34 否定
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きみがねぇ、と加賀原さんは唸るように言った。
「きみが幸坂の弟子とは僕にはとても思えない。正直、天地がひっくり返ってもありえない」
て、天地がひっくり返っても?
「そ、それはちょっと、言い過ぎじゃないですか?」
咄嗟に反論していた。
これでも少しはプライドというものがあるし、幸坂先輩の方は私を弟子とは思っていないだろうけど、私は弟子(のような立場)のつもりだし、とにかく、今の発言は聞き逃せなかった。
「これでも第十六グループに正式に所属しています」
今度は私も少しはっきりと断言できたけど、加賀原さんの態度は変わらなかった。
「二人ほど新入生が入ったのは知っている。しかしすぐに出て行くと思うから、放っておいた。その二人のうちの一人が、きみだってことか?」
「そうです」
よりきっぱりと断言してみると、またため息を吐かれた。
呆れた、というようなため息だ。
私にも少しずつわかってきたことは、加賀原さんは幸坂先輩とは親しいし、第十六グループのこともよく知っているようだということ。
その上で、幸坂先輩がおそらくこの男性に私を会わせようとしたことと、探求者候補生を都合してくれるかもしれないことを加味すれば、答えらしいものが見えてくる。
不意に目の前が光で照らされたように、その瞬間に記憶が蘇った。
加賀原という名前は、生徒のデータベースをチェックした時に見たんじゃないか。
確か、第十六グループのデータで。
自分の中の結論を確認するのには、勇気が求められた。禁断の話題と言ってもいい内容だからだ。
それでも聞かないと先に進まないと判断して、腹を括った。
「あなたが第十六グループの探求者候補生で、幸坂先輩と山崎先輩とチームを組んでいたんですよね?」
果たして男性はちょっと不快そうに口元を歪めて、低い声で答えた。
「当然の結論だし、隠すつもりはない。そうだよ」
ここで調子に乗ってあまり色々と質問すると、こちらが無知なことがバレてしまうので油断は禁物だ。
しかし、驚きと納得が同時にやってきたのは事実だ。
目の前にいる男性が、山崎先輩を超人的な使い手にした魔力回路の基礎を設計した人物とは。言い過ぎかもしれないけれど、歴史上の偉人に対面したような気分になる。
一方で、目の前の男性の雰囲気や佇まいを前にしてしまうと、感覚的にそれだけの力量を感じさせる。この人なら当然のようにやってのけるだろうと思わせる、変な説得力がある空気をまとっていた。
あの、と前置きする私に、加賀原さんは反応らしい反応をしなかったけど、私はまだ本題の話をしていない。その話をするためにここにきたのだ。
「探求者候補生を、紹介していただけますか?」
恐る恐るだけど、そうは聞こえないように発音や調子に気を使って言葉にしてみた。
加賀原さんを怒らせるのは本意ではないし、不快にさせる気もない。
そこが伝わればいいのだけど、と気を揉んでいる私に対する答えはそっけないものだった。
「なんで僕がそんなことをする必要がある? ああ、そうか、二人しか新入生がいないことを考えれば、きみはチームを組めないんだな? それなら第十六グループを出て行くか、そうでなければ模擬戦をあきらめるしかない。どちらが賢明かは明確だな」
一息に言われて、内容を理解するのに一秒ほどの時間が必要だった。
「探求者候補生が参加してくれれば、第十六グループを出て行くことも、模擬戦を諦めることもなく、全てが解決しますけど……」
これだから素人は、と加賀原さんは呟いた。それから、こちらをまっすぐに睨んで、明確な口調で言った。
「探求者候補生の能力、才能や素質は長い学習時間と検証の上に成り立つものだ。いきなり新入生が魔力回路や試作魔法杖をデザインできるわけがない。つまり一年生の探求者候補生など無力ということだ」
やや気おされながら、私は食い下がった。
「なら、上級生でフリーの人を知りませんか?」
「それなりの能力を持つフリーの探求者はすでにチームを組んでいる。フリーで二流の奴もいない。三流でいいなら、逆に掃いて捨てるほどいるが」
この人はどうも私を意図的に邪険に扱っているらしい。いよいよ機嫌を損ねてしまったらしいけれど、私の方も加賀原さんの態度に頭に血が上っていた。
「同じグループの先輩なんですから、後輩に親切にしようと思わないんですか?」
思わず食ってかかってしまったが、知らないな、と加賀原さんの私に対する態度は冷たいままだった。
「俺は先輩からも学んだが、グループにいた探求者は参考程度にしかならなかった。他のグループの探求者でも師事したい相手はほとんどいなかった。だから大半のことは書物と膨大なデータの中で理解したよ」
そんなイレギュラーなやり方を王道的手法と主張されても困る。
私がどう言い返そうか逡巡している間に、書架に寄りかかっていた加賀原さんの肩が離れた。そのままつかつかとこちらに歩いてくるので、咄嗟に身構えていた。
だけど別に私をどうこうするつもりがあるはずもなく、単に横をすり抜けようとしたらしかった。
動けずにいる私とすれ違いざまに「そろそろ時間だろう」と言って、加賀原さんは通路を進んで行ってしまった。
時間ってなんだ?
