錬金術師の備忘録
そして冒険の旅とは違い、何事もなくティンカー・ウッド錬金術店へ到着。
そのショーケースから魔女のペンデュラムはちゃんと消えていた。
きっと、ティンカーさんが約束通りナガセさんに渡してくれたのだろう。
「良かった。本当に……」
「……何が良かったんだ? レン・アルケミ」
「うわっ!?」
僕がしみじみショーウィンドウを覗き込んでいると、ティンカーさんがひょっこり出てきた。
相変わらず不機嫌そうで、不愛想な人だ。
「ふん。ようやくあの娘を厄介払いできたと思ったら、次はお前がここに張り付く気か?」
「そんなつもりはありません。ペンデュラムが無くなってるか見に来ただけです」
「約束の物を持ってきた以上、渡さんわけにいかんだろう。何でもソーン・ドン洞窟では相当苦労したそうじゃないか」
「どうしてそれを知ってるんですか?」
「聞いてもないのにミオ・ナガセが長時間ベラベラ喋っていったぞ。貴重なヒカリゴケだ、そういう事もあると言ってやった」
「はぁ、そうでしたか……」
冒険譚をとめどなく語るナガセさんが簡単に想像できてしまったが、さぞかしティンカーさんに鬱陶しがられた事だと思う。
「しかしおかげで私の研究が捗りそうだ。レン・アルケミ、お前にも礼を言わねばならんようだな」
「ぼ、僕にお礼? ティンカーさんが?」
「何だその顔は」
「いや、だって……僕、何かしましたっけ?」
「ものの分からない馬鹿どもからヒカリゴケを守ったのだろう。危うく根こそぎ持っていかれるところだったそうじゃないか」
「それは……運良くそうなっただけです」
「あれは極めて弱い植物だ。根こそぎ持っていかれたら回復に数十年、あるいはそれ以上の時間が必要となるだろう」
「それはドリスさんに教わりました」
「だから礼を言うと言っている。何かおかしいか?」
「普通に考えたらおかしくはないんですけど……」
彼との出会いを考えると色々とおかしい気がする。
いや、それほどティンカーさんにとって必要な素材だったという事か……。
そう考えると、ひとつのシンプルな疑問が湧いてくる。
「どうした。何か聞きたそうだな」
「あの……ティンカーさんはそもそもヒカリゴケを使ってどんなアイテムを作るつもりなんですか?」
「ふん。逆に聞くが、ヒカリゴケで何が作れると思う」
「え、えーっと。何でしょうね……?」
質問を質問で返されてしまった。
ヒカリゴケは光るんだから照明の代わりになるのかもしれない。
マツバラさんたちに頼んだ貴族は、眺めて楽しむと言っていた。
だとしたらインテリアか何かだろうか?
