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38 責任

       ◆



 私を見て何を感じたのか、普段とは少し違う感じの加賀原先輩は大きく肩をすくめて見せた。

「そんな顔をしないでくれよ。僕が何か悪いことをしたか? した覚えはないんだけど」

 いえ、と答えるのは、私の限界だった。

 まるでその限界が分かったように、加賀原先輩は私の様子については触れないことにしたらしかった。

「僕はこれから食事に行くけど、一緒に行くかい?」

「食事ですか?」

「僕だって人間だ。食べたり眠ったりしなければ何もできない。図書館では飲食はできないし、寝泊りすることも許されていない。と言っても、一日の大半は図書館にいる僕だけどね。で、きみは? もう夕飯にしたのかな」

「してません」

「じゃ、一緒に行くとしよう。さ、そろそろ食堂が混み始めてしまう」

 そんなことを言いながら加賀原先輩が図書館の出入り口である巨大な自動ドアへ向かうので、やっと私は自分を取り戻して荷物を取り上げると、加賀原先輩の後についていった。

 加賀原先輩は私に気遣うようではなく進んでいくけれど、中央食堂とは別方向へ向かっているようだった。夕日の中、敷地を縦横に走る通りではなく、小道のようなところに入っていってしまう。

 魔法技専の敷地には緑が多い、というより、ほとんどが緑化されている。大半の通りが並木道か、両側に植え込みが作られていた。そんな緑の中を行く小道は無数にあって、私はまだ全てを把握するには程遠い。

 小道に入り込むと急に人の気配が遠くなり、木陰のせいで周囲が薄暗くなる。街灯の明かりも遠かった。

「僕につきまとっても」

 加賀原先輩が背中を向けたまま言う。

「あまりいいことはないよ。僕は何の責任も持てない」

 そっけなく、突き放す言葉には何か記憶を刺激された。

 同じような喋り方を、山崎先輩も以前はしていた。最近は感じなくなったけど、第十六グループに関わった当初は今の加賀原先輩と似た雰囲気だった。

 山崎先輩と加賀原先輩、そして幸坂先輩も同じものを共有しているんだと、確信に近いものが胸のうちに生じた。

 私が踏み込めないものが、三人の世界にはある。

 結局、私は返事ができず、加賀原先輩もそれ以上は何も言わずに先へ進んだ。

 小道を抜けると大きな通りに出たけれど、また小道へ入る。そうすると不意に中央食堂の建物が木立の陰から見えた。加賀原先輩は図書館から食堂まで、最短距離を行く近道を選んだのか。

 食堂の横手に出て、回り込んで正面から中に入る。

 時間は十九時前で、食堂の席は混み合って広い空間は賑やかだった。私と加賀原先輩に気づいた数人がそれぞれの反応をして、何か小声でやりとりしたり、表情を変えたりしているけれど、それは全体から見れば僅かだった。大半の生徒は私にも加賀原先輩にも一顧だにしない。

 それでも二人で揃って料理を持って空いている席に座ると、すぐそばにいる生徒はこちらに注意を向け、数人は素早く席を立って離れていった。それが可笑しいのか、焼肉定食を前にしている加賀原先輩は控えめに笑う。

「先輩は気にしないんですか?」

 思わず問いかける私に、何を? という返事はなかった。そんなことは言わなくてもわかる、という態度の加賀原先輩だった。

「気にしていても仕方ないさ。食事は料理に没頭するのが重要だ。一生で何回の食事があると思う? 中には山崎のように食ってばかりの奴もいるけど、あれは極めて少数派だ」

「あの食欲は魔力回路の反動って聞いていますけど、山崎先輩の魔力回路は加賀原先輩がデザインしたんじゃないんですか?」

 そうだよ、と牛肉を口へ運び、ご飯をかき込んだ後、加賀原先輩が答える。

「あれは僕がデザインした。色々と問題が生じたけど、食欲というかが暴走してしまうのは最初期の不具合だったな。フォローしようとしたけどできなかった。山崎にはだいぶ文句を言われたよ。最初はすぐに体型が変わってね、仕方なく体型があまり変わらないように魔力回路を調整した。あれは面倒だった」

 私は自分の料理、きつねうどんに手がつけられないまま、食事を続ける加賀原先輩を見ていた。

 食欲が暴走する不具合に対して、魔力回路の調整で体型を管理する?