……そうか、地下にいることを司書に三十分くらいにして欲しいということを暗に言われていたのだった。
時間制限の理由はわからないし、なんで加賀原さんだけが特別扱いなのかもわからないけれど、約束を守らないと二度と地下へ入れないかもしれない。
舌打ちして、それでも加賀原さんに最後に何か言ってやろうと後を追った。
通路を折れてみると、そこにいるはずの加賀原さんの姿はなかった。どこか書棚の向こうへ行ってしまったらしい。すぐに探すのは無理だ。舌打ちしたいのを我慢して、結局、私はエレベーターへ戻ろうとした。
戻ろうとしたけど、あっさり迷ってしまって無駄にウロウロしているうちに時間ばかりが過ぎていった。
五分ほどを無駄に消費してやっとエレベーターを発見した。一階へ戻ってみると、もちろんバックヤードなので、人気はほとんどない。元来た方へ戻っていくとなんとかカウンターの内側に出た。私を地下へ入れてくれた司書の人がこちらに気づくと、控えめな笑みを口元に浮かべた。
「すみません、ちょっと時間を過ごしてしまって」
頭を下げてこちらから謝罪すると、司書からはちらっと腕時計を見てから「問題ありませんよ」と答えがあった。
「加賀原さんには無事に会えた? お話ができた?」
優しい言葉に、ええ、まあ、と曖昧にしか答えられない私に、司書が口元を隠して小さく声にして笑う。
「加賀原さんはちょっと個性的ですもんね」
あれでちょっとだろうか。
「かなり個性的でした」
「もう用事は済んだの?」
自分でも思っても見ない言葉が出ていた。
「まだ時間がかかりそうです。また地下へ入れてもらえますか?」
「あまり頻繁にはねぇ、無理かもしれないですね。ちょっと他の生徒の方たちと釣り合いが取れませんから」
「なら二日に一度くらいは無理ですか?」
検討しますね、と司書は苦笑いだ。しかし否定的ではないと見て取れた。
何度もお礼を言って私は図書館を出た。外はまだ真っ暗ではないけど、すでに街灯が灯っている。時間を見ると十九時を回っている。
食事を用意して今から実習室に顔を出そうか。
それなら山崎先輩のために何か食べ物を余計に手に入れるべきかもしれない。第十六グループの実習室には大型冷蔵庫が設置されているので、少しくらい余ってもそこで保存できる。
道を歩きながら、頭の中では食事のことより、件の男性、加賀原さんのことを考えていた。
加賀原という苗字はわかった。夜、寮に戻ったらそれでデータベースを検索してみよう。年齢は不明だけど、五年生に違いない。探求者候補生だということも判明しているので、すぐにヒットするはずだ。
そこまで決まれば今できることはないし、すべては寮に戻ってからだ。
見通しが立ったことでやっと頭は食事のことを考え始めた。
えーっと、今いる場所から近いお店は何があったかな……。最近、山崎先輩は何を食べていたか。無頓着に食べているようで、山崎先輩は同じようなものばかりだと文句を言う。
思案の末、大量のマカロンを購入して実習室へ行ったけれど、山崎先輩は不在で肩透かしだった。マカロンは私と幸坂先輩、八一郎で山分けになった。
幸坂先輩は特に私の用事の結果を質問しなかったので、私も黙っていた。
その日の夜、寮に帰ってから私は予定通り、図書館の地下にいた男性について調べてみた。
生徒一覧にちゃんとフルネームで名前があった。第十六グループのデータ一覧にもその名前がある。
加賀原悠理。探求者候補生の五年生。
幸坂先輩と山崎先輩とチームを組んでいたとわかった。第十六グループに今も籍がある。
やっぱり……。
データベースの上では、山崎先輩、幸坂先輩、そして加賀原先輩のチームは存在する。それはデータベースを少し掘り下げればわかることだった。
それでも、この時まで深く考えてこなかったけれど、この三人のチームは今も解散していないというのは、実際とやや食い違っている。
でも、模擬戦の結果が、「不参加」ではなく「棄権」なのだから、三人のチームは今もチームとして公式に登録されているというのが自然な解釈なのか。
成績の面で言えばチームを組んでいようといまいと、全て棄権している模擬戦の結果や評価は変わらないはずで、現状ではチームを維持するメリットは見当たらない。
一方で、チームを組んでいればフリーという扱いにならないから、そこに何か意味があるのかもしれない。
例えば……、そう、誰からもチームに誘われない、とか?
それともやはり、責任を感じているのだろうか。
わからないなぁ、と思わず声が漏れたけど、誰かが答えを教えてくれるわけでもない。
ともかく二日後、また図書館に行こうと私は決心した。
探求者候補生がいないのでは、スタートラインにすら立てない。
(続く)




