28 才能
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私は昼休みに食事を早く済ませて、図書館へ行っていた。
魔法技専の図書館には一般的な図書館と同じ要素もあるが、同時に、専門的な資料室の要素も含まれている。
大半の書籍や論文は電子化されていて、校内のネットワークにアクセスすればどこにいても閲覧できるものの、図書館にある端末は他とは違う。
まず第一に、支給されているラップトップ型端末の画面よりはるかに巨大なディスプレイを使えるのだ。
図書館の四階から六階は個室の閲覧室で、一つの部屋に大型モニタが三枚、設置されている。ついでに端末は最新の高性能モデルで、全生徒が持つ端末とは処理速度がまるで違う。
その性能は、十年先の性能を先取りしたようなものである。
ついでに閲覧室は空調が効いているし、椅子も人体工学を反映させたものでいつまで座っていても疲れない。
全部で八十室があり、予約制なので授業が多い一年生は空いている時間を探すのが難しい。私はなんとか今日、枠を取れたものの三十分しか時間はなかった。
携帯端末をかざして部屋のロックを解除して中に入り、席に着くなり作業に取り掛かった。
ここ数日は暇さえあれば端末で魔法回路に関する基礎学習を続ける一方、魔法杖の構造とその機能の拡張に関するノウハウを学ぼうと努力していた。
授業はまだ全ての新入生が最初に知るべき基礎分野に留まっているので、私がやっているのは予習と言ってもいいけど、似たことは大半の一年生管理者候補生はやっているだろう。探求者候補生だって、講義を受けるまで知識を手に入れる機会を待っていたりはしないはずだ。
チーム単位での授業では、まだ模擬魔法杖を使っての中距離魔法を確認している。基礎的な魔力回路と初心者向けの模擬魔法杖で、少し離れた場所にある的を破壊するだけだ。
教官は少しずつ状況を変化させ、的の大きさを変えたり、位置を微調整したり、連続発動を求めたりしている。
八一郎はどれにも問題なく対応している。
それだけでは私は安心できなかった。
他の行使者候補生の中には八一郎とうまく初歩魔法を使う生徒が何人もいる。それが私の中に課題として映っていた。
現状において、八一郎は自分に合った魔法の使い方をしているのか。
自分に合った魔法であの程度ということなら、練習を繰り返すことでコツを掴んで、改善されていく可能性がある。
一方で、もしその適正に合っていないのなら、そこに私の役目が生じてくる。
八一郎に適合した魔力回路や試作魔法杖を用意する必要があり、私がその役目を管理者候補生として負う。
魔力回路や試作魔法杖の基礎を設計することは探求者候補生の役割とはいえ、今、私たちのチームには探求者候補生はいない。
無理だとは分かっているけど、少しは私の力で八一郎の能力の向上をフォローする。
それが今、私が私に課した役目だった。
ともかく、チームを組んで、いずれ模擬戦に出る以上は上位に食い込むことを狙わないといけない。今の時点で他の新入生に遅れを取っているようでは、先が思いやられる。
理由が何であれ、複雑に絡まり合っているとしても、八一郎を少しでもマシにするためには講義の内容を先取りしてでも知識を増やすのがやるべきことである。
そんな決意のもと、少し寝る時間や休む時間を削って、私は論文の電子データを当たりまくっていた。
分かってきたことは、模擬魔法杖は初期段階では中距離の魔法に適合するようにセッティングされており、それを微調整することで使用者の個性に適合させる余地が残っているということだ。
模擬魔法杖に関しては最初にそう教官から説明を受けていたけれど、微調整のノウハウはまだ細かいところまでは教わっていない。近いうちに講義で知ることになるはずだけど、先取りしていて悪いことはない。
魔法杖の基本的な役目は、使用者の魔力を魔力波動へ変換することと、その前段階として魔力そのものの認識力の向上、制御力の底上げになる。
超上級者は魔法杖なしでも魔法を行使するというが、それは例外的存在で、大半の行使者は魔法杖で魔力波動を生み出すものだ。
魔力それ自体は、実に曖昧な、ぼんやりした力に過ぎないのが、魔力波動となると対象を破壊するような力を持つ。現時点の授業で確認している的の破壊も、初歩的な魔力波動の確認なのである。
魔力そのままでは的は破壊出来ない。
的を破壊しているのは、魔力波動なのだ。
私は端末に映る論文をどんどんと読んでいく。古い書籍は後回しにして、魔法技専が奨励している副読本的位置付けの技術書を集中的に確認することに決めていた。
八一郎は、どうやら格闘技をやるらしい。そんなこともやっとわかってきた。
選択授業の中で総合格闘技を選んだと話しているのを聞いたのだ。格闘技の経験者なのか、と質問すると、微妙な顔で「実戦的な」と返事があった。
総合格闘技の中でも実戦的な格闘技が何かは、私の知識ではわからない。
実戦、と言っているように聞こえたけど、私の勘違いで、実践、と言いたいのかも、とも考えたけど、格闘技は実践するのが当たり前だとも思う。
となると、総合格闘技の実戦とは何か。
ストリートファイトでもしたのだろうか。そんなものが現実にあるとは聞いたことがない。街角で殴り合ったりすると、違法じゃないのだろうか。双方の同意があればいいのか?