あるいは──。
「分からんか?」
「あ、分かりました! 夜道で馬車にひかれないために、光って目立つシールを作るとか!」
「お前は馬鹿か。その程度の安全のために貴重なヒカリゴケを使うのか?」
「えぇっ!?」
僕は自信があったのに、ティンカーさんは思いっきりあきれ顔をした。
「それじゃあ……うーん。……う~ん……」
「もういい。私はヒカリゴケを含め、植物が成長しやすくなる『植物用栄養剤』を作るつもりだ」
「植物用栄養剤?」
「そうだ。成功すれば、ヒカリゴケも今よりは少しは増えるだろう」
「……ヒカリゴケで何かを作る訳じゃなかったんですね」
光る事にじゃなく、その弱さに着目したらしい。
何だかすごく意外な発想だ。
「ヒカリゴケに限らず、絶滅の危機に瀕している植物は数多いからな。そういったものを救うアイテムの研究に今は励んでいるところだ」
「な、何かすごい。尊敬します」
「そうかそうか。先輩を敬うのは良い事だぞ。レン・アルケミ」
「名誉やお金のためだけじゃなく、そんな志をもってアイテム作りに勤しむなんて……ティンカーさんは本当に偉いと思います」
「うむ、これで私は『上級錬金術書』のレシピの推薦を狙っている。そしてあの生意気なドリス・スフォルツァを今度こそギャフンと言わせてやるのだ!」
「……」
「何だ?」
「いえ、何でもありません」
理由はどうであれ素晴らしいと思うが、正直言ってティンカーさんへの尊敬の念はやや減じた。
だけど、その人間味あふれる動機に少し親近感が湧いてしまった気がする。
「それでは、私は引き続き研究に戻る。気になるから二度とショーウィンドウに張り付くんじゃない」
「分かりました。研究、頑張ってください」
「そしてもう一度言うぞ。まぐれで初級錬金術書のレシピに推薦されたくらいでいい気になるな」
「……」
そう言ってティンカーさんは店に戻った。
最後の捨て台詞でせっかく湧いた親近感も減じてしまったが、それもこの際、彼の味だと思う事にして。
その悪態はともかく、僕はティンカーさんの話にすっかり刺激を受けてしまった。
彼は彼で、望むものを手に入れ、望んでいる自分になろうと毎日頑張っている。
それはティンカーさんだけじゃなく、もしかしたらこの世界で生きている人全てがそうなのかもしれない。
だから──自分も毎日、なりたいと思う自分になる努力をしてみよう。
夕日は沈み、今日という日は終わりかけている。
でも、まだ遅すぎるという事はない。
僕はティンカーさんの店を後にし、生産者ギルドに向かった。
ギルドへ向かう道すがら、僕は自分が望むもの、なりたいと思う自分を想像した。
まずはフローラに払えるだけの家賃と、日々の生活費を得ることができる自分。
考えても思いつくのはそれだけで、我ながら大した望みを持っていない。
同時に、自分が多くを望む必要はない事に気付いてしまった。
大金を稼げなくても、今夜は美味しいハンバーグが食べられる。
それで充分、僕は嬉しい。
カッコよく戦う事はできなくても、素材採集と言う異世界の旅もした。
僕はそれで充分、楽しかった。
高度な錬金アイテムは作れなくても、僕の作ったアイテムで喜んでくれる人がいた。
お金が手に入った時よりも、誰かが喜んでくれた時に感じる幸せのほうがずっと大きかった。
僕はそんな幸せを大切にして、このマールバニアの街で生きていけばいい。
思えば、色々な事があったけど──。
いつかの講習で言われたように、僕は今までの出来事を詳細に日記に残していた。
今日までの出来事が後世の錬金学の礎になるとは思えないし、他人には読まれたくない事も多い。
特に最初の方は水ばかり納品している記述で酷いものだし、よその世界から来た事なんて信じてすらもらえないだろう。
それでももし今後、僕がちょっとは錬金術師として名を残す事ができたなら──。
もの好きな誰かが、何かのはずみで読む事もあるかもしれない。
何せ、千里に及ぶ錬金の道もまずははじめの一歩から。
それを知るだけなら、地道に生産者ギルドに足を運ぶ僕の備忘録にも得るものがあるだろう。
「あの~……」
「はい?」
ギルドの中では、いつも通り受付にドリスさんがいた。
あんな冒険の後なのに普段と全く変わらない様子でお茶を飲んでいる。
尊敬すべき師匠の変わらない姿を見て、僕はようやく自分の日常へ戻れた気がした。
「レンです。何か僕にできる仕事はありませんか?」
「今日は遅かったですね。丁度、あなたにやって欲しい依頼が来ています」
「やって欲しい依頼?」
「それなりに難しいアイテムの依頼ですよ。しかしレンになら大丈夫、と私は判断しました」
「僕になら……」
「はい。難しいですが、挑戦してみませんか?」
「もちろん、やります!」
「やる気があって良いですね。では、これを」
ドリスさんはほのかに笑い、新たな依頼の資料を取り出した。
【了】
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