29 頼みごと
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放課後、第十六グループの実習室に行くとすでに幸坂先輩と山崎先輩がいたけど、幸坂先輩は少しすると「おやつを買ってくるよ」と部屋を出て行ってしまった。
ここのところ、幸坂先輩は私を避ける傾向にある。
というか、最初からそんな感じだったけど、私は気づいていなかった。
第十六グループに加入してからつい最近まで、折を見て幸坂先輩に何かと教えてもらおうとした。でも、その度に幸坂先輩は何か理由を見つけて私を遠ざけたり、自分から遠ざかったりする。
今もきっとそうしているのだ。
嫌われているわけではないと思いたい。一方で、幸坂先輩には何か私に対して思うところがあるのは間違いない。
私があれこれと根掘り葉掘り質問して、ズカズカと土足で踏み込むような真似をしているのが嫌なのだろうか。いや、そんなはずはない。そうであって欲しい。
一方の山崎先輩はといえば、大抵はソファに座って本を読んでいるか、横になって眠っているか、何かを食べているかだ。私は山崎先輩にも隙を見て質問を向けるけど、山崎先輩は幸坂先輩とは違って感情を隠したりしないし、逃げもしない。
それが? とか、聞いてどうするの? とか、それ意味ある? とか、反応はあることにはある。
あしらわれている、邪険にされているとしても、反応は反応だ。
それで良しとするべきか、それとも返答の内容からして私の質問の内容や方向性が間違っていると認識するべきか。
きっと間違っているんだろうけど、いつかこちらが知りたいことを教えてもらえるのではないか、と希望的観測を持ってちょこちょこ質問を向け続けてしまう私だった。
この時も、山崎先輩はソファにだらしない姿勢でしなだれかかるようにして、何かの本を読んでいるようだった。本は本でも電子書籍で携帯端末を使っているので、どんな本なのか知る術はない。時折、手元で小さく指が動いていた。
八一郎が何をしているのか視線を向けると、一人きりで実習室の半分を占める畳のスペースでトレーニングをしていた。自重トレーニングのようだけど、私の付け焼き刃の知識ではどこを鍛えているかわかるくらいで、それがどのくらいの負荷かはわからない。
トレーナーとしての知識も管理者候補生には求められる。いずれは私も知識を深めないといけないのはわかっている。
トレーニングに関する知識を取り込むのは行使者候補生も同様で、彼らも講義や実戦の中でトレーニング全般に通暁することになる。食事や生活習慣に関する授業さえあるので、管理者候補生は行使者候補生はジムのトレーナーなどよりよほど専門的な立場と言ってもいい。
八一郎はいつでも山崎先輩のことを特別に気にしていないし、山崎先輩の方も八一郎のことを気にしているそぶりはない。
私は山崎先輩の向かいの席に腰を落ち着けて、膝にラップトップ型の端末を置いてテキストを見ていたけれど、どうしても落ち着かない。
さっき八一郎とは少し話をして、やっぱり格闘技を活かす試作魔法杖が欲しい、と言われていた。
まだ授業の中では適正ははっきり見えてこないけれど、現時点でも八一郎は中距離より狭い間合いに魔法の適性がありそうだとは私には見えた。
的に対して魔力波動を打ち出す時、遠距離では命中精度と威力がわずかに落ちるからである。これからもっと詳しく分かるだろうけど、それには時間がかかる。
詳細な適性が判明するまでに、できるだけ準備しておきたいと私は思っていた。
「山崎先輩」
いつの間にか声をかけるのに覚悟が必要になっているけど、質問せずにはいられない。山崎先輩はちらっと私の方を見て、視線をすぐに携帯端末に戻したけれど答えはある。
「何?」
「あの、山崎先輩はいつ、魔法の適性がわかりましたか?」
「一年生の時だね」
明らかにはぐらかされているので、ちょっと深追いする気になった。こちらはふざけてるのではなく、真剣だ。
「一年生のいつですか?」
「一回目の模擬戦の時には分かっていた。別に焦ることでもないよ」
取りつく島もないけれど、どうやら珍しく助言してくれたらしい。それに乗ってみよう、とちょっと私は調子に乗った。
「八一郎に接近戦をさせたいんですけど、今、そのための魔法杖の構想を練っています」
「それで?」
う。ちょっと間違ったか。いつも通りに山崎先輩は立て板に水だ。
引っ込みがつかないとはまさに今の私の立場だろう。黙ることもできず、言葉が口からペラペラと出て行く。
