42 歓迎会
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馬場先輩の加入は、かなり微妙な空気を第十六グループにもたらした。
こんなことになるとは、私は想像もしなかった。八一郎も展開は想像できなかったはずだ。
もっと明るい雰囲気になると思っていたのだが、第十六グループの実習室へ馬場先輩も含めた三人で入ると、ソファに寝そべっていた山崎先輩が射殺すような視線をサングラス越しでもはっきりと向けてきた。
いつもは穏やかな幸坂先輩も、一言も発せずに黙り込んでしまった。
説明する手順は事前に考えてはいたけれど、私は山崎先輩と幸坂先輩の態度に飲まれて事前の想定どころか、ほとんど言葉そのものを忘れていて、頭の中は真っ白だった。
そこへ偶然、藤吉先生が訪ねてこなければ、私には手に負えなくなっただろう。
「あらら、馬場くん、戻ってきたの?」
実習室にひょっこり入ってきた藤吉先生の言葉に、そうなんですが、と馬場先輩が笑い混じりに答えた。
「先輩方にはあまり歓迎されていないようです。先生くらいですよ、話をしてくれるのは」
「それはよくないよ、潤ちゃん、幸坂くん。仲良くしないと」
藤吉先生の本気かジョークかわからない言葉にも、誰も一言も応じない。
幸坂先輩は黙って笑みを見せるだけ。山崎先輩はそっぽを向いたまま怖い顔をしていて口元は一文字に結ばれている。
この日は馬場先輩に声をかけられた翌日で、私も八一郎も、馬場先輩がどういう立場なのか、まだ聞いていなかった。
過去に第十六グループで何があったのかは是非とも聞きたかったものの、馬場先輩の方から、実習室で話そう、と言われたのでそれに乗った形だった。
それは現状を見れば、失敗だったかもしれない。
それも重大な失敗だ。
それにしても、幸坂先輩もいつも笑っているように見えるけど、馬場先輩とは笑みの性質が違うようだった。
幸坂先輩は控えめで、どこか一歩引いたところがある。
だけど馬場先輩は、なんというか、自信に溢れている?
二人の先輩を見比べていた私の耳に藤吉先生の声が飛び込んでくる。
「ちょうどいいから、みんなで食事でもしようか。潤ちゃん、お腹空いているでしょう?」
かすかに山崎先輩が拒絶するように鼻を鳴らし、そっけなく応じた。
「我慢する」
有無を言わせないような山崎先輩の反応も、藤吉先生には通じなかった。
「一緒に食事をすれば理解しあえるよ」藤吉先生はとり合わなかった。「幸坂くんも異論はないよね?」
話を振られた幸坂先輩がいつになく感情のない顔つきで応じる。
「まぁ、そういうことははグループの長としては言いたくても言えませんね」
「きみ、そういう辛辣なことを言う性格だったっけ? 依頼している仕事の締め切りを十日延ばしてあげるから、付き合いなさい」
結局、やれやれといったように首を左右に振ってから幸坂先輩が製図台の前を離れた。
そしてソファに座ったままの山崎先輩の肩に手を置くと、かなり強烈な視線が山崎先輩から幸坂先輩へ飛んだものの、幸坂先輩は無言のまま動きを止めてただじっと山崎先輩に視線を向けつ助けた。
二人の間でどういう主張のぶつかり合いがあり、どういう形で決着がついたのか、結局、山崎先輩も席を立った。
暇だったのか、藤吉先生に引率される形で五人が一塊で実習室を出る。
今までにないことだったが、空気は重いというか、ガチガチに硬直していた。
誰も何も言おうとしない。何も知らない人がはたから見れば異様な集団に見えただろう。
一緒に行動しているのに、楽しそうな雰囲気は少しもないどころか、まるで囚人が並んで牢屋に向かうようだった。
ただ一人、藤吉先生が饒舌に喋っていたけれど、誰も答えないのだった。
どこへ連れて行かれるのかと思ったら、敷地に二店舗があるイタリアン風の料理を出すレストランだった。外部で言えばファミレスのようなものだけど、学校の外では見たことのない店である。
「まあ、今日は私の奢りとしましょう。幸坂くんも潤ちゃんも、新入生の歓迎会なんてしていないでしょ? そういう集まりとして、今夜は楽しみましょうよ」
席について藤吉先輩がやたら明るい声で言うと、それには答えずに、山崎先輩がいきなり席にある注文用の端末を取り上げた。そしてかなり速度で指を走らせ始める。
両手で端末を持っていて、両手の親指で操作していた。どれだけの料理が注文されているか、想像もつかなかった。
