9 思案
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どういうわけか満月が、変な表現だが入れ食い状態になったため、俺はその場をそっと離れた。邪魔だろう、物理的に。
俺の元へも何人か上級生が来たものの、行使者候補生か確認されるのと、格闘技は何が専門かを確認されるのと、肩の状態を確認されるのと、それくらいの質問しか受けなかった。そして最後には「縁があったら」とか「誰かいい奴を見つけろよ」とか、そんな言葉を残して上級生はどこかへ行ってしまった。そして次の上級生が来て、同じ質問、同じ別れの言葉。
人の群れの中を少し移動して料理を追加で手に入れようとしたけれど、その移動の間、ずっとまとわりつかれ、視線で追われるのは妙な感じだった。
本当に妙な感じだった。
俺の上背が注目されているのでも、肩を固定しているのが目立っているのでもない。
何がそんなに俺を注目の的にさせているのか、さっぱりわからない。入学試験の時の実技が理由ではないはずだ。それならもっと早い段階で今のような状況になったはずだ。
つまり、理由は満月か、満月の行動といったところか。
料理が並ぶテーブルでは様々なものが盛られた皿の数が全体的にだいぶ減っていたが、ちょうど中年女性の、なんと表現すればいいか、食堂のおばちゃん的な人物が新たな料理を補充するところだった。
ピザと大ぶりな串焼きで、串焼きは片手でも食べやすくちょうど良い。ありがたく二本ほど受け取ってその場を離れる。こうして片腕を使えなくなって身にしみて感じるのは、片手での食事は難しいし、片手で食べやすい料理は限られるということだ。
ちょっと意味もなくウロウロとしてみたが、だいぶ弱くなったものの、まだ視線が食い下がってくる。思い切ってそちらを振り向くと、幾人かが視線をそらす一方、幾人かは堂々と視線を受け止めている。
俺に気付かれてはいけないことではない、のか。ではいったい、この視線の意味は何だろう。
結局また壁際へ移動し、俺は串焼きにかじりついた。牛肉だというのはわかるが、どこの部位かはさっぱりわからない。牛肉は食べたことがあっても部位などこれまで気にしたこともなかった。次は玉ねぎで、その次がまた牛肉、次がシシトウ、次は牛肉、次はピーマン。どうも、変な塩梅だな。
串焼きを食べている間に俺への注目は自然と引いていった。俺の食事があまりにも野蛮すぎて、興醒めしたのかもしれない。それだと良いのだが。
視線も離れ、上級生も離れ、そうなってやっと、俺の方から周りを確認する余裕ができた。
そこここで談笑の輪が出来ている。というか、輪から外れて一人きりでいたりする生徒は極端に少ない。そしてそんな生徒は明らかに食事のためにここにいますという顔している。演技ではなく、本気でそんな態度を取っているようにしか見えない。
どうもグループへの加入に関しては、だいぶ出遅れてしまったらしい。
満月に電話で呼ばれる前にも俺を仲間に加えようとする上級生はいないわけではなかったが、どうも俺の社交力が乏しすぎるか、魅力のようなものがない、というのが結論のようだ。
行使者候補生は基本的に何かしらのスポーツか武道、格闘技の経験者だ。しかもすでに何らかの大会で結果を残しているものが多い。全国大会でベストいくつとか、そんな感じである。上級生の質問もその辺りの確認が多かった。
俺の経歴はといえば、その手の大会には出場したことさえない。ど田舎で生活していたということもあるが、家族、というか父親の方針で大会とは縁がなかった。
もっとも、仮に格闘技の大会に出るとしても、俺が父親に叩き込まれた格闘技は異質なものだったから、結果が出たかはわからない。
親父の格闘技は、まさしく無手勝流の、喧嘩術のようなものだから。
そんな背景のせいで、魔法技専の新入生の中では極端に何の実績もない俺は、イコール何のアピールポイントもないのだった。上級生の「何の格闘技をやっているの?」という問いかけに「喧嘩みたいなものです」と答えているようでは、呆れられても仕方がない。上級生からすれば、喧嘩殺法で正統の武道家に対抗できるか、と指摘したかっただろうし、やんわりとそう指摘してくれる人もいたりした。正直な指摘は、ありがたいものである。
肩の負傷のせいにしちゃいけないな、と反省しつつ、二本目の串焼きを食べ終わったところで、串を捨てるついでにまた何か食べ物を探しに行く俺だった。こうなっては今日は腹一杯食べて、明日以降のことは料理を堪能し終わってから考えるとしよう。