「八一郎に接近戦の適性がなかったらどうしようかな、と思ってます」
「いずれわかる」
「山崎先輩から見て、どうですか?」
何か、空気が変化して私の背筋がブルッと震えていた。
その理由を考える前に、ぐっとソファの上で起き上がると山崎先輩があくびをした。眠い、というより、退屈だ、と言いたように見えた。
「ハチは体はできている? ま、技がどの程度か知らないけど」
私は八一郎の様子を見た。彼は私と山崎先輩のことなど眼中にないようで、腕立て伏せの最中だった。ものすごいゆっくりと体を動かしている。
山崎先輩がやる気になっているようなのに、八一郎には自分のことしか頭にないようだ。
「ちょっと試してもらえませんか?」
勢いでそう頼むと山崎先輩が舌打ちした。はっきりと、よく聞こえるように。
拒否されるか、と想像したが、先輩は手元の端末をローテーブルに置くとソファから軽い動作で立ち上がった。
「え? やってもらえるんですか?」
まさか受け入れてくれるとは思っていなかった私が確認している間にも、先輩は靴を脱ぎ捨て、靴下まで脱いで畳に向かっていく。やっとこちらに気づいた八一郎がトレーニングを止めて、キョトンとした顔で山崎先輩を見た。
「なんですか? え? どうしたんですか?」
まったく私たちのやりとりを聞いていなかった八一郎が首を傾げるのに、「さっさと立ちなさいよ」と山崎先輩が強い調子で言いながら身振りで急かす。まだ状況が飲み込めていない八一郎が立ち上がり、その八一郎と適度な間合いを取ってから山崎先輩が確認するように私を見た。
「ま、試しにやってみるけど、手加減しましょう」
はい、と私は頷いたけど、声はうまく出なかった。
「何の話ですか? 試しって、なんですか?」
当事者なのに置いてけぼりになっている八一郎の問いかけに、山崎先輩は私から八一郎に向き直ると「好きに構えなさい」と言った。
「構えって、何のですか?」
「スパーリング。手加減するから死にはしないでしょう。怪我もしないようにしてあげる」
「え? 俺と先輩がここで、スパーリングの真似事をするんですか?」
「真似ごとじゃない。それと、あなたの相棒がやれ、というからやってあげる」
さすがの八一郎も不快だったらしく、私の方を見遣った。どう反応すればいいのか迷いつつ、無言で頷いておく。行け! というところだ。
それでこの手合わせが必要なことだと分かってくれたようだけど、八一郎はまだ戸惑っていた。それもそうか、全てが予定外なのだし。
八一郎が、恐る恐る確認した。
「先輩、その、プロテクターというか、ヘッドギアくらいはつけた方がいいと思いますけど」
「なんで?」
あっさりと疑問を向けられ、八一郎も本当に困ったようだった。咄嗟にはどう応じるべきか、言葉に迷った様子だった。
「いや、怪我したら大変じゃないですか」
やや苦しげな八一郎の言葉に、山崎先輩は鼻で笑って一蹴した。
「私は怪我をしないし、あなたに怪我もさせない。それでいいでしょう」
「もしもってことがあるんじゃ?」
「もしもはないね。今の発言、自信過剰だって数分後にはわかるよ」
はあ、と答えた八一郎は私をもう一度見た。本当にやるのか、念入りに確認する顔つきなので、私はさっきより強めに頷いておく。
もう、ここまできたら私としては八一郎の実力も山崎先輩の実力も見ておきたい。山崎先輩が次にいつやる気になるかわからないので、この機会は逃せない。
やりますよ、と八一郎がどこか投げやりに応じる。
山崎先輩は、制服はスカートではなくスラックスを履いていることが多くて、今もスラックスだった。足を出さなくてもスタイルの良さは一目瞭然だった。
それが、どうしてか今、ただスタイルがいいだけだとは思えない。
おかしな連想だが、引き絞られた弓が思い浮かぶ。
ともかく、山崎先輩と八一郎は制服のままで向かい合った。八一郎はトレーニング中から上着を脱いでシャツになっていたけど、山崎先輩は上着を着たままである。
「合図はいらない」
肩をほぐすように回しながら、山崎先輩が投げやりな調子で言う。
「好きな時に仕掛けてきなさい、どこからでもどうぞ」
それから思い出したように付け足す。
「下手に手を抜くと、あなたが怪我をしますからね」
すごい自信だ、と私は少しだけ呆れた。
そんな私とは違って、八一郎は別の認識をしたようだ。
ちょっとため息を漏らしてから、八一郎が構えをとった。
少しの油断もないのは、その眼差しが証明していた。
(続く)