そんな山崎先輩を気にした様子もなく、藤吉先生が馬場先輩に話しかけている。
「馬場くんはここのところどうしていたの? 私の授業に出てたっけ?」
「出てましたよ。真面目に授業は受けてますからね」
「まぁ、教室が広いから出席している生徒全員の子はその場じゃ見えなくてね。成績をつけるときの出席率の数値化も人工知能が勝手にやるし。で、何の授業に出てるの?」
「「魔法管理基礎」とか、「魔法制御応用論」です。去年、A評価でしたけど、本当に先生は覚えていないんですか?」
「どうも生徒の数が多いからね。最近はここ数年の生徒の名前が全部、ごちゃまぜで何が何やら。それに成績なんて判断するのが面倒で、出席の多い生徒にSとかAとかつけているだけなんだよ」
楽しそうに藤吉先生がケラケラ笑う。それに馬場先輩も笑っている。幸坂先輩は困り顔である。
鏡がないから何とも言えないけど、私も幸坂先輩みたいな顔だっただろう。
出席の状況だけで成績をつけるなんて、冗談だろう。冗談であって欲しい。でないと試験のモチベーションが、上がらない……。
「で、馬場くんはここのところはどこのグループにいたわけ?」
軽やかな藤吉先生の舌の力か、話がどんどん変わっていく。それでも話しているのは馬場先輩と藤吉先生だけだった。
「第六と第十二で一時的にチームを組んでいました。あとはフリーですね」
「第六と第十二か。行使者候補生と探求者候補生は誰?」
馬場先輩は生徒の名前を口にしたけど、私は聞いたことのない名前だし、とっさには覚えられなかった。しかし藤吉先生には誰かわかったようだ。
「去年の模擬戦の成績は中の中か。ま、よくやったほうかな」
そうですね、と馬場先輩はまた笑っているけれど、私はつられて笑うこともできなかった。
神妙な気分で、話を続ける二人を見る。
ついさっき、藤吉先生は自分の授業を受けている生徒を覚えていない態度を見せたけど、今は、第六グループと第十二グループに所属する生徒を理解し、その成績まで知っている。
さっきはとぼけていただけか。
そして、それを馬場先輩は把握していた?
私が藤吉先生を知らないだけ、ということだろうか。
不安のようなものを感じてさりげなく幸坂先輩を伺うと、珍しく別の方へ視線を向けていて藤吉先生にも馬場先輩にも注意を向けていない。
山崎先輩はといえば、まだ端末を指でなぞっていた。注文は終わっているようだけど、メニューを気の無い視線でチェックしているといったところか。
藤吉先生だけがまだ喋っている。
「でも馬場くんも、よく第十六グループに戻る気になったね」
「第十六グループは、決して弱いグループじゃないと思っていますから。僕を指導してくれた恩もありますし」
「恩ねぇ。きみが恩を感じるとは、意外だよ。加賀原くんとはだいぶ険悪だったじゃない?」
何気ない藤吉先生の言葉に、私は視線を藤吉先生に戻した。
先生は水の入ったグラスをゆらゆらと揺らしていて、馬場先輩を見ていない。馬場先輩を見ると、笑顔のままそんな藤吉先生に視線を注いでいる。
馬場先輩の笑顔はさっきからずっと変わらない笑顔だ。
まるでそういう形になっているお面のような……。
私が見ている前で、馬場先輩の口元が動く。それさえも何か、そういう装置に見えてくる。
「加賀原先輩のことは尊敬しています。ただ、ちょっとかみ合わなかっただけです」
「それであんな口論になるかな? ま、あれは加賀原くんも悪かったと私は思うけど」
「悪いのは僕ですよ、先生。僕が一方的に悪いんです。加賀原先輩の指摘は正確でした」
私の知らない時期のことを、藤吉先生と馬場先輩が話している。
断片的だけど、馬場先輩と加賀原先輩が喧嘩別れしたようだとはわかった。そして馬場先輩は反省しているようだ。
加賀原先輩は馬場先輩のことをどう思っているのだろう? この場にいないので想像するしかない。でもあまりにも情報が少なすぎて、想像しようにもできなかった。
料理の第一弾がロボットによって運ばれてきた。山盛りのスパゲティとピザが三種類、グラタンがふた皿。さらに前菜もいくつもやってくる。
全部を運ぶのにロボットが四台も連なって来たし、あっという間にテーブルが皿で溢れた。
ホホホホホ、と藤吉先生が変な笑い声をあげる。
「さすがに食べるねぇ、潤ちゃん。学校で大食い選手権をしたらぶっちぎりで優勝できるよ」
「今は奢りですから」