串はゴミ箱に投げ入れ、片手で食べられるものを探し、豚まんを発見した。こちらは何故か食堂のおばちゃんではなく、中国人っぽい中年男性の料理人がセイロから出して紙に包んで渡してくれた。かなり熱い。
片手に豚まんを持ったまままた壁際へ戻り、豚まんが食べやすい温度になるまで待つ。その間、ついさっきは明日以降に先送りにしたはずの課題を、なんとなく吟味していた。ほとんど時間潰しだ。
グループに所属しないという道がないわけではないが、それは最後の手段だ。
やるべきことを整理しよう。
まずこの場で上級生との繋がりが作れなければ、所属したいグループに自分から売り込んでいくことになる。まぁ、あまりこだわりはないけれど、自分の能力が活かせる場所がいいし、チームを組む管理者候補生と探求者候補生が有能であるに越したことはない。
この学校では基本的に行使者候補生と管理者候補生と探求者候補生の、三人一チームの単位で模擬戦に参加し、その模擬戦の結果で成績や評価が大きく変わる。授業態度や座学の試験の結果も反映されるが、何よりも模擬戦の結果が大きい影響を及ぼす。
行使者候補生がどれだけ武術や格闘技に通じて高い身体能力を持っていても、そんなものは管理者候補生が施す魔力回路で引っ繰り返せるという。さらには探求者候補生が研究し考案する魔力回路の優劣も大きな要素だそうだ。
俺自身、自分がどれだけできるかはあまりわかっていないが、ある程度の技術の蓄積とノウハウがあるグループに入りたい。その方が有利だろう。
周りを観察すると、上級生にはどことなく個性があり、似たような個性の人が集団を形成しているのが見えてくる。それがどうやらグループの個性であり、気質のようなものなんだろう。
明らかに武闘派っぽい一派もいれば、勉強ができそうな一派もいて、面白くはあるが、面白がっている場合でもない。
俺はどこに入ればいいんだ?
どこか、無理やりに人の輪に首を突っ込むべきか。
手の中の豚まんが冷めてきたので、かじりつく。おぉ、肉汁がすごいな。美味い。本格的だ。
豚まんをあっという間に食べ終わり、今度はソフトクリームをもらいに行った。
つまり、ここらでデザートを食べて、もう引き上げようかな、という気持ちだった。
このままここにいても出会いはないし、こうなっては後から情報を集めて、こちらから受け入れてくれそうなグループに飛び込もう。それが妥当な気がする。
ガイダンスでは校内ネットワークからアクセスできるデータベースに、グループに関する様々な情報が上がっていると事務員が話していた。それを参考にすれば、俺に合いそうなグループが見つかる可能性もある。
出遅れるのは否めないが、他に手段がない。
ソフトクリームはどこか学生っぽい女性が用意してくれた。受け取り、舐め取るように食べつつ、俺はそのまま学食を出た。すでにちらほらと引き上げる生徒の姿もあったが、ごく僅かだ。
懇親会は実質的に食べ放題だし、早く帰るのも損といえば損か。しかしもう俺は腹いっぱいだ。
夜道を歩きながら、街灯の明かりの眩しさが気になった。故郷では夜になれば星空がはっきり見えたものだが、ここでは頭上を見上げても光の弱い星はほとんど消えてしまう。
意味もなくため息を吐きつつ、コーンの最後のひとかけらを噛み砕いで飲み込み、俺は寮へ向かった。
量もどこか静かだった。自分の部屋のドアを携帯端末で開錠し、中に踏み込む。自動で明かりが点灯し、積まれているダンボール箱がまず見えた。荷解きも済んでいないのは憂鬱だ。
風呂に入る時の肩のギプスをどうすればいいのか、医者が話していたことを思い出しつつ、まず部屋のユニットバスにお湯を張ろうとしたところで、急にインターホンが鳴った。
誰だ? と思って壁に埋め込まれたインターホンの端末の小さな画面を見た。しかし、誰だ? と同じ疑問が浮かぶだけだった。見知らぬ相手である。私服姿で、ただ、新入生には見えない、気がする。
端末のどのボタンを押せばいいのか、手探りで操作するとマイクとスピーカーがオンになった。
「どちらさまですか?」
こちらからそう声にすると、モニタの中で相手がちょっと表情を緩めた。
「ちょっと出てこられるかな。話したいことがあるんだけど」
話したいこと?
こんな時間にですか、と危うく言いそうになったが、俺は新入生で、魔法技専のマイナーなルールは何も知らない。時刻はすでに二十一時近いが、意外に生徒はこの時間帯でも自由なのかもしれない。
どこで話すのか、と思ったが、まさか俺の部屋ではないだろうし、廊下でもないはずだ。
何かが引っかかりはするものの、特別に悪いことが起こることはないはずだ。
俺は意を決して玄関へ行き、鍵を開けてドアを開いた。
(続く)




