37 挑発
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私は一日置きに図書館の地下へ足を運んだ。
司書はいつの間にか私を笑顔で迎えてくれるようになったけど、三十分の規制は緩めてくれなかった。私はやっぱり特別ではない、ということだろう。
私はどこにでもいる一年生に過ぎない。
一方、加賀原先輩は特別なのだ。優秀で、実績があり、信用されている。
ここのところ、その加賀原先輩に会えることも稀になっていた。地下へ降りても、どこにいるかがわからない。地下は三階から六階まであり、かなり広い上に無数の書架が並んでいて迷宮と言っても差し支えない。見通しはかなり悪い、というか、ない。
もし大地震が来たら大変だろうな、と思ったりしたけど、きっと何らかの形で空間が保全されるか、本当に貴重な資料は地下にはないのかもしれない。
ともかく、加賀原先輩と遭遇できるのは運がいい時だけで、あとは三十分かけて地下をウロウロすることになる。
一通り見ても出会えない以上、加賀原先輩が移動しているということになり、もしかしたら私の裏をかくように移動しているのかもしれなかった。
それが考えすぎ、被害妄想と思えないほど、加賀原先輩には会えなかった。
エレベーターがひとつしかないはずなのに、ここまで会えないのは何かの呪いのようだ。
それでも地下に彷徨し続けた私は、やっと最適解にたどり着いた。
地下で会えないなら、地上を見張ればいい。エレベーターはひとつしかないのだ。生憎、位置からしてエレベーターを休みなく見張り続けるのは難しい。
ただ、図書館側もさすがに生徒を裏から出入りさせないのではないか。そうであって欲しい。
だって、それなら加賀原先輩もカウンターを経由して出入りするはずで、カウンターを見張ればいいことになるから。
そんな理由で、私は地下で三十分を過ごしてから地上階へ戻り、司書の人にお礼を言ってカウンターを出てから、さりげなくカウンターを見張れる場所にあるソファを選んで、腰を下ろした。
図書館の一階はラウンジのようになっていて、飲食こそ不可能だけど、テーブルや椅子、ソファなどがいくつも配置されていた。
図書館の生徒の出入りは意外に多い。ついでに教官らしい人たちも利用している。ラウンジでも端末を前にしている生徒の姿が多かった。だから私がソファに腰掛けて、チラチラとカウンターの方向を伺うのは変に目立っただろう。
それでも声をかけられるほど目立っているつもりはなかった。
「あなた、石森さん? こんなところで何をしているの?」
不意打ちの声掛けにそちらを見ると、どこかで見た女子生徒がいた。同級生、のような気がする。同じ一年生の、管理者候補生か。
夏服の制服をうまく着こなしていて手にはラップトップ型の端末を持っている。いかにも様になっている。対する自分がどこか野暮ったい気がした。
その女子生徒の表情はやや冷淡で、立ったまま私を見下ろす視線にははっきりと嫌悪があった。
相手がこちらを知っているのに、こちらが相手を知らないというのはかなり気まずい。まさか名前を聞くわけにもいかないので、なんとか名乗ってもらうか、知らないのを隠すしかない。
それよりも、視線を外しているうちに加賀原先輩が出てきてしまうとまずい。
落ち着かないまま、私は言葉を返した。
「少し人を待っているんです」
「お友達? それとも、誰かを待ち伏せ?」
図星にぎょっとしたけれど、どうにか表情に出さず、返す言葉も比較的平静なそれにできた。
「知り合いが出てくるのを、待っているんです」
嘘ではないけれど、だいぶ苦しいか。
同級生は口元に笑みを見せる。優しげに見えるのに、何故か優しさを感じない。
「あなた、もしかして第十六グループを抜けたの?」
「え……?」
とっさに返事ができなかった私に、なんだ、違うのか、と女子生徒が笑みを深める。
「てっきり、第十六グループを抜けてよそのグループに入ったから、あなたにも知り合いができたのかと思った。第十六グループって、一人だか二人だかしか人がいないんでしょう?」
実際には三人だけど、加賀原先輩はほとんど図書館の地下にいるので一人か二人という判定はわからなくもない。
否定しても仕方ないな、と相手の言うことを聞く姿勢をとると、女子生徒が少し声をひそめた。
「どうしてあなた、第二グループの誘いを断ったの? 誘われたんでしょ?」
「それは……」
どう答えても角が立ちそうだった。でも無視はできない。
「少し、馴染めそうもなくて」
「芹沢さんから聞いたけど、あなたの方から拒否したんですってね。すごい勇気じゃない」
「別に、その……」
言葉が見つからない。
なんて答えればいい……?