 私の疑問に気づいた加賀原先輩が食事を続けながら補足した。

「それくらいの事故はどこでも起こるし、補正だって大半の探求者候補生は捻り出すものさ。きみは管理者候補生で、しかも一年生だから知らないだけってこと。うちは他に上級生がいないから知る機会がない、とも言える」

 そうですか、と答えながら、何かが引っかかった。

 何だろう、と少し考えて、答えが出た。

 何気なく、加賀原先輩は第十六グループのことを、うち、と表現した。

 たったそれだけのことだけど、私は少し感動し、少し寂しくなった。

 図書館にこもって周囲との接点を絶っているような加賀原先輩は、今でも第十六グループを仲間、もしくは家族のように思っている。

 それは尊いことのように感じる。

 だけど、加賀原先輩は第十六グループと距離を取らざるを得ない立場でもある。

「加賀原先輩は、その、なんで図書館に?」

 話題が脱線したのは半ば意図的だった。それに気づかなかったのか、加賀原先輩が答える。

「居心地がいいからかな。見たくない奴らを見ないで済む」

「見たくない奴らって……」

「僕たちを変な目で見る奴らのことさ。きみも知っているだろうけど。きみやもう一人の一年生を苦労させる責任は僕たちにあるけど、許してくれとは言わない。嫌なら出て行けばいい。誰も止めないよ」

 わかってます、と答える私を気にしたそぶりもなく、加賀原先輩はどんどん食事を進めていく。

「加賀原先輩は、その、周りから変に見られることは、苦痛じゃないですか?」

 そんな質問を言葉にしてしまったのは、図書館のラウンジでの一件があった直後だからだ。

 知らないうちに、私はだいぶ打ちのめされていたのだと思う。

「苦痛? 仕方ないじゃないか」加賀原先輩は表情ひとつ変えなかった。「事故の片棒を担いだのは僕だ。その責任は負わないといけない」

 私が視線を上げて顔を見ると、加賀原先輩は少し不快そうに、でも何かを割り切った顔をしていた。

「何があったか、聞いてもいいですか? 記録映像は見たんですけど、実際のことは知らなくて」

 これは幸坂先輩にも山崎先輩に向けられなかった質問だった。

 それが加賀原先輩にできたのは、二人と違って加賀原先輩が少しだけドライに、自分のことを語ったせいだ。

 大したことじゃない、と加賀原先輩が静かに話し始めた。

 聞きたいはずが、聞きたくないような感覚があった。でも耳は集中して加賀原先輩の言葉を正確に聞き取った。

「僕が設計した魔力回路に欠陥はないはずだった。しかし山崎の魔力が、設計の初期段階の予想以上に増えていたのと、試作魔法杖による魔力増幅が想定を超えた。あの模擬戦の時、山崎の体の魔力回路は焼きつくほど過剰に機能し、魔力を引きずり出した。同時に試作魔法杖はその膨大な魔力を貪欲に増幅した」

 焼肉の最後の一切れを食べ、白米を口にして、味噌汁で流し込んでから加賀原先輩は言う。

「相手の生徒の力量が高かったのも悪く作用した。相手がもう少しぬるい相手なら、山崎は全力を出す必要はなかった。でも相手は手強くて、山崎は出力を全開にした。それで、魔力が暴走した。スーツに組み込まれている安全装置も吹き飛ぶ事態になり、事故は起きた」

 私が何も言えずにいるのを、加賀原先輩はいつの間にかまっすぐに見ている。

 観察者の眼差しは、私の何を見ているのか。

「事故の結果、相手の生徒は片腕を失った。行使者候補生としてはおしまいだった。僕たちのチームも、おしまいだ」

 悔やんでいるような、哀れんでいるような、諦めているような、複雑な加賀原先輩の声だった。

 私は何も言わずに加賀原先輩の視線を正面から受け止め、加賀原先輩も私から視線を外さなかった。

「そんな顔をするな。これは僕たちの問題であって、きみには関係ない。いや、僕たちの問題のせいで、きみが苦労しているから関係はあるか。嫌な関係だがね」

 そう言った加賀原先輩は空いた皿の乗ったお盆を手に立ち上がる。また図書館へ戻るんだろう。図書館が閉まる二十二時までまだ余裕は十分にある。

 そのはずなのに、加賀原先輩は立ったまま、動こうとしない。

 じっと、私を見下ろしている。

「先輩?」

「悪いと思っていることを証明する必要はないが」

 そう言った時、加賀原先輩は私から視線を外し、私にはわからないどこかを見ていた。

 自分に言い聞かせるような口調で、先輩は空へ言葉を送り出す。

「フリーの探求者候補生で、これはというのを探して声をかけてみるよ。僕が言うことで興味を持つ奴も中にはいるだろう。もちろん、逆に逃げる奴もいるだろうから難しいかもしれない。あまり期待しないでくれ」

 私はとっさに席を立って、深く頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 礼を言う必要はない、と加賀原先輩は重い口調で言った。

「俺の罪は、どれだけ償っても足りないんだよ」

 そんな言葉を残して、今度こそ加賀原先輩は私から離れていった。



(続く)

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