8 質問
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私が数日前の事故のこととその後の幸坂葉太の行動を説明し終えると、フゥン、と女子生徒は感心したように声を漏らした。
「葉太は何も言っていなかったけど、そんなことがあったとはねぇ」
幸坂先輩のことを名前で呼ぶ女子生徒に、私はちょっと狼狽えた。
二人が一緒に食事していたことを考えれば、仲がいいのはわかりきっている。それでも私は何かを期待していたのかもしれない。どうしてか私は無意識に、二人が特別に親しくないことを望んでいたのだった。
何故なのかは自分でもわからない。
女子生徒は皿に残っていた料理を箸で口元へ運び始めた。今になって彼女の皿の上に乗っているのが大量の唐揚げだと気付いた。唐揚げ、好きなんだろうか。皿のふちの方に大量のタルタルソースも見えた。タルタリストか。
「あの、先輩、幸坂先輩はどこかにいますか?」
やっと本当の質問を向けると、すぐに返事があった。
でもそれは、想定外の言葉だった。
「なんで、そんなことを聞くの?」
え、と言葉に詰まる私を無視して、女子生徒は唐揚げにかじりついている。
「それは、えっと、その、お礼を言いたくて……」
何故か口いっぱいに唐揚げを頬張りながら、フガフガと女子生徒は頷いた。それからゆっくりと唐揚げを飲み込むと、のんびりとした口調で答えた。
「あいつはここには来ていない。用事もないでしょうし」
「幸坂先輩と先輩は同じグループですか?」
この質問は私としてはだいぶ踏み込んだ内容だった。女子生徒はまた唐揚げを口に詰め込むと、どこか不自然に顎を動かしながら頷いている。いや、頷かれても。反応からして同じグループらしいけど、どこのグループか教えて欲しいのだけど。
何か答えをはぐらかされている気もしたけど、こちらも引くに引けなくなり、黙って彼女が唐揚げを飲み込むのを待った。
無理やりといったように唐揚げを嚥下した女子生徒が、首を傾げる。
「同じグループだね」
「どこのグループですか?」
「どこのグループか?」
「え、ええ、はい」
「第十六グループ」
内心でガッツポーズしそうだった。
第十六か。
あとは第十六グループに入れるように話を持っていけばいい。
「あの……、私……」
言いかけた私に、女子生徒がさっと箸を持った手をこちらに挙げたので、出かかっていた言葉は寸前で引っ込んでしまった。
「お礼を言いたいのはあなた? それなら、葉太には私方伝えておくよ。お名前は?」
「え、あ、石森満月です……」
「了解。石森さんね。伝えておきます」
「い、いえ! その!」
皿の上の最後の唐揚げを口に入れた女子生徒がその場を去ろうとするので、慌てて呼び止めた。
「幸坂先輩が助けた男子生徒がこの場にいるんです! その、知り合いで、呼びますね!」
面倒だからいいよというそぶりを見せた女子生徒を無視して、私は携帯端末で八一郎を呼び出した。メッセージを送るのではなく、電話をかけたのだ。彼はすぐに出なかったが、出ることには出た。
手早く幸坂先輩の知り合いの女子生徒と会ったことを伝えると、行くよ、と返事があった。場所を伝えると了解という返事がある。
携帯端末をしまうと、女性生徒は不満そうなへの字口で立っていた。
「これから来るそうです」
「みたいね」
退屈そうだったが、私はどう対応することもできず、黙っていた。
実に居心地の悪い沈黙だったけど、食堂中が賑やかなせいでさほど苦痛を感じずに済んだ。
少しするとゆっくりとした歩調で八一郎がやってきた。不思議だったのは、先に気づいた様子の女子生徒が八一郎を出迎える姿勢を見せたことだ。
それは興味を持っているようでもあり、警戒しているようでもあった。
「こののっぽが例の?」
女子生徒の方から私に確認してきたので、そうです、と答えると女子生徒はじっくりと八一郎を眺めるような様子を見せた。
八一郎は片腕が使えないせいだろうが、もう一方の手に大きなフライドチキンを手掴みで持っていた。女子生徒は別に八一郎のフランドチキンが欲しいわけでもないだろう。
「どうも、八角八一郎です」
相手の態度を気にしたそぶりもなく、八一郎が名乗る。
「ハッカク? ヤイチロウ? どういう漢字?」
「八つの角に、数字の八、一、に太郎の郎です」
「もしかしてあだ名はハチ?」
大抵は、と八一郎は柔らかい笑みを見せた。それに対して意外なことに、女子生徒の方も口元に笑みを浮かべた。意外に思えたのは、私とはあまり話したそうでもなかったのに、女子生徒が明らかに気分がよさそうだからである。
「ハチ、その怪我は?」
「満月から聞いていないですか? 事故で、ちょっと骨が」
「最初からハンデがあるとは、苦労するわよ。頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます」
うんうんと二度頷いた女子生徒が今度こそこの場を離れようとすると、八一郎がいきなり質問をぶつけた。
「先輩は行使者候補生ですか?」
私は、そうじゃないでしょ、と口走りそうになった。幸坂先輩にお礼を言いたいと言って、と言いたかった。
その言葉が口をついて出なかったのは、急に空気が変わった気がしたからだ。
立ち去りかけた足を止めた女子生徒が振り返る。
サングラス越しの視線と、八一郎の視線がぶつかった時、気温が下がったような錯覚があった。
女子生徒が低い声で「そうだよ」と答えて、今度こそ身を翻そうとした。
その背中に、八一郎が静かな声を向けた。
「模擬戦では強いんですよね?」
女子生徒はもう足を止めも振り向きもしないで、ひらひらと手を振ると離れて行った。
私は八一郎を見て、幸坂先輩との接点があっさりと切れてしまったことに落胆しつつ、それよりも八一郎の質問の意味を確認しようとした。
だけど、またも想定外のことが起こった。
すぐそばにいた上級生が一斉に私と八一郎の方へ間合いを詰めてきたのだ。二人や三人ではない、数え切れないほど大勢が、いっぺんにだ。
その押し寄せ津波のような人の流れよりも、もっと広い範囲からの無数の視線の集中が肌で感じられた。未体験の密度の視線は、鳥肌が立つほど異質だった。
異常な事態なのは間違いない。
真っ先に私のそばに来た上級生が数人、私を取り囲むようにしてまず名乗り、そして質問を始めた。名前、専攻、出身、そしてどこかのグループにすでに所属する意思があるのか、などなど。
私はあたふたと応答するしかできなかったけど、上級生たちは気にした様子もない。質問の内容は趣味や特技に及び、グループでの活動にどれくらい意味があるかわからない展開になってきた。
そんな上級生の群れの向こうで、八一郎もまた何人かから質問を向けられているようだけど、私よりぐっと人数は少ない。
その八一郎は退屈そうというか、迷惑そうな態度を見せていて、私の視線に気づいたようで視線が合うと、さっと私に手を振って、大きな歩幅でその場を離れて行った。手を振ったのは別れの挨拶らしい。
上級生がまるでコバンザメのように八一郎についていくけれど、八一郎は足を止めなかった。
私も早く解放されたかったけど、上級生は順繰りにやってくる。どうしてこうなってしまったのか、さっぱりわからない。
結局、懇親会が終わるまで、私は初対面の人また人に対応し続けることなり、最後にはへとへとに疲れてしまった。
(続く)