山崎先輩がやっと声を発したが、もうそれ以上の言葉はなかった。山崎先輩の手が動き出してスパゲティの皿を確保した時には、魔法のように片手にはフォークが現れた。
二人前くらいあるように見えるスパゲティが、どんどん減っていく。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうなので、視線をピザに向ける。
「さてさて、みんなも食べなよ。早く食べないと潤ちゃんが全部食べちゃうよぉ」
そう藤吉先生が勧めたことで、やっと他の四人が動き始めた。
ピザを手にしたり、グラタンを自分の皿に取り分けたりしているけれど、山崎先輩の豪快な食べ方と比べれば控えめな動作と言える。
しかもここに至っても、山崎先輩はもちろん、幸坂先輩も八一郎も私も一言も言葉を口にしないので、空気は重すぎるほどに重かった。
その重い空気を無視するように、まだ藤吉先生の舌は止まらない。空気を変えようという必死の努力というよりは、藤吉先生はどことなく浮ついているように見える。気のせいだろうか。
「それで馬場くんは何か新しいアイディアがあるわけ? それとも第一期の模擬戦は見送って、第二期に結果を出す感じでいくの?」
何気ない藤吉先生の言葉に、アイディアはあります、と馬場先輩ははっきりと答えた。断言したのだ。それには私と八一郎が思わず視線を交わしていた。私たちにも関係のある話である。
何でもないように馬場先輩が簡潔に答えた。
「見たところ、ハチは接近戦が得意そうですから、僕が温めていたアイディアが活かせそうです。それもあって戻る気になったところもあります」
「アイディアって、殴り合いのアイディアってことでいいのかな?」
「初期段階では殴り合いというか、接近戦が想定されています。慣れてくれば、中距離にも対応できるように発展させるつもりです」
ふぅん、と声にした藤吉先生はちらっと幸坂先輩の方を見た。私はその視線を追い、幸坂先輩が何も言わずにもそもそとピザを食べているのを確認した。幸坂先輩は藤吉先生や私の視線に気づいていない。
そこへ料理の第二弾が来て、三人前のカレーとハンバーグがふた皿、あと飲み物が各種、届けられた。
クリームソーダを山崎先輩が確保し、あっという間にグラス一つが空になる。どうやって飲んだんだ? どこかにグラスをひっくり返したような速度だった。
いやいや、それよりも、馬場先輩にはアイディアがあるのか。
それは私にはありがたい。しかも第一期の模擬戦に間に合う見通しのようだ。何もかもが都合がいい。
自分の中にある期待を共有したくなり、ずっと黙っている八一郎の方を見た。
八一郎はグラタンをつつきながら、山崎先輩の方を凝視していた。私が見ていることに気づかず、山崎先輩から視線を外そうとしない。
私も山崎先輩を見るけど、先輩は何も聞こえない、何も知らない、何も感じないという姿勢で、今はハンバーグをフォークで二つに引き裂いてかじりついていたるところだ。
なんで、そんな山崎先輩を無言で見ているのか、私にはわからない。
やっと私の視線に気づいたのか、八一郎がこちらを見る。
二人の視線がぶつかっても、八一郎が何を考えているか、見当がつかない。
その心の内を知ろうと視線を送っても、どうしてもわからないままだった。
「石森ちゃん、良かったねぇ、探求者候補生が見つかって」
不意に藤吉先生に声をかけられ、そちらに向き直って、ええ、などと答えておく。そんな私の声も、この変な空気の中では空虚に拡散していった。
藤吉先生はまだ笑っているし、馬場先輩も笑っている。
一方、幸坂先輩も山崎先輩もそっぽを見ている。
八一郎は困惑している。
何かが、もしくは何もかもが食い違っているけれど、これはいずれ解消されるんだろうか。
そうであって欲しいと思うのは、私の願望、希望的観測だろうか。
またロボットが来て今度はデザートが届けられる。
山崎先輩の気遣いでもないだろうが、全員分のパフェがあった。
この食事会で山崎先輩はスパゲティを二皿片付け、ハンバーグも二皿片付け、ピザも二枚片付け、カレーを一皿片付け、二杯のクリームソーダーの飲み干し、最終的にはパフェを三杯、食べ尽くした。
料金よりも、それだけの物体がどこに収まったのか、謎だった。
幸坂先輩と八一郎は、パフェを食べなかった。
ただ、それは食欲がなかったというよりは、山崎先輩に横取りされた、ということかもしれない。
(続く)