私が黙り込んでしまったのはほんの短い時間だったはずだけど、それは私の錯覚だったのか、女子生徒は忍笑いをして、嘲るように言った。
「別に謙遜しなくたっていいじゃない。事実ははっきりと言葉にしなきゃ。でも、第二グループが合わないなんて、贅沢ね」
贅沢。
私の選択は私の自由でしょう、と言いそうになった。
言わなかったのは女子生徒の方がわずかに言葉を発するのが先だったからにすぎない。
「あなた、自分がどうして第二グループに誘われたか、知らないの?」
「誘われた理由って、それは……」
芹沢さんの言葉が思い出された。私が、山崎先輩に声をかけられていたから、私は第二グループに誘われたのだ。信じられないけど芹沢さんは本気の口ぶりだった。
そのことは、芹沢さんだけの、第二グループだけの認識だと思っていた。
でも、目の前にいる女子生徒は、同じことを考えている? 何故?
座ったままの私が見上げていると、まっすぐに立ってこちらを見下ろす女子生徒は笑みを深くする。
「山崎潤っていう先輩って、お人形、って呼ばれているらしいの。普段からまったく口をきかなくて、なんでも同じチームの先輩としか話さないんだって。教官とも話さないって噂があってね、あなたはさしずめ、お人形の話し相手として、評価されたわけ。でも今はどの上級生も、同級生も、あなたを間抜けだと認識している」
言葉の意味がすぐには飲み込めず、理解できたときには頭に血が昇るのがわかった。
間抜けだと認識している?
いや、それよりも。
お人形……?
「失礼だと思わないの?」
そう応じた私の声は静かな空間にやけに大きく響いたのに、女子生徒はますます嬉しそうな顔になり、正面から視線をぶつけてくる。
「事実ですものね。だって流れてくる噂では、あなた、チームが組めないんでしょ? 探求者候補生がいないとか。もしかして今も探求者候補生を探しているわけ? そんなに都合よく見つかるかしらねぇ」
私が勢い良くソファから立ち上がっても、女子生徒は動じなかった。
それどころか、さらに火に油を注ぐようなことを口にした。
「お人形さんといくら仲良しになっても、無意味だったわね。そうじゃない? 私が心配することじゃないけど、まさか模擬戦に最初からずっと不参加で卒業するのを目指したりするの? まぁ、それが第十六グループのやり口なのかもしれないけど。お人形さんの進路について、あなた、何か聞いている?」
私はまっすぐに立ったまま、名前も知らない女子生徒を睨みつけた。本能的に本気で睨んでいたけど、相手はやっぱり動じなかった。
「そんなに怒らないでよ。本当のことを言っているんじゃない。で、お人形さんは来年、どうするの?」
「知りません」私の声は、いつになくひび割れていた。「知りませんけど、知っていても、教えません」
女子生徒は失笑するような声を漏らす。
「あらら、つれないわね。お人形さんのお話相手も、実は話をしてもらえない、か」
「余計なお世話です。あなた、何をしたくてここにいるんですか?」
「それはもちろん、あなたに思い知らせるためよ」
「思い知らせる? 何をですか?」
一瞬だけ、女子生徒の目元に強い光が走った。
「たいした実力のない奴が、ちやほやされていい気になってるのを、叩き潰したいのよ」
そういうと、女子生徒はポンと私の肩に手を置いて耳元へ口を近づけてきた。反射的に顔を背けても、声は聞こえた。
「悔しかったら、模擬戦で証明しなさいね」
じゃあね、と女子生徒は今度こそゆっくりと離れていった。
彼女の背中が見えなくなってみると、視線を感じた。それも一人は二人の視線ではない。周囲を見回すと、ラウンジの何人もの生徒がこちらに注目していた。
知っている顔はないけど、もしかして彼らはみんな、私のことを知っているのだろうか。
何者でもない私を、間違った認識で?
急に怖くなった。
本当の私のことを知っている人は誰もいない。みんながみんな、おかしな見方でしか私を見ない。
逃げるように立ち去ろうとした時、「何している?」と声がかかった。
飛び上がるほど驚いたけど、声の主はのんびりしていた。
「まさか僕を待ち伏せしていたの?」
そこにいるのは、待っていた人物、加賀原悠理先輩だった。
(続く)