どうでもいい疑問は傍に置いておいて、八一郎が格闘技を使う以上は彼には近接戦闘を主体とした戦い方が都合がいいはずで、それなら模擬魔法杖なり試作魔法杖なりを近接戦闘に特化したものにするのが正道のはず。
今、中距離でそこそこの技術しか発揮できないのも、彼が本来的に短い間合いを求めているからだと思いたい。
もしこれで遠距離攻撃の方に適性があったりしたら、八一郎の格闘技に関する経験も実力も、あまり出番がなくなってしまう可能性があった。もっとも、そのあたりを工夫するのも管理者候補生や探求者候補生の技量なのだけど。
文章を読み、略図や詳細図は自分の端末にコピーしておく。この図書館では大半の情報は無料で複写できる。そもそもどこでも閲覧可能なうえに、ほとんど制限もないのだから、複写を制限したり、回りくどい手続きを踏む理由もない。
そうこうしているうちに閲覧室の使用時間が終わろうとしている。時間になればチャイムが鳴るとわかっているが、時計を見ると焦ってしまう。
自分の中にある焦燥感が、閲覧室の時間制限からくるものだけではないことに私は実は気づいている。
私は、自分の知識のなさや、技術のなさに焦っているらしい。
普段はあまり意識しないけれど、放課後や休みの日に第十六グループの実習室へ行くと、変に意識してしまう自分がいる。
山崎先輩はともかく、幸坂先輩は私に積極的に知識を授けるようではない。彼自身の研究なのか、大半の時間は製図台に向かっている。
その幸坂先輩が三年前のランキングトップ、それも無敗でトップに立った山崎先輩と組んだ管理者候補生なのだと思うと、私は彼から何かしらを学ばなければいけない、という衝動が湧いて来る。
その衝動に包まれると、今度はどうして幸坂先輩が私に積極的にならないのかが気になってくる。
まだ指導するには早い、と思っているのだろうか。
入学して二ヶ月も過ぎていないのだから、私は彼からすればまだまだ無知かもしれない。
無知だから、知識を伝えるには早すぎると思われているのか。
でも、と私は思うのだ。
幸坂先輩は五年生で、来年の三月には卒業してしまう。それまでの限られた時間でどれだけのことを私は理解できるだろう。
この一年が私に許された唯一の時間で、それは一日が終わるごとに大きく削られていく。
余裕に構えていることなんて、できそうにない。
ふとした時に残り時間に思い至る。
私は時間を無駄にしているのではないか。
一方で考えることは、幸坂先輩は二年生でランキングトップのチームの一員だったのだから、彼だって長い時間を学習に費やして結果を出したわけではない。
幸坂先輩が天才だった、ということはあるかもしれない。
だけど、私は天才ではない。
天才ではないとしても、努力しないではいられないのは自然なことのはずだ。
自分には才能がない、という発想は何の言い訳にもならないのだから。
チャイムが聞こえてきた。時間だ。私は端末に表示していたデータを全て閉じ、最初と同じ状態にリセットして席を立った。カバンを拾い上げ、携帯端末をポケットに入れる。ラップトップ型の端末はカバンに入れる時間が惜しいので、閉じて手で持つ。
扉を開けると、他の部屋からも次々と生徒が出てくる。一年生らしい姿はあまりなかった。数人の上級生が私を見て眉をひそめるので、サッと顔をさりげなくそらして視線から逃れると、私はそそくさとその場を後にした。
近接戦闘用の魔力回路について、頭の中では思考が回っていた。回っていたけど、細部を覚えていないためにすぐにこんがらがってしまう。
ため息とともに一度、リセットして、私は階段を早いペースで降りて行った。急がないと午後の授業に遅刻してしまう。
外へ出ると強い日差しを感じる。まだ五月なのに夏のように強い太陽光が照りつけている。
目が眩むような光の中を、私は小走りで急いだ。
何かに追われているように。
実際、色々なものが私を追っているように感じられた。
目に見えない何かは、私を確かに追い立てている。
急がないと。
急がないと……。
(続く)




