。
もし恨んでいるのなら、近づいたり協力したりはしないと思う。
そう、私や八一郎を蔑視する生徒のように、遠くにいるはずだ。
「私は、そうは思いませんけど……」
私の声は夜の闇に滲んで、どこか弱かった。
女子生徒は反論しないで、黙ってそこに立っていた。
二人ともが口をつぐんで動きを止めてしまうと、時間さえもが停止したようだった。
「それなら」
やっと女子生徒も言葉にしたが、彼女の声も私の声同様、掠れて聞こえた。
「私は何も言わない。でも、忠告はした」
「あなたは、誰ですか?」
私のその問いかけに、少しだけ女子生徒は笑ったようだったけれど、夜の闇と街灯の間で生まれた陰影のせいであやふやで捉えきれなかった。
「私が誰でも、あなたには関係ない。でしょ?」
「関係はあります。どうして、馬場先輩のことを、その、疑ったのか。それがあなたが誰かを知りたい理由です」
「私が誰でも、結果は変わらない」
どういうことですか、とさらに質問を続けようとしたけれど、女子生徒は歩き出した。私の前を横切って、闇の中へ戻っていく。その背中が少しだけ濃い闇として見え、ゆっくりと女子寮の方へ進んで小さくなっていく。
私は動こうとして、すぐには動けなかった。
女子寮へ帰るのは私も同じだけど、名前も教えようとしない女子生徒と並んだり、その背中を追いかけるのは、どこか怖い気がした。
でも私が本当に恐れているのは、さっきの女子生徒ではないようにも思った。
そう、女子生徒には不思議な、言葉にはできないような気迫があったが、それよりも私の心に大きな波を立てた何かがあった。
その波の出所を探ってもどこにたどり着かないのがもどかしく、結局、やっぱり圧倒されて気を飲まれただけか、と結論づけることになった。
魔法を信じる私でも気迫というものは信じていないつもりだった。錯覚だろうと思っていた。
しかしどうやら、気迫というものは現実にあるようだ。
私が一歩も踏み出せないうちに、女子生徒はさらに離れていく。等間隔の街灯の光の下では姿を現わすが、すぐに闇の中へと姿を消してしまい、また現れては消えるのを繰り返し、やがて完全に視界から消えていった。
どこか遠くでチャイムが鳴り始める。
二十二時を告げるチャイムだった。もうそんな時間か。
チャイムを聞いても、私はなかなか動けないまま、一人きりで立ち尽くしていた。
馬場先輩が、第十六グループを恨んでいる? そんな馬鹿な。
ありえない。
やっぱり、嫌がらせだろう。きっとそうだ。知っているようなことを、知っているような顔で言っただけだ。
私はやっと一歩を踏み出したけど、もう姿の見えない相手にまだ気押されているのか、足取りは自然と重くなった。
(続く)




